第37話 『決心』
「お待たせ〜。詩帆ちゃん」
ジョギングの後、お互いに一度帰宅をして、再度会う約束をした。
その理由は、ふみちゃん先生曰く、「助けてもらったお礼に、私が奢ってあげよう!」とのことらしい。
そして時間通り自宅の前で待っていると、赤色の軽自動車が止まった。
開いた助手席の窓からは、ふみちゃん先生がにこりとこちらを伺う。
「ごめんね。暑かったでしょ? さ、乗って乗って♪」
彼女に手招きをされた通り、助手席へと乗り込んだ私。
私がシートベルトを閉め終わると、ふみちゃん先生はハザードランプを消して、ゆっくりとアクセルを踏んだ。
「迎えにきてくれて、ありがとうございます」
「ううん! むしろ助けてくれてありがとね♪ あのままだったら私、煮干しみたいになるところだったよ〜」
「あはは。確かに」
「ふふっ♪」
小さく鼻を鳴らしたふみちゃん先生。だけどその、ハンドルを握り、ピンと伸びた背筋はどこか、大人びているような、そんな気がした。
てか、ふみちゃん先生、胸大きいなぁ……。
「……」
「ん? どーしたの詩帆ちゃん?」
「……っ! え、あ……あはは。なんか、ふみちゃん先生って、運転できるんだなぁ〜って」
「え、ひど! 私だって運転ぐらいできるよ〜!」
そう、ぷくりと柔らかそうな頬を膨らませる、ふみちゃん先生だった。
「めっっちゃわかる! お風呂あがりの最優先事項は絶っ対化粧水だよね!」
「うんうん! やっぱり詩帆ちゃん分かってくれるかぁー。それなのに彼ったら、さっさと洗濯かけろとか、髪の毛乾かさないとって!」
そう言ってふみちゃん先生はホットドックを大きく齧る。
もぐもぐと動く頬はかわいいなぁ。なんて感想がふわりと浮かんでくるが、彼女の手元にはすでに真っ白なお皿が3皿も並んでいた。
流石に食べ過ぎじゃないのかな。なんて思っているうちに、ふみちゃん先生は通りかかった店員さんにコーヒーゼリーを2つ追加で注文。
そんな彼女に「あはは……」と苦笑いしつつ、ふと、思ってしまった。
そう言うのでちょっとした喧嘩ができるって、なんか良いなぁ……。
「……ちなみにさ、詩帆ちゃんにもそういう悩みって、あるのかな?」
「……えっ?」
私の素っ頓狂な声。
そのタイミングでちょうど到着したコーヒーゼリーを受け取ると、ふみちゃん先生は、2つのうち片方を私の前に置いた。
彼女は、ふふっと鼻を鳴らす。
「ほら、高校生って友達〜とか、恋愛〜とか、そう言う悩みって尽きないものでしょ? それに詩帆ちゃんすごくかわいいし、尚更、ね?」
やんわりと微笑む。
さっきまで子供っぽいなぁ。なんて思っていた彼女の表情が、一気に大人っぽく見えて。
なんだかそのギャップに、「あぁ、この人は本当に大人なんだ」って、安心感を覚えた。
だからかもしれない。
「……私は……私にも好きな人がいるんです」
「うん」
机上を挟んで、優しい笑顔。
彼女になら、話しても良いと思った。
そして彼女なら。思春期に邪魔されて、停滞してしまったこのラブコメを、動かすことができるんじゃないかって、そう思った。
「でも、私の好きな人を、好きな子がいて……その子とは……親友なんです」
「……そっかぁ。それじゃ……」
そこで一息ついて、ふふっと鳴らした彼女。
「もう少し、ゆっくりして行こっか♪」
そう言ったふみちゃん……、いや。
文乃さんの目はどこか大人っぽく、憂いを帯びているような気がした。
「今日はありがとうございました」
「ううん! 逆に助けてくれて本当にありがとね! あと、楽しかったよ!」
赤い車の、開いた窓越しに短く会話をかわす。
すると、一瞬バックミラーに目を向けた文乃さん。
「それじゃ、いつでも連絡してね!」
そう言って、ゆっくりと車を前進させた。
赤い車を見送ると、他の車が私の横を通り過ぎていく。
「……」
ふと、先ほどの喫茶店でのことを思い出す。
私の悩みを全部打ち明けた後、彼女はこう言った。
『青春とは、痛みと葛藤の連続であり、またそれが宝である……だね。私にはそう言う経験、高校生の頃になかったから、羨ましいなぁ』
……。
『だけど、私から言わせれば!』
……。
「恋する乙女よ、今すぐ走れ。行動より早い後悔はない……かぁ」
なんていうか、拍子抜けっていうか……ある意味、肩の力が抜けるような言葉だった。
だって、あんなに大人っぽくて、シリアス的な表情をするんだもん。せめて『でもね、両方とも幸せにはなれないんだよ』なんて、言ってくれなきゃ、釣り合いが取れないだろう。
でも……だけど。
「……ふふっ。何となくその意味、分かったかも」
そう1人、ふへっと息を漏らして、ん〜と背伸びをする。
何で私はそんな単純なことにも気が付かなかったのだろう。
迷っているだけじゃ、物事は解決しない。
立ち止まっているだけじゃ、ゴールには近づかない。
……好きなものには、好きって言わないと、ちゃんと思いは伝わらない。
私はポケットからスマホを取り出すと、メッセージアプリを起動する。
そして、通話ボタンを押し耳にスマホを当てた。
「……あ、もしもし。あはは、今日も暑いね」
……。
「ね、こっちに帰ってきてからでいいからさ、話したいことがあるの」
……。
「……うん、ありがと。それじゃ、明日の夜コンビニで待ってるね」
……。
「紗季」
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