第21話 『好きなものを、好きって』

「てか、カレシいるなら言ってよ、詩帆」


「あ、あははー。ごめんねー」


 茶髪ロングが特徴的な、凛々しい顔立ちの『一香さん』に、詩帆さんは苦笑を浮かべながら答える。


 一方、『カレシ』という単語に俺は、ジンジャーエールを口に流しながら、映像が流れるディスプレイを眺めていた。


 一香さんの隣に座る『茉莉さん』が、黒い髪の毛を揺らしながら、タッチパネルを手に取る。


「まぁまぁ、その積もる話は、歌いながらにしよ〜。最初は一香の十八番おはこの〜」


「いや、自分の曲を入れなさいよ!」


 そんな二人に詩帆さんは苦笑いを浮かべた。


 隣の部屋から響く、ボンボンというスピーカーの音と、誰かの下手とも上手いとも言えない歌声。


 薄暗い照明の部屋のディスプレイに表示されたのは、『まねきねこ』の広告。


「あーもう、なんでアンタはいつもそうなのかな……」


「え〜、だって私、一香の声好きだし〜。カラオケは、一香で始まり、一香で終わるのが私の流儀だから〜」


「——っ! し、仕方ないなもう!」


「「……ちょろ」」


 思わず俺と、隣に座る詩帆さんの言葉が被る。


 一香さんの鋭い眼光が一瞬こちらに向いたが、すぐに彼女の曲が始まり、その視線がディスプレイの方へと移った。


 ふぅ、と胸を撫で下ろし、ふと隣に視線を向ける。


「……」


 俺から顔を背けるようにして、やや画面の方へ体を傾ける詩帆さん。


 あれから、詩帆さんはずっと目を合わせてくれない。





 つい先ほど、駅前で一香さんと、茉莉さんに出会った。


「ん〜、シホ、その人誰〜?」


「え、あ、隼人くんのことね! えーっと、なんかこう、男友達的な?」


「男友達? へぇー、さすが詩帆」


 そんな風に食い付いてきたのは一香さんだった。


 その後は、彼女たちに質問攻めされているうちに、ある意味、ボロが出てきてしまったという感じなのだろう。


「そ、そうなんだー。ちょくちょく遊びに行ったりとか、ご飯食べたりとか」


「え〜。それってもう、友達じゃなくて、カレシじゃ〜ん」


「か、カレシっ!?」


「そうだよ詩帆。それはもう恋人がすることだよ」


 と、そんな感じで、俺と詩帆さんは、『付き合っている』と認識されてしまったのだ。


 だが、なんていうか詩帆さんが、の詩帆さんとはなんか違う感じがした。


 恐らく彼女たちの話からして、いつも絡んでいる仲間内であることは間違いないだろう。


 しかし、それなのに、買ったものを隠そうとしたり、どこに行ったの? という質問にも、『好きな作家さんの展示会』や、『神田明神とか、御茶ノ水とか』と、とにかく、秋葉原という言葉を避けたり。


 それに、


「じゃあ、次はこれ歌おうかなぁ」


 そんな風にタッチパネルを操作して入れた曲は、最近の流行りの曲ばかりであったりと。


 なんていうか、オタクを隠そうとしているみたいで、詩帆さんらしく無いなって、そう思った。


 でも。それと同時に思い出した。


 以前、詩帆さんが言っていた事を。



——私周りからズレてないかーって、みんなが好きなものを私が好きかーって。



 そんなこんなで、1時間とちょっとが過ぎた時。


「それでさ、隼人くんは、詩帆のどこに惹かれたわけ?」


 そう、話を振ってきたのは、一香さんだった。


 茶色の前髪の向こうで、その凛々しい目がきらりと光る。


 一方、俺は思わず、唾を飲み込んだ。

 

 なんて答えよう……。


 正直な話、俺にも分からなかった。


 もちろんこの交際関係は本物じゃないから、恋愛的な意味で詩帆さんの好きなところは、たぶん言えないだろう。


 でも、それ以前になんで俺は詩帆さんと、いまだに関係を続けているのだろうか。


 好きなものが一緒だから?


