第16話 『ギャル+ケバブ=エモい』
「は、隼人くん! お、おまたせぇ〜……」
ゴールデンウィークが始まって早二日。
この前の夜、電話で約束をした通り、俺たちは駅前で待ち合わせをした。
後ろから聞こえてきた、コツコツというスニーカーの踵と、華奢な声に振り向く。
視界の先で、綺麗な髪を揺らした詩帆さんは、どこか気恥ずかしそうに微笑んだ。
「あっはは〜、なんか久しぶりだね」
「うん。久しぶり。詩帆さん」
オフショルダーの白のトップスに、白くて長い足が映えるデニムのホットパンツ。
そんな彼女の服は『大胆』という印象を抱かせる一方で……。
「ん? どうかしたの?」
「あ、いや。なんかその服、似合ってるなって」
「——っ!」
彼女にそう言うと、詩帆さんは一瞬驚いたような表情を浮かべて、すぐに顔をそっぽむける。
彼女の柔らかそうな肩とか、綺麗な脚とか。
肌の露出面積が多い服だけど、それでも、いやらしさは感じず、むしろなんか詩帆さんっぽいなって思った。
すると詩帆さんは視線を合わせることなく、静かに綺麗な唇を動かす。
「今日のために、新しく買ったんだぁ、これ……」
「え?」
だが次の瞬間、左手首を勢いよく掴まれる。
そのまま彼女に引っ張られるように歩き出すと、彼女の背中で左右に揺れる髪の毛から、シャンプーのいい匂いがふわりと香った。
「さ! 早く行こっ! 休日のアキバは人が多いからね!」
パッと咲くような声色で詩帆さんは言う。
顔は見えないけど、髪の毛からチラリと覗いた、赤くなった耳。
なんとなく、今彼女がどんな顔をしているのか、分かった気がした。
黄色い表示とミルクスタンドが覗く総武線ホーム。
普段とは違い、スーツよりも私服が多く目立つホームの端っこで、
「ただいま! アキバ! そして、私は帰ってきたっ!」
両腕を頭上に伸ばし、元気ハツラツな詩帆さん。
「それ、毎回やるんだね」
と、こちらに視線を送る通行人を横目に、苦笑いを浮かべた俺。
「うんっ!」と彼女は頷いた。
「なんか、嬉しくって。好きな街に来て、好きなものを堪能できるのがさ」
そう言って、あははっ。と微笑んだ彼女に、俺は息を吸う。
「そっか。確かに」
「でしょ? ほらっ早く行くよ! 早くチケット買わないと入れないよ!」
そう言って、早足に足を進める詩帆さん。人の間を縫っていくその後ろ姿はまるで、コミケを戦い抜いてきた幾千の猛者の風貌を感じた。
やはり、アキバ検定特級(彼女曰く、自称)の名は伊達じゃないな……。
と、そんなことを思いつつ、彼女の背中を見逃さないようにと、一緒懸命に詩帆さんの背中を追いかける。
改札を出て、アニメの広告が目立つ柱で手を振っていた詩帆さんと合流。
そして、急足で秋葉原UDXに向かったのだが……。
「うわー、人多いね」
「……そうだな。てか、あそこ整理券配ってるよ」
「えっ? もう配ってんの!?」
声を大きくして、がくりと項垂れる詩帆さん。ズバリその理由は『整理券』にあった。
本来絵師100人展は、時間による入場制限はない。
一応、前売り券を購入済みの人から優先して入場できるというシステムはあるのだが、それ以外は基本、開場していればどの時間帯でも入場できるのだ。
しかし、あまりにも待機列が長く、目視で会場に収まりきらない人数が集まっている場合は、こうして時間別の整理券を配る。
そして、俺と詩帆さんが受け取った整理券は午前12時30分入場。
あと1時間後の事だった。
UDXのエスカレーターを降りたところで、詩帆さんがため息をつく。
「やっぱりゴールデンウィークすごいね……グッズ販売の列なんて、もう壁サー並みじゃんね」
彼女のいう『壁サー』とは、コミケの壁側に配置される目玉サークルの事で、大体どこのサークルも長蛇の列を作る。
