第18話 『今の一瞬を切り取るだけ』
「ん、おはよ。ふぁ〜……ん。眠いね」
「ゴールデンウィークでも変わらないな、本当」
そんな俺の返答に、ふへっと微笑む紗季。
今日の彼女の服装は、黒の長袖Tシャツと、落ち着いた白色のチェックスカート、黒の革靴と言った、可愛らしいかつ、今どきな感じの格好だった。
すると紗季は、あっ。と息を漏らして、すぐに、ふふっと微笑む。
そして、膝上のチェックのスカートを揺らしては、
「今日は私の太もも、見れてよかったね♪」
そんな風に、イタズラな笑みを浮かべるのだった。
「なんか人多いね」
「まぁ、まだゴールデンウィークなわけだしな」
地下鉄から出た直後から、ごった返す人混みに、お互い息を吐く。
ゴールデンウィークが始まったかと思えば、時間の進みとは意外と早いものであり、もう明後日には学校が始まってしまう。
しかし、終わりが見えているが故でもあるのだろう。
これが最後と言わんばかりに、俺たちが降り立ったここ、『浅草』は人でごった返していたのだ。
まぁとは言え、その半分ぐらいは外国人観光客によるモノだが……。
「いやー、多いね、外国の人。日本なのに日本語が聞こえてこないよ」
「あぁ、まるで日本じゃないみたいだな」
俺がそう返すと、「あはは、確かに」と、紗季はケラケラと笑った。
「それじゃ、今日一日よろしく、隼人」
「おう。どこでも着いていくよ」
まるで、いつもの学校の日の、朝みたいな会話を交わし、歩き出す。
こうして、長い1日が始まった。
「ん。やっぱり下町ってサイコー」
そんな風に息を吐きながら、スマホのシャッター音を響かせた紗季は、ふへっと微笑む。
場所は、雷門から徒歩で約10分ほどの、『合羽橋通り』。
浅草寺や隅田川沿いの、みんなが思い浮かべる浅草とは違い、静かな下町の匂いと時間が流れる、雑貨の商店街。
その一角。
道端の雑草を撮るためしゃがんでいた彼女は、ゆっくりと立ち上がると、画面を確認した。
ちなみに俺はというと……。
「まぁ、今更なんだが。そんな物撮って面白いのか?」
「え、結構今更じゃん。面白くなかったらやってないよ」
そう言って、スマホの画面をこちらに向ける彼女。
普通に見たら、ただの道路に生えた雑草なのだが、彼女には、
「ほらよく見て。このガチガチに固められたアスファルトに生える一本の雑草。なんか現代社会に抗ってるみたいで……うん。エモい」
こう見えてるらしい。
まぁ、そう言われれば分からないこともないのだが、紗季は幼い頃からちょっと感性がずれている。
良い意味でも、悪い意味でも。
「あー、分からん」
「ふへ、分かんないのかよ」
そう小さく笑って、スマホをしまう紗季。ゆっくりと歩き出した彼女の歩幅に合わせる。
「隼人はさー、感性とエモさが足りないんだよ。もっと本とか、詩集とか、読んだ方がいいよ」
「そっか? まぁ同人誌はいっぱい読んでるんだが」
「エロさは足りてるくせにね」
まぁ、詰まるところさ。
紗季少し声を上げて、一息つく。
そして、両手の立てた人差し指と親指で、長方形を作ると、それをゆっくりと俺の方へ向けた。
指で作った長方形の向こう側で、片目でコチラを見る紗季と視線がぶつかる。
大人っぽい目が、少しだけ楽しそうに細くなると、
「もう一生戻れない時間の、一瞬を切り取る。それを見直した時に、その時の気持ちが蘇ってくるのがね、最高にエモいんだよ」
パシャっと、小さく口でつぶやくと、紗季はふふっと微笑む。
一方、そんな紗季の表情に、思わずどきりとして、
「……それは、なんかいいな」
そんな、こじんまりとした返答しかできなかった。
「でしょー。だからさ、ほら、次は浅草寺の方、行ってみよ? いろんなもの撮らなくちゃ」
そう言って、スカートを揺らす彼女の歩幅は、どこか心地よさそうだった。
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