 いや、そんな人、詩帆さんじゃなくても、探せばたくさんいるだろう。


 じゃあなんで俺は、彼女とだけアキバに行くのだろう。


 なんでこんなにも、詩帆さんがいいのだろうか。


 すると、俺の隣でごそっと動くような音が聞こえて、


「あ、あのさ」と詩帆さんが声を出す。


 俺はそちらに顔を向けると、詩帆さんは視線を下げたまま、苦いものを口に入れたような表情を浮かべていた。


 モゴモゴと、何か言いたげな詩帆さんに、一香さんが言葉をかける。


「ん? どうしたの、詩帆?」


「……あのさ、本当は私たち……」


 そう息を吐いて顔を上げる詩帆さん。


 そんな彼女に俺は、思わず目を見開いた。


 彼女の手は、少しだけ震えていたんだ。


 初めて俺たちが出会った、あの時みたいに。


 でも、だから、思い出した。


 あの日、感じた高揚感と、彼女の何に惹かれたのかを。


「私たちね、本当は付き合って……」


「俺は、詩帆さんの、笑った顔が好き」


 詩帆さんの言葉を遮るように、俺の言葉を被せる。


 俺の視界の先で、詩帆さんが驚いたように息を呑むと、彼女の綺麗な瞳と視線がぶつかった。


 ふふっと微笑み、俺はその視線を一香さんへと向ける。


「詩帆さんって、好きなの物にはすごく真っ直ぐで、時々暴走することもあるけど、でも、すごく楽しそうで、なんて言うか俺まで元気を貰えてる気がしてさ」


 そう言って、俺はタブレットへと手を伸ばすと、曲名をタップして予約する。


「だから、詩帆さんには、好きなものは好きって言って欲しい」


 そう言って、 マイクを二つ手に取ると、片方を詩帆さんへと伸ばす。


 どこか驚いたような表情。その綺麗な目元の浮かんだ、小さな涙に俺は、


「詩帆さん。もしよかったら、一緒に歌ってくれませんか?」


 そう微笑んだ。


「……うんっ!」


 目元を擦り、マイクを手に取る詩帆さん。


 その表情はあの時と同じ、思わず目を奪われてしまいそうなほど、眩しい笑顔だった。

 



 曲が終わり、マイクをテーブルに置いた俺たち。


 詩帆さんって、歌も上手いんだなぁ。と感心してる束の間、


「へー。詩帆って、アニソンとか歌うんだ」


 そんな一香さんの声に、詩帆さんが肩をピクリと動かした。


 細々と、彼女は口を開く。


「あはは。そうなんだ……私ね、ずっと昔から、アニメとか漫画が好きで……」


 少し、視線を下に向ける詩帆さん。


 でもその表情は先ほどと違って、怯えているようなものではなく、どこか満足気というか、振り切ったような表情をしていた。


 すると、次の瞬間だった。


「じゃ〜、私と一香で、エンディングの方、歌っちゃおうか〜」


 茉莉さんの、突然の言葉に詩帆さんが素っ頓狂な声をあげる。


「え、なんで……てか、知ってるの!?」


「いや、そんなに驚かなくてもいいじゃん。私アニメは知らなけど、曲はよく聞いてるよ」


「うんうん。まぁ私はこのアニメ、全部見たけど〜。なんていうか、ラブコメって尊いよね〜」


 そんなことを言いながらマイクを持つ、一香さんと茉莉さん。


 すると、口をぽかんと開けていた詩帆さんが、突然「プフっ」と吹き出した。


 しばらくお腹を抱えて笑った後、彼女は顔を上げる。


「なんだよもー! 変な心配して損したじゃん!」


「それ、私たち悪く無いじゃん」


「ね〜。てか、シホも早く教えてくれればいいのに〜」


「いや、だってさ!」


 そんな3人の会話を眺めて、俺は思わず鼻を鳴らす。


 詩帆さんの好きが、みんなに受け入れられてよかった。とか、あの二人もいい人でよかった。とか。


 でもその最後には。


「あはは! てか、それ私も歌いたーい!」


 そんな風に楽しそうに笑う詩帆さんは、やっぱり素敵だなって。


 そう思ったのだった。




 それから残りの1時間は、アニソンを歌った。


 なんていうか、ギャルといえば、今流行りの曲だったり、SNSなんかで動画をあげていたりしているイメージが強かったので、ある意味ギャルという物に対してイメージが崩れた瞬間でもあった。