きっと日常会話で使われても「え、壁サーってなに?」って、ツッコまれる事が多いと思うが、
「壁サーってよりは、シャッター前って感じがする」
「うん、わかる!」
俺と詩帆さんの場合は、この上ない程、分かりやすい例えだった。
「……」
まぁ、とは言え、1時間の暇ができたわけだ。それに時間的にもちょうどお昼時。
それなら。
「せっかくだし、どこかでお昼食べよっか」
「うん! さんせー!」
二人でそんな風に息をついて、ゆっくりと歩き出した。
そして、数分後。
「ヘーイ! アニキ! アネキ! ケバブひとつ食べて! 大盛り無料!」
大通りを超えた先の一角。そんな声に思わず足を止めた。
……いや、止めたは間違っているかも。正確には……。
「大盛り無料だって! 私、前からそこのケバブ気になってたんだよね! よっし決めた! ヘイアニキ! ケバブ大盛り!」
「おぉ〜! ケバブ! でもアネキ可愛いから、特盛サービスね!」
「「イエ〜い!」」
そんな風に盛り上がった詩帆さんは、カウンター越しに『ケバブニキ』とハイタッチを交わす。
なんていうか、詩帆さんのコミュ力って、どこでもやっていけそう。
すると、こちらに視線を向けたケバブニキ。
「アニキはどーする? 今なら大盛り無料!」
「あー、俺は」
「へい、アニキ! ここでケバブ食べないと、人生損しちゃうヨォ!」
「いや、詩帆さんは乗らなくていいのよ」
そう言って、俺は小さく息を吐く。
でもまぁ、詩帆さんが食べたいって言ってるし、それにこのスパイシーな香りは確かに食欲を刺激してくる。
てか、なんだろ……あの回転する肉の塊から滴り落ちる油を見てたら、普通に食いたくなってきた……。
俺はこくりと唾を飲み込み、
「じゃあ俺も、ケバブ大盛りで」
そう言った。
それから、お金を払って、さらに数分後。
「アニキ、アネキ! お待たせ!」
そんな声と共に渡されたのは、『スターケバブ』というプリントの紙に包まれた大盛りのケバブだった。
昔、給食で食べたような、ナンのような生地をはみ出し、むしろ包み紙に盛り付けしてある、スパイシーな肉にお互いに呆気に取られる。
「いや、なんか食いずらそうだな……」
そんな風に、どうやってかぶりつこうかと考えている俺の横で、
「これがケバブ……よっし! いただきます! ハムっ!」
詩帆さんは、勢いよくケバブにかぶりついた。
包み紙にその小さな顔が全て隠れる。
そして、しばらくモゴモゴと言う音を聞いていると、
「んん〜〜っ!」
そんな唸り声を上げながら、詩帆さんは顔を上げた。
パッと咲くような表情をこちらに向け詩帆さんは声を上げる。
「んーふー! ふーふん! ふん、ふっふふーふん!」
……。
美味しい! 隼人くん! これ、めっちゃ美味しい!
と言ったところだろうか、モゴモゴと動く白い頬に、思わず鼻を鳴らす。
油でテカテカになった唇と、赤いソースがついた白い頬。
綺麗な金色の髪の毛とか、パチリとした大きな目とか。スッキリと整った八頭身とか。
大人ぽい要素はいっぱいあるのに、こうやって、ものを美味しそうに食べる時は、すごく無邪気で子供っぽくて。
なんて言うか……『エモい』っていうのを少しだけ理解したような気がした。
「あーあ、詩帆さん、口元ソースだらけじゃないですか」
俺はポケットからハンカチを取り出すと、彼女の頬に当てる。
「——っ!」
大きく見開かれた、綺麗な青色の瞳。ほんのりと赤く染まる頬は、ソースのせいか。
こくりと、口の中のものを飲み込んだ詩帆さんは、どこか気恥ずかしそうに視線を外すと、
「……ありがと」
そう、小さく呟くのだった。
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