第28話 『告白』

 大木が電信柱を巻き込んで倒れたことが、地元でのちょっとしたニュースになった。


 と言うのも、結構広い範囲で停電になったらしい。


 それで被害が出た人たちが、木の管理ができてない市のせいだとかで、抗議が殺到したんだとか。


 そして、このニュースでもう一つ、影のエピソードが囁かれた。


 それは、男子高校生が女子高生を救った。


 と言うもの。


 だけど、彼はそんな肩書みたいなものには意外と興味がなかったらしく、


「いや、なんか木避けようとしたら、コケました。すみません」


 とだけ言って、新聞記者を軽くあしらうと、包帯ぐるぐる巻きのまま、病院を後にした。


 そして、これはそんな事件があった翌日の放課後のこと。


 ——ピンポン。


 少しだけ間延びしてようなチャイムが、ドアの向こう側から聞こえ、すぐに「はーい」と言う声も聞こえた。


 ガチャっとドアノブが下がり、扉が開く。


「……ん?」


 ドアからヒョイっと顔を出したのは、長くて綺麗な黒髪の、美人なお姉さんだった。


 綺麗な人……てか、紗季ってお姉さんいたんだ。


「えーっと、どちら様ですか?」


「あ、ごめんなさい! えーっと、学校は違うんですけど、紗季の友達です!」


 そう言って、カバンからお菓子やスポーツドリンクを見せる。


「紗季が熱出したって聞いて、お見舞いに来ました」


 するとお姉さんも、「あ〜そっか〜」と手をポンと鳴らし、ドアを大きく開ける。


「どうぞぉ〜、上がって上がって〜♪」


 そう、やんわりと微笑みながら、手招きを見せた。


 クールな紗季とは全く印象が違う……なんて言うか、ふわふわ系お姉さんって感じ?