 みんなで懐かしい曲だったり、有名なアニソンを歌っているうちに、喉が枯れてしまった。


 詰まるところ、俺も楽しかったわけだ。


 そして、再び駅前のロータリーに戻ってきた俺たち。


「それじゃ、詩帆、隼人くん。またカラオケ行こうね」


「じゃ〜ね〜。今日は楽しかったよ〜」


 そんな風に手を振り、踵を返した二人の背中を見送ってから、ちょうど到着したバスに乗り込んだ。


 一番後ろの席に二人で並んで座る。


 しかし、妙な緊張から俺は、何度もスマホとバスの電光掲示板を見ていたと思う。


 そして、ふと隣の詩帆さんを横目で見ては、


 さて、今後俺たちはどうなってしまうのか。


 そんな思考が頭を巡った。


 あの二人は、俺たちのことを『付き合ってる』と勘違いしたままだし。かと言って、今更実は……とも言い出しにくいだろう。


 この場合は、一応このままにしておいて、いずれ自然消滅……という形に持って行くのが得策かもしれない。


 まぁ、思春期に恋の自然消滅は付きものだろう。


 ……知らんけど。


 ドアが閉まり、ゆっくりと動き出したバス。


 窓の外を流れていく街の灯り。


「……」


 バスのエンジン音や、停車駅のアナウンスは流れているのに、俺たち2人の間は、物凄く静かな気がした。


 妙な緊張感が漂っているのはきっと、あれのせい。


 そして、しばらく沈黙が続いた後、


「隼人くん……あのさ」


 ふと聞こえてきた、華奢な声にゆっくりと顔を向ける。


 外の景色が流れていく窓に、詩帆さんの綺麗な顔が薄らと反射する。


 彼女はそのまま続けた。


「今日はありがと」


「いや、俺の方こそ。なんか楽しかったよ」


 そう返すと、詩帆さんはふふっと鼻を鳴らして、こちらに振り返る。


「あはは。でも、私たち勘違いされちゃったね」

 

「あー、確かに。これからどうしようか……」


 仮にも、この関係の相手は、あの有名な詩帆さんだ。


 少なからずや波風は立つだろう。


 やはり自然消滅が1番妥当なのか……。


 そんな風に考えていると、静かに詩帆さんが口を開く。


「あのさ、その事なんだけど……」


 そこで一息ついて、視線を外す。


 そんな彼女の綺麗な頬は、少しだけ赤みを帯びているような気がした。


 そして、詩帆さんの横顔が、どこか決意を固めたような表情に変わると、


「あのさ……」


 そう短く言って、彼女の顔が近づく。


 そして、そっと俺の耳に息を吹きかけては。


 

「ね、このまま本当に、付き合っちゃう?」



 そんな言葉が、そっと耳に流れ込んだ。


 その瞬間、まるで鼻をパンチされたみたいに、ツーンとした感覚が頭に走って。


 真っ白な思考が、その言葉の意味を理解した瞬間。ドッと心臓が動き出した。


「え……あ、え?」


 きっと、言葉にならない声があるとしたら、こういう事を言うのだろう。


 彼女の甘い匂いと、温かい体温。


 どくどくと高鳴る鼓動。


 目の前の、綺麗な青の瞳に、自然と頬が熱を帯びて。


「あ、隼人くん大変」


 そんな彼女の言葉に、ハッと意識が戻ってきた。


 そして、詩帆さんが窓の外を指さした瞬間、見慣れたバス停が流れていく。


「……は。え、今のって!」


「あははっ! 隼人くん慌て過ぎだよ!」


 そう笑いながら、降車ボタンを押した詩帆さん。


 しばらく走った後、バスが停車した。


 カバンを持ち直して、ゆっくりと立ち上がる。


「そ、それじゃ詩帆さん……」


「あ、隼人くん」


 すると、そんな声と同時に右の袖が引かれる。


 詩帆さんの方へ顔を向けると、



「好きなもの、好きって言っていいならさ。好きだよ。隼人くんのこと」



 そう言って、彼女の青い瞳が、心地よさそうに細くなった。




 


 


 


  


 

 


 


 


 


 


 

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