第40話 『終着への始発点』
雨の匂いと、肌に張り付くような生暖かい風。
ついお昼まで、田舎の方にいたせいか、平日と比べて少ない人の量でも、なんだか多く感じた。
だけど、そんな中でもやっぱり彼女はわかりやすい。
小麦畑のみたいな長い金髪に、少し遠くを眺めるだけでも様になる綺麗な横顔。
スラッと伸びた腕や足を装飾する、オーバーサイズのトップスに、黒色のスカート。
きっと沙織が見たら、「え、あれって芸能人?」って勘違いするかも。
そんな彼女。詩帆に声をかける。
「お待たせ、詩帆」
「っ! あ、あはは、ごめん、驚いちゃった。ううん、私も今来たとこー♪」
いつもと変わらない、パッと咲くような笑顔。
明るい声色。
でも、底抜けに明るいだけじゃなくて、なんだかその表情には余裕が見て取れた。
「てか、ごめんね! 急に集合場所変えちゃって!」
「ううん。まぁ雨だし、それに、詩帆がどんな曲歌うのか気になってたし? むしろ、ちょっと楽しみ」
「えへへ。なんかそう言ってもらえると、嬉しいかも……それじゃ、早速行こっか」
やんわりと微笑み、先を歩き出した彼女に続く。
時刻は夕方の8時。もうあと2時間後には、カラオケ店を出なくてはいけない。
だけど逆に、この前の通話が本当なら、この2時間のうちに何かある。
と、言うことになるのだろう。
兎にも角にも、カラオケ店へ向かう私たちであった。
「イェーイ! アニソンサイコーっ!」
イントロが終わって、ディスプレイに流れていた、やっすい芝居の映像が止まる。
詩帆はとても上機嫌らしく、入店してからずっとこんな調子で歌い続けていた。
……てか。
「詩帆、歌うますぎでしょ。可愛いし歌上手いしで、本当、芸達者だね」
「え〜、えへへ〜、なんか照れる」
そう、くねくねと体を動かす彼女。その背後に映し出されたディスプレイには、大きく『96』と表示されたいた。
私は、ドリンクバーのこれまた安いカフェオレの苦味を、口の中で転がす。
カラオケに入ってから、すでに1時間が経過していた。
本来ならば、コンビニに集合して、ちょっと雑談をして。
その後に詩帆の『伝えたいこと』を聞く。
……はずだったのだが。
「それじゃあ、次は紗季!」
「あー、私はまだ喉が回復してないから、詩帆が歌っていいよ」
「え、いいの? それじゃあ……」
そう言って、タッチパネルを操作する。
そして結局、彼女にその話題を振ることもできないまま、時間は流れ。
とうとう『お時間10分前』の電話がかかってきてしまった。
すると詩帆も、「あはは……」と苦笑を浮かべた。
「ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったね」
……。
「ね、詩帆」
「ん?」
「伝えたいこと。聞いていい?」
私がそう切り出すと、彼女は一瞬目を見開く。
その表情は、「あぁ、とうとう来たか」みたいな顔をしていた。
……だけど。
「……ね、紗季。もう一曲だけ、一緒に歌わない? 合いの手だけでもいいからさ」
彼女から帰ってきたのは、意外な言葉だった。
私は同時に押し寄せた戸惑いと驚きに、え……。と息を漏らす。
馬鹿正直かつ否定的に言ってしまえば『拍子抜け』だと思ったから。
あの電話の妙な迫力は一体何だったんだろう。そう思わせるぐらいに。
だけど、差し出されたマイクを、半ば反射的に受け取ってしまった。
そして、画面に表示された曲は……。
「この曲……」
「そっか。紗季も知ってるんだ……」
知ってるも何も、この曲は隼人が……。
そんなことを考えていると、「それじゃいくよー!」と、彼女の大きな声に、思わずピクリとする。
テーブルの向かい側。
こちらを見つめる青はまるで。
透き通る海のように、清々しかった。
「いや〜楽しかったね!」
カラオケを出ると、詩帆は、ん〜っと腕を伸ばしながら、そう息を吐く。
じんわりとした湿気。
でももう、雨は上がっていた。
お互いに足並みを揃えて、受ける文明の灯り。
水溜まりに反射したのは、静かな街灯と、一昔前のネオンの青。
静かとエモいが紙一重で存在する街並み。
「……ね、紗季」
ボソリと詩帆が呟くと、私が数歩先で足を止める。
ゆっくりと後ろへ振り返ると、詩帆の強い眼差しを感じた。
こくりと唾を飲み込んで、私も言う。
「そうだよね、本来の目的だもん……それで、伝えたいことは?」
私だってもう子供じゃない。
今このタイミングで、この構図ということは、つまりそう言うことだ。
少なくとも、私の好きな映画や漫画では、そうだった。
詩帆は、ワンテンポ置いて頷く。
……そして。
「私……告白する。隼人くんに想いを伝える」
……。
「だから、最初に誤っておくね。今週の夏祭り、もし紗季が隼人くんのこと誘おうとしてるなら、私に譲ってほしい」
……。
「その日は。私と隼人くんの2人っきりにしてほしい」
……。
不思議と、驚きはしなかった。
てかむしろ、あぁ、やっぱりかって思った。
あの日初めて、隼人と詩帆の関係を知った日から。最後はこうなるんだって。
心の中では分かってた。
だからこそ、私はこのまま……平穏のまま3人で。なんてことを思ってた。
だって、この三角形のバランスが少しでも狂った瞬間。
私じゃ詩帆には勝てない。
そう思ったから。
だけど……。
「はぁ……全く、しかたないなー」
「え……いいの?」
「……なーんて、言うわけないよね」
私はそう言って彼女に視線を送り返す。
少し困ったような表情に、私は続けた。
「ごめん詩帆。私、詩帆が思ってる3倍ぐらい、隼人を好きなの」
「……っ」
「だから、私も譲れない」
まるで宣戦布告だ。
お互いがお互いの恋を叶えたくて。
想いを本当にしたくて。
訪れた少しの静寂の中。私も詩帆も、視線を逸らさない。
たぶん、そこにあったのは、ある意味、勝利への渇望、じみたものだったと思う。
そして……。
「……ぷっ。あはは! そっかー、やっぱりそうなっちゃうよね」
なんか紗季っぽいね。そう静寂を切るように明るい声を出した詩帆。
彼女はカバンからスマホを取り出し、素早く操作し始める。
その動きはまさしく、今時のギャルっぽい。
そして、しばらくした後、ふふっと微笑み画面をこちらに向ける。
私は、向けられた画面に目を向け、その内容に思わず鼻を鳴らした。
「詩帆っぽいね。でも……うん。そーしよっか」
「うん。決まりだね」
そう言って詩帆はメッセージの送信ボタンを送る。
私たちを取り巻く関係の、ある意味終わりへの大きな一歩。
「……送っちゃったね」
「うん」
「ね、紗季」
「なに。詩帆」
……。
「これから先、どんな結果でも……私たち友達でいられるよね」
「……うん。絶対」
「……あはは…そっか。それじゃあ……」
すっと息を吸って、詩帆は言った。
—— 勝負だよ、紗季。
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