 靴を脱ぎ、家に上がると、お姉さんの後について行く。階段を上がって、突き当たりの部屋をノックした。


「紗季ぃ〜。お友達の……えーっと」


「あ、詩帆って言います」


「うん♪ 可愛い詩帆ちゃんがお見舞いに来てくれたわよ〜」


 と、可愛いまで付け加えなくてもいいのに、なんて思ったけど、綺麗な人に可愛いって言ってもらえるのは、悪い気がしなかった。


 すると、ドアの奥からボソリと「いいよ、入って」と言う声が聞こえて、お姉さんがふふっと微笑む。


「それじゃ詩帆ちゃん。よろしくね」


「あ、はい! ありがとうございました、お姉さん」


「——っ! ふふっ。困ったらいつでもを頼ってね♪」


 そう嬉しそうに微笑むと、手をパタパタ振りながら、階段を降りて行くお姉さん。


 その反応に、一瞬、「ん?」ってなったけど……。


「なんか、不思議なお姉さんだなぁ……」


 そんな事を呟きながら、ドアをゆっくりと開ける。


 瞬間、ドライのクーラーの風に乗って、ふわりと甘い匂いが香った。


 桃、というかリンゴというか。


 なんだか、紗季の印象とはちょっとだけ違う匂い。


「……お邪魔しまーす」


 私の声に、布団がモゴモゴと動くと、紗季がゆっくりと上体を起こす。


 昨日見たばかりなのに、なんだか、ものすごく久々な気がした。


「……お見舞い、来てくれたんだ」


 彼女の言葉に、うん。と頷いてドアを閉める。


 すると、ゆっくりとベットから立ち上がった、ジャージ姿の紗季。


「……ちょっと待ってて、飲み物持ってくる……」


 だけど、フラッと前に傾いた彼女の体。


 私は咄嗟に、彼女の華奢な背中に腕を回した。


「おっと……だめ、紗季は寝てて」


「……ごめん」


 バツが悪そうに視線を逸らすと、ベッドに横になった紗季。


 私はカバンを床に下ろすと、中からスポーツドリンクを取り出す。


「とりあえず、スポドリとお菓子いっぱい買ってきたから、好きなときに食べてね」


「うん。ありがと」


 ……。


「な、なんかあれだね! 昨日はめっちゃ寒かったのに、今日はめっちゃ暑くて……、なんかこう、あべこべーって感じだね!」


「……うん」


「あはは……あ、そうだ! ……」


 その後も、私はそんな調子で口を動かし続けた。


 単純に、今日学校であったことだったり、最近見たテレビの内容であったり。


「この前買った化粧水が結構良かったんだよね。あ、今度持ってくるね!」


 なんて、どうでもいい中身のない話をし続けた。


 でも、紗季は、


「……うん」


 とだけ、頷くように返答を続け。


 その様子はまるで、私の『気まずさ』を見透かされているような、そんな気がした。


 そして、そんな時間を過ごすこと、20分。


「あのさ、詩帆」


 何か話さなくちゃ。なんて思考になっていた私の口が、止まる。


 紗季はバツが悪そうに視線を逸らして、ゆっくり呼吸をすると、再び大人っぽい切長の目をこちらに向けた。


「なんで今日、お見舞いに来てくれたの?」


「え、いや、紗季が熱出したって聞いて……心配だったから」


「でも私、詩帆に酷い事したよ?」


 彼女はそう言って一呼吸おくと、大人っぽい目を細める。


「詩帆がせっかく組んでくれた約束も台無しにしたし、ずっと詩帆のメッセージ、無視もした……それで、多少なりとも詩帆と、隼人の仲も悪くなったと思う」


「いや……そんな事……」


「そんな事、あるでしょ」


 少し語尾を強めて。視線を私から逸らした紗季。「……だからさ」と、彼女は続ける。


「……ごめん。本当に。正直、二人に合わせる顔も、会う資格もないって思ってた」


 すると紗季はぐるりと壁の方へ寝返りをうち、私に背中をむける。


 それで気がついたのだが、壁にはクレヨンで描かれた絵が貼り付けらていた。


 でもそのクレヨンはもう、何年も前に擦り付けたみたいに、油っぽさは全てなくなっており、ピンと貼っていたはずの画用紙は、なんだか萎れかけの葉っぱみたいだった。


 そんな古さに対して、手相みたいに貼られたセロハンテープは、真新しいように感じて。


 なぜだか分からないけど、悲しくなった。


 少なくとも、彼女はここ最近、あの絵を自分で意思を持って破いた。


 そんな事が読み取れたから。


 紗季の寂しそうな後頭部に、私はこくりと唾を飲み込む。


「紗季……それは違うよ」


 そうに呟きながら私は、彼女の布団の中に入り、華奢な背中から抱きしめる。


 なんか。寂しそうな紗季を、めいいっぱい抱きしめてあげたくなった。


「詩帆……離れて」


 そう言って、私の腕を掴んだ紗季。その手は少しだけ震えていた。


 だから。


「私、好きだよ。紗季のこと」


 彼女の耳元で、そっと、そう伝えた。


 すると、紗季の背中が少し動く。


「……なんで」


「ん? 理由かぁー……えへへ、言うの恥ずかしいなぁ。でも、あの日の夜。紗季と出会って良かったって、ずっと思ってるよ」


「……すごい抽象的じゃん」


「えーなに? 細かく言って欲しいの? それじゃあ、まずはね、優しいところかな。お腹減ってると、肉まんくれるし……あとは、よく飲み物買ってくれるし」


「……ふふっ、なにそれ。ほとんど飲み物とか、食べ物ばっかじゃん」


「それだけじゃないよ。私が悩んでる時とか、どこに行ったらいいか分からない時、紗季がヒントをくれた。だから私は、隼人くんと仲良くなれたの」


 これも全部。紗季がいたから。そう言って、彼女の体に回した腕に、キュッと力を込める。


 さっきまで、私の腕を離そうとしていた彼女の手はいつの間にか、私の手の甲にそっと触れていた。


「紗季と、隼人くんと出会って、すごく楽しいって思える日が増えた。だから、紗季のこと、嫌いになんて、なってないよ」


「……そっか」


「でも、だから先に謝っておくね。ごめん紗季。私も、隼人くんの事が好きなの」


「……知ってる」


 すると、紗季はぐるりとコチラに振り向き、私の目を見る、


 その大人っぽい目の端っこには、涙がちょっとだけ浮かんでいた。


「でも、私の方が好きだから」


「そっか。でも、私もその百倍ぐらい好き」


 まるで、子供の喧嘩だ。


 どっちの方が、彼への好意が強いのか、大きいのか。


「百倍なんて少ないじゃん。私なんて、ずっと隼人と一緒にいるんだけど」


「でも私はその時間の差をすぐに詰めちゃったみたいだね。すぐに紗季を抜かしちゃうかも?」


「そんなわけない」


「そんなわけあるよ」


 そんなどんぐりの背比べを、同じ布団に入って、お互いに向き合いながら。


 でも、その最後には。


「「……ぷふっ」」


 お互いに言いたい事を言って。同時に吹き出す。


 溢れ出す涙を誤魔化すよう、お互いにぎゅっと抱きしめながら。


「詩帆」


「ん?」


「今までごめん」


「いいよ。気にしてない」


「うん……あと、私も好き」


「そっか、私ら両思いか〜……ふふっ」


 私は思わず鼻を鳴らすと、彼女の顔を見る。


 紗季の顔は大人っぽくて、いつ見ても綺麗だなって、そう思った。


「ありがと。すごく嬉しい♪」


「……私も、嬉しい」


「ふふっ。そっかぁ〜、それじゃ一回ぐらいキスでもしとく? 私、紗季とだったらいいよ?」


「……なにバカなこと言ってんの……てか、暑いから、出てって」


「え〜! 急に冷たいじゃん!」


 そうして、またお互いに笑った。


 こんなにも自分の気持ちを、他の人にぶつけたのは初めてだった。


 でも、その初めてが紗季で、本当に良かったと思う。


「……はぁ、じゃあ、代わりに……ん」


 そう言って布団から出てきた紗季の手は、小指を立てており、私はそれに微笑むと、自分の小指を絡ませる。


「ゆびきりげんまんなんて、めっちゃ久しぶり」


「ごめん、これしか知らなくて……。でも、なにがあっても、私たちは親友だから」


「……うん。絶対ね」


 お互いに見つめ合って、ふふっと鼻を鳴らす。


 そして。


「「ゆびきった」」


 私たちは、これからも親友であることを、誓ったのでした。


 

 

 



 



 

 



 

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