第17話 『水族館、時々、ドキドキ』
「ん〜っ! 『絵師100』楽しかった〜っ!」
ケバブを食べた後、時間通りUDXに戻った俺たちは、絵師100人展を楽しんだ。
世界を代表する、100人のイラストレーターが書いた、様々なイラストは、一つのテーマに沿っているのに、描く人によって、全然違う物になっていたり、また推しの先生のイラストはやっぱり目を惹きつける、何かがあったりと。
そこにイラストが展示してあるだけなのに、言葉にできない感動や、高揚感を生み出すのは、きっとイラストレーターという、プロの技なのだろう。
手に持った袋を揺らす詩帆さんに、俺は口を開いた。
「今年もすごかったね。やっぱりサボテン先生のイラストは迫力があった」
「うんっ! わかる! 入り口にあったイラストとか、あとやっぱり……」
「「鹿野先生」」 「だな」「だよねっ!」
そんな風に、詩帆さんとハモって、お互いに小さく笑い合った。
「あはは。そういえばさ、隼人くんはこの後どうする?」
と、詩帆さんに聞かれ、スマホに目をむける。
時刻は午後、1時半。
まだ、解散するのは早い時間だろう。
これからレモブに寄って、絵師100人展のキャンペーン色紙をもらっても、まだ時間は十分に余る。
だけど、もうそれ以外、正直見るところは思い浮かばなかった。
だから。
「んー、俺は特に見る所がないから、帰ろうかなって」
そう伝えた。
しかし、「え……」と、驚いたような表情を浮かべたあと、詩帆さんはすぐに眉を寄せる。
そして、「ちょっと待って」とスマホを取り出し、画面を操作し始めた詩帆さん。
しばらくして、こちらに視線を送ると、
「えーっと、さ。つまり隼人くんは、このあと暇ってこと?」
「うん。まぁ」
「それならさ……」
そう言って、詩帆さんは俺の長袖の袖口を摘むと、視線を逸らす。
どこか気恥ずかしそうに、スマホを持った手で口元を隠すと、
「このあと、ちょっと付き合ってほしい」
そう、言って、やや上目遣いにこちらに視線を送った。
少しでけ、赤くなっている詩帆さんの頬に、思わずどきりとして。
「あぁ。まぁ暇だから、全然……」
そんな風に、不器用に頷く俺であった。
「……」
あれから、約30分。
一度総武線の電車に乗り、浅草橋で乗り換えをした俺たちは、本所吾妻橋駅で降りた。
電車に乗っている間、何度もスマホを持ったり、画面を操作して時々顔を赤くしている詩帆さんは不思議だったけど……。
まぁ、彼女なりに、何かあるのだろう。
そして、歩くこと数分。
「おー、こう見ると結構高いんだな」
見上げたくなくても、自然と上方斜めに顎が持ち上がる。
俺たちがやってきたのは、世界一高い電波塔と名高い、『東京スカイツリー』だった。
この場所は、東京を一望出来る展望台としても有名で、一年中、季節を問わずに多くの人が訪れる観光スポットとなっている。
ただ、今まで一度も来たことがなかったので、実際にこんなに高くて大きいことや、アキバから30分以内に着く事は、今日初めて知った。
「えーっと……こっちかな」と、視線を何度もスマホの画面と、階段を行き来する。
そんな詩帆さんに、誘導され階段を登り。
そしてやってきたのは。
「ここだ……すみだ水族館!」
入り口を見て、パッと表情を明るくした詩帆さん。
入り口の上には、『すみだ水族館』と表示されており、その奥には、しっとりとした暗さの空間が広がっていた。
その後、入り口に立っていたスタッフに誘導され、チケットを発券した俺たちは、早速館内へ。
プロジェクションマッピングの階段を登り、目の前に広がった青と黒の世界に息をつく。
「わぁ……きれい」
隣から漏れた、詩帆さんの声に、俺もうんと頷く。
「確かに、なんか幻想的だね」
黒基調の室内に、ぼんやりと光る青い水槽。
ネオンテトラの大群を横目にさらに奥へと足を進める。
ライトアップされたクラゲの水槽や、エイやウツボなどが展示される大きな水槽を眺めるたびに、お互いに「綺麗」とか、「すごい」という息を漏らして。
人が多いせいか、おのずと近づいた肩にも意識が行かなくなるほど、目の前の水槽の中の世界に夢中になった。
でも、だからだろう。
「ね、見て! はや……」
そこで不自然に止まった、詩帆さんの声に、顔を向ける。
だが、思ったよりも近い……というか、本当に目と鼻の先の彼女の顔に、思わず、こくりと唾を飲み込んだ。
水族館の青よりも、深くどこまでも引き摺り込まれそうな碧。
きっと、ちょっと動かせば触れることができるだろう。その綺麗な形の唇。
何よりも、甘い匂いと、視界のすぐ先でうるうると揺れる、詩帆さんの瞳に目が離せなくなって。
どくどくと、高鳴る自分の鼓動を聞きながら、ただ彼女の頬の熱を感じていた。
そして、しばらくした後、先に目を離したのは、
「……あ、あはは。夢中になりすぎて気が付かなかった」
「いや、俺の方こそごめん」
そんな会話とも言えない、短い息を交わして、お互いに少し距離を取る。
ガラス一枚を隔てた、海の世界。
視界の先で揺れるチンアナゴ。
そして。
「わぁーっ! チンアナゴ! おにぃちゃん! リナ姉ちゃん! 早くこっちきて!」
「もぉ、フーちゃんはしゃぎ過ぎ。もう少しシィーね?」
「まぁ、元気なことは悪いことじゃないからな、だから……って、痛っ! なんで蹴るんだよ!」
「アンタは黙ってて」
「わぁ〜! おにぃちゃんと、リナ姉ちゃん、仲良しぃ〜!」
そんな3人の会話に、お互いくすりと鼻を鳴らして、やっと顔を合わせる。
「それじゃ隼人くん。次、行こっか」
「うん。俺もそろそろ、下のペンギン見たいなって、思ってたところ」
詩帆さんは静かに頷くと、歩き出す。
彼女の小さな歩幅に合わせて、俺も歩き出した。
黒と青色の世界。
時々ぶつかる肩にドキドキして。
それでも、最後には、魚やペンギンを前にはしゃぐ彼女に、可愛いなって思う俺だった。
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