第22話 『ほーかご、がーるずとーく』

 少しだけ蒸し暑さを感じるようになった、朝。


 衣替えの時期、七部に折った白シャツ。


「ん、おはよ。今日も眠いね」


 いつもの待ち合わせ場所。聞こえてきた足音に、ふぁ……とあくびをしながら、顔を向ける。


 黒い髪の毛と、高い背丈。


「おう。おはよう、今日も眠いのな」


 そんな風に返した、いつもの幼馴染。


 だけど。


「ん? 隼人どうしたの?」


 スマホに目を向け、ふふっと鼻を鳴らした隼人に、私は小首を傾げる。


「あぁ、いや。なんでのねえよ。ほら、行こうぜ」


 そう言って、スマホをポケットにしまうと、先に歩き出す。


「えー、もしかしてエロいやつでも見てたの?」


「んなわけあるか。俺のことなんだと思ってんだよ」


「黒髪ロング太ももフェチヤロー」


「あながち間違いじゃない」


「あはは。ウケる」


 足並みを揃えて、ケラケラと笑いながら、そんな会話を垂れ流す。


 いつものテンション、いつもの幼馴染。


 ……。


 でも、最近、隼人はスマホを見ることが多くなった気がする。


 たったそれだけのに、なんだかそれは、ものすごい違和感を感じた。





 その日の放課後は、隼人と別々に帰った。


 別に喧嘩をしたとか、そういうのじゃなくて、単純に私の方に予定があったのだ。


 いつもとは違って、駅の方へと向かっていく。


 そして、約束の場所についてしばらくすると、


「紗季ぃ〜!」


 そんな声と同時に、背中に柔らかい圧力を感じた。


 甘い匂いと、よく見かけるセーラー服の袖。


 私は、小さく息を吐くと、その腕をゆっくりと外した。


「詩帆。暑い」


「えーっ! ひど!」


 彼女の方へと振り返ると、詩帆は可愛らしい顔の頬を、ぷくりと膨らませながらそう言う。


 そして、詩帆はふふっと鼻を鳴らすと。


「なんか久しぶりだね、紗季」


「えー、そう? 2週間前にあったばかりじゃん」


「2週間会わなかったら、もう久しぶりだって! だから今日は〜それっ!」


 と、次の瞬間、腕を広げた詩帆は、私の背中に腕を回した。


 彼女のセーラー服と、綺麗な髪の毛から、別々の甘い匂いがして、あぁ、これがシャンプーの匂いなんだんって、ちょっとだけどきりとした。


 詩帆がすん、と鼻を鳴らした後、私の耳元で小さく笑う。


「今日は、いっぱい補充させてね♪」


「……詩帆」


「ん? なに?」


「……ちょっとキモい」


「え……」


 ゆっくりと離れていく詩帆。だけど、その表情は本当に落ち込んでしまっているような感じがして、


「……はぁ、もう」


 そう息を吐くと、次は私から詩帆にハグをする。


 ピクリと体を反応させた詩帆に、


「……少しもらったから」

 

 そう言って、彼女から離れると、先にカフェに足を進めた。


 その後ろを、詩帆が追いつくと、


「紗季って、やっぱり可愛い♪」


「……」


 詩帆の言葉に私は思わず、耳が髪の毛に隠れているか、確認するのであった。





「そしたらさ! 好きなものは好きって言って欲しいって、その人が一緒にアニソン歌ってくれて!」


 やや興奮気味に、意中の男性の話を語る詩帆。


 その表情は嬉しさ100%、楽しさ100%見たいな、パッと咲くような明るい顔をしていた。


 ほんと、普通にしてても可愛いのに、笑うともっと可愛くなるんだもん。同性としてちょっと羨ましいと思う。


 私はアイスコーヒーのストローから口を離すと、彼女に言った。


「いいねー。相変わらず惚気てるねー」


「えー、惚気てるわけじゃ……それに! ただの友達だし!」


「でもあれでしょ? その男子と付き合ったんでしょ?」


「っんぐ! けほけほっ!」

 

 私がそう言った瞬間、なんとかフラペーチーノをストローで吸い上げていた詩帆が盛大にむせた。


「え、大丈夫?」


「はぁ……ん。だ、大丈夫……」


 テーブルの向かい側で大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した詩帆。


 すると彼女は、「あのさ、そのことなんだけど……」どこか恥ずかしそうに語り出した。


「その……カラオケに行った日に、私の友達も一緒に行ったんだけど、そしたらそのまま勘違いされちゃって……」


「でも、その後、誤解解いてないんでしょ?」


「いや……まぁ、それはそうなんだけど……」


 そうやって、手ををモジモジと動かす詩帆。こういうしおらしいのも可愛いなーって思っていると、詩帆がテーブルに手をついた。


「じゃあさ、そんな紗季は最近どうなの! いい感じの幼馴染くんがいるんでしょ?」


「えー、急じゃん。んー。そーだね、幼馴染とはいつも……」


 そこまで言いかけて、口が止まった。


 思い出したのは、ここ最近の隼人。


 ふとした時にスマホを見ては、その唇の端が持ち上がる彼の表情。


 たぶん、不特定多数の人が聞けば、些細な日常の、よくあることの一つに過ぎないのだろう。


 だけど。


「紗季?」


「……最近、ちょっと冷たいかも」


 そんな私の答えに、「え……」と小さく息を漏らした詩帆。


 少しの間沈黙が続いた。


 そして、しばらくすると。


「じゃあさ」


 と話を切り出したのは、詩帆。彼女はそのまま続けた。


「私が紗季と幼馴染くんの仲取り持つ!」


「え、えぇー、いいよ」


 と、詩帆の言葉に首を横に振った私だったが……。


 数分後。


「よっし! それじゃ今週の土曜日、その幼馴染くん連れてきてね! えーっと、題して! 『幼馴染大作戦! in、アクアリウム!』」


 と言うことに決まってしまった。


 一応、私と隼人がメインの企画だが、できれば詩帆の彼氏(仮)にもきてくれるよう、連絡するとのこと。


 詰まるところ、ダブルデートになるかもしれないと言うわけだ。


 まぁ確かに、だいぶ前から「紗季にもあって欲しいなー」と言っていたし、タイミング的には完璧だろう。


「あはは、作戦名そのままじゃん」と、鼻を鳴らした私に、詩帆「えへへ」と微笑む。


 正直、こう言うノリはあまり好きじゃない。


 誰の彼氏がー、とか恋愛相談だとか、正直子供っぽくて、馬鹿馬鹿しい。


 ……だけど。


「それじゃ! お互いにその日に向けて準備しなくちゃね!」


 そう言って、パッと咲くような彼女を見ていると、


「ん。りょーかい」


 ちょっとだけ、こう言う青春ラブコメみたいなことも、良いかもって思った。


 

 


 

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