第35話 『がーるず、ばすたいむ』
隼人くんは私のためにスポーツドリンクを買いに行ってくれた。
そして、薄暗い廊下に残ったのは、美人な親友と。ちょっとだけ緊張していた私。
男の人の家に入るなんて、初めてだったから。
しかも、いきなり好きな人の家になんて……。
すると、奥の部屋からバスタオルや、スウェットパーカーなどを手に持ってきた紗季。
「とりあえず、シャワー浴びよっか」
彼女の微笑み。まるでここが、自分の家であるかのうような振る舞いに、私はなぜか胸の中がモヤッとした気持ちになった。
やっぱり、2人の距離感って……。
ふとそんなことを言いそうになって、首を横にふる。
2人の距離が近いからって、諦める理由にはならない。
「詩帆?」
「ううん! 何でもないよ!」
彼女に笑みを返すと、私はゆっくり壁伝いに立ち上がる。
紗季からバスタオルと着替えを受け取ると、脱衣所のドアを閉めた。
ふと、なんで隼人くんの家に女性ものの着替えが置いてあるのだろう。なんて考えたが、それも2人の距離感も全部、幼馴染だから。と結論に落ち着いた。
ラブコメでよく見る、まるで自分の家にように入り浸る幼馴染。
きっと紗季がそれに該当するのかもしれない。
汗で冷たくなった服を脱ぎ、カゴの中に入れる。
浴室に入ると温かいシャワーを頭からかぶった。
目をそっと閉じて、頭上でパチパチと弾ける水音を感じた。
……。
紗季のことは好き。
でも、隼人くんのことも好き。
紗季には幸せになってほしいけど、私だって、隼人くんと本当に付き合ってみたい。
……考えれば考えるほど、がんじがらめになって、お互いの表情を気にするようになる。
ほんと、思春期ってめんどくさい。
…………。
……。
——ガチャ。
ふと、背後から聞こえたドアを開く音に思わず背筋がピンと伸びる。
咄嗟に振り返ると、そこには紗季がドアノブを握っていた。
しかも裸で。
「え、さ、紗季!?」
「えー、そんなに驚かなくてもいいじゃん。せっかくだし私も入っちゃおうかな」
そう言って、後ろでドアを閉めた紗季はふふっと微笑む。
彼女の白くて柔らかそうな胸や、健康的で肉付きのいい太もも。
それに反して華奢すぎる腰回りは、やはり同じ性別であっても思わず見入ってしまうほど、綺麗で完成されていると思った。
てかあれだ、言うなれば可愛い女の子のイラストをそのまま現実に持ってきたような、そんな綺麗な体しているのだ。
それに対して私は……。
「……」
「ん? どーしたの詩帆?」
「……何でもないし」
「えー。絶対何かあったでしょ。てか、肌綺麗だね。脚とか細くて羨まし〜」
「え、ちょっ! 紗季! どこ触って! ……んっ。もぉ〜!」
紗季の手が、私の体を撫でていく。お互いにお湯を被って肌に水分があったせいか、その手触りがヌルヌルしていて、なんていうか……結構ドキッとしてしまった。
もちろん変な声だって出てしまっていただろう。
その度に耳元で聞こえてきた魔性的な「詩帆、可愛い♪」という言葉に、ちょっとだけ怒りを覚えた。
「もぉ〜! さぁ〜きぃ〜!」
「あはは。ごめんって」
彼女の苦笑した表情に私はぷくりと頬を膨らませる。
大人っぽい彼女に覚えた、ちょっとの悔しさ。
それと、
「「……ぷふっ」」
お互いに鼻を鳴らし、私はボディソープのボトルに手を伸ばす。
「紗季、背中流してあげる」
そして、ボディタオルを泡立てると私は、彼女の華奢な背中に泡を滑らせた。
「ね、詩帆」
「ん?」
「なんか、修学旅行みたいで楽しいね」
彼女のそんな言葉に、一瞬手の動きが止まる。
私も楽しかったから。
だから、自分勝手かもしれないけど、ふと考えてしまった。
もし隼人くんも女の子だったら。
私たちの間に『恋愛』ってものがなかったら。
素直にこうして、仲のいいままでいられたのに。
「……うん、そうだね」
石鹸の香りと、柔らかい肌。
シャワーで流れていく泡に私は、どうかこの物語が、誰も悲しむことなく、綺麗に終わりますようにって、そう願ったのでした。
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