第24話 『いつもより、遠く感じた。』
「……」
「……」
「……」
……え、なんかの修羅場ですか?
思わずそうツッコみたくなるような、異様な光景。
金髪のギャルと、黒髪ボブの美人と、特に何の特徴もない俺。
そんな三人がちびちびとカップに口をつけながら、円状のテーブルを無言で囲っているのだ。
丁度三角形になるような座席の位置。
誰も何も話さないと言う状況も相まって、非常にピリついた、まるで何か難航している会議みたいな空気を醸し出している。
すると、静寂と若干ピリついた空気に割って入るように、詩帆さんが「あははー」と、苦笑した。
「な、なんかビックリだね! 私の友達が隼人くんで、紗季の幼馴染みも隼人くんで……」
そんな風に明るく口を開いた詩帆さん。しかし一方で紗季は俯いたまま、静かにカップを口に運ぶ。
それを見て、詩帆さんの声も徐々に小さくなっていった。
いくらコミュ症の俺でもわかる。この感じはあまり良くない。
「まぁ……あれだ。2人が友達だったなんて知らなかったわ。つーか、それなら教えてくれよ」
そう言って紗季の方へと顔を向けたのだが、相変わらず彼女は俯いたまま、何も言おうとしない。
俺は心の中でため息をついた。
あーこれ、拗ねてんな。
紗季は昔からこうだった。何か嫌なことがあった時、怒りを露わにするよりも、黙り込んでしまうタイプなのだ。
これまでも何度か拗ねた事があったが、ここまで静かなのは初めてかもしれない。
その後は、何とか場の空気を取り持とうとする詩帆さんと、俺がメインに会話していた。
だけど、そのやりとりもまるで、油の切れた自転車のチェーンみたいに、ぎこちなくて。
そして、今にもはち切れてしまいそうなロープの上を歩くような、そんな緊張感とピリピリとしたものを感じていた。
しばらくして、そんな空気に耐えられなくなったのだろう。
「あ、あのさ……紗季」
小さく息を吐いた後、金色の髪を揺らして紗季を呼ぶ。
詩帆さんがだいぶ前に頼んだ何ちゃらフラペチーノはまだ、カップの半分も残っていた。
「その……隼人くんのこと、黙っててごめん……でもホントに悪気はなくて」
「……」
変わらず反応のない紗季に、詩帆さんの青い瞳は、テーブルへと落ちる。
下唇を噛み、眉間に皺を寄せた詩帆さんの表情に、俺は思わず、舌を鳴らした。
別に詩帆さんは何も悪くない。あまり詳しい事情は分からないけど、彼女だって悪気があってセッティングした訳ではないだろう。
それを踏まえて、その態度を貫き通す紗季には、少し苛立ちを覚えた。
だからだろう。
「紗季。そういうの良くないぞ」
俺の口は、そう言葉を吐いてしまった。何も考えず、棘のあるままで。
すると、一瞬紗季の肩がピクリと震えたのが分かった。
妙な緊張感と沈黙。
この呼吸しづらいような空気に、あぁ、やっちまった。なんて考えていると、
「……える」
紗季が小さく呟いた。
しかし、その声はあまりにも小さく、聞き取れなかったため、もう一度書き直そうとしたのだが、それより先に彼女は椅子を立ち上がり、リュックを背負った。
きっと彼女は先ほど、『帰る』と言ったのだろう。視界の先で遠くなっていく、幼馴染みの小さな背中にため息を吐くと、テーブルへと目を向ける。
誰も飲む人がいなくなったカップには、水滴が筋を引いた後がいくつもできていた。
「……あはは、ごめんね。隼人くん」
詩帆さんの萎れた声に顔を向ける。
「いや、詩帆さんは悪くないよ」
「ううん……。違うの。なんていうか、あまり詳しく言えないけど、私のせいなの」
悲しそうな表情で、ストローを咥えた詩帆さん。きっとそんな感情で吸い上げたそれは、ひどく不味く感じたと思う。
「ごめんね」
とか、
「謝らないと」
とか、
「詩帆さんは本当に悪くないから」
とか、そんなやりとりをして、お互いに飲み切ると、俺たちは店を後にした。
「今日はもう、帰ろっか」
駅の改札前で詩帆さんが言う。
本当は夕方に聞きたかった言葉も、晴れた青空の下ではひどく不恰好に聞こえた。
無言で並んだ待合所に、バスがやってくる。
2人で乗り込んだバスの、1番後ろの座席。
「……」
2人の距離はいつもより、遠く感じた。
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