第36話 『公園で倒れていた謎のお姉さん。まさかの学校の先生だった件』
夏休みが始まって、早くも1週間が過ぎた。
カレンダーをめくってから、玄関を飛び出した私は、相変わらずな暑さに思わずため息を吐いた。
多分、この気温も湿度も。1週間前とさほど変わってはいないのだろう。
だけど、数字というのは意外と説得力を増す効果があるらしく、めくったカレンダー上の『8』という数字は、より一層汗を吹き出させた。
今日は私1人でのジョギングだ。
いつもは紗季と一緒に走っているのだが、彼女は明日まで母方の実家の方へと帰っているらしい。
蛍の写真、送るからね。とメッセージにワクワク感と、同時にそんなに田舎なのか……なんて思った。
早朝の朝日を背に、アスファルト上に足音を響かせていく。
周りから見たらまだ遅くても、自分のペースで一歩一歩。
私が尊敬する『サボテン先生』も言っていた。大切なのは周りと比べることじゃなくて、今の自分をしっかり認識することだって。
そして、今の自分にしか出来ないことを、しっかりやっていくことだって。
しばらく走り続けると、公園へと入っていく。
今日は鉄棒を使って懸垂もやっちゃおう。まだ、3回しか上がらないけど、今日は4回、あげるんだ。
公園をぐるっと回って、鉄棒へと向かっていく。
だが、その途中。遊具のエリアに入りかかった時だった。
「はぁ……はぁ……え?」
一定のテンポを刻んでいた足が、ゆっくりと減速しやがて停止に至る。
理由は、半分ほど地中に埋まった大きなタイヤの遊具の向こう側に、手が見えたから。
まるで、心霊番組を見てしまった時のような緊張感を覚え、こくりと唾を飲み込む。
そして、ゆっくりとそれに近づくと……。
「……え、う、うわぁ! 大丈夫ですかぁー!」
目の前に倒れていた、長くて綺麗な黒髪のお姉さんに、思わず声を上げる私だった。
「んぐ、んぐ……ぷはぁ〜! 生き返る〜!」
屋根のついた公園のベンチ。
スポドリのペットボトルを一気に煽ったお姉さんは、木製のテーブルを挟んで、大きく息を漏らした。
綺麗な前髪と一緒に揺れた、水色のTシャツの下の、大きな胸に目が行って、すぐに視線を戻した。
向こう側でお姉さんは、クリッとした目をぱちぱちと瞬きして、あはは。と苦笑した。
「ごめんね。助けてもらっちゃって」
「い、いえ。気にしないでください。私もこの前助けられたばかりなので……」
ほら、明日は我が身っていうじゃないですか。と私がいうと、お姉さんは少し驚いたような表情を浮かべて、すぐにふふッと鼻を鳴らす。
可愛い半分と美人半分な顔が、微笑んだことによって幼くなる。
「あはは、そっか。まさか年下の子にそんな完璧な返答をされちゃうなんて……ちょっと先生、悔しいなぁ」
「……え。先生なんですか?」
「うん! 女子校のすぐ隣の高校あるでしょ? そこで数学教えてるの」
そう言って、ふふーん。と得意げに鼻を鳴らしたお姉さん。まさか倒れているのが学校の先生だったというのも意外だが、一番意外だと思ったのは。
「え! あの学校ですか! 私、仲のいい友達がいるんです!」
「そうなの? そっか、それじゃ尚更恥ずかしいところ見せちゃったね」
その子には絶対、秘密ね? と気恥ずかしそうに微笑んで、ペットボトルに口をつける。
その動作の一つ一つが、まるで映画やドラマのワンシーンみたいに見えるのは、この人がとても美しいからだろう。
女性としては平均よりも高身長で、胸も大きい。顔も口や鼻など、端正かつシャープに整っているのに目元はおっとりとした優しそうな目をしている。
そこに立っているだけならば、美人で優しい大人のお姉さん。って感じなのに、口を開けば良い幼さが垣間見えるような、そんな不思議な人だった。
すると、お姉さんは何かを思い出したように「あ。そうだ」と手を鳴らす。
「自己紹介、まだだったね。私、篠崎文乃って言います♪ 職業は先生です♪」
「私は、星乃詩帆って言います。今はさっきお姉……篠崎先生が言った女子校に……」
だがその言葉の途中、いきなり身を乗り出してきた彼女に手を握られ、思わず言葉が止まった。
「え、な、なんですか?」
「……かい」
「え?」
「もう一回、『篠崎先生』って呼んでくれないかな詩帆ちゃん!」
そう、声を出した篠崎先生。彼女の瞳はキラキラと輝いていた。
訳がわからず、口をぽかんと開けていると、彼女は嬉しそうに言葉を続ける。
「はぁ〜『篠崎先生』……すごく良い響き♪ 私ね、学校ではいつも『ふみちゃん先生』って呼ばれるの! 確かにみんなと歳は近いし、多少崩した態度で接するのも良いと思うけど……でも学校ってやっぱり、生徒と教師って立場があるでしょ! だから」
「……ぷふっ!」
彼女の勢いに、私は思わず吹き出してしまった。
だって、めちゃめちゃ美人なお姉さんが、そんなに必死に嬉しがっているんだもん、なんかシュール可愛いって感じふがして面白かった。
私の手を握ったまま、きょとんとする彼女。
私は綺麗な手の上に、もう片方の手を重ねた。
「なんか可愛いですね、ふみちゃん先生♪」
「あー! もう詩帆ちゃんまでー!」
そんな彼女に、私は思わず笑い声を上げる。
こんなに大人っぽくて、いい意味で子供っぽい。
いわゆる、『ポンコツ可愛い』というやつだろう。
でも、こういう大人だけど子供ぽい人って、果てしなく愛されるんだろうなって、そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます