第15話 『ギャルと幼なじみと、肉まん』


「……はぁ」


 スマホの画面を眺めて、小さくため息を吐いた。


 白い天井と、背中に感じる柔らかいスプリングの感触。


 『久しぶり! もしよかったらさ、明日一緒にアキバ行かない?』


 そんなメッセージを打ったまま、押せない送信ボタンに、私はぐるりと寝返りを打つ。


 窓から吹き込んだひんやりとした風が、壁のタペストリーを揺らして、


「……あぁ〜もう! なんか私らしくない!」


 そう言いながら、隼人くんのトーク画面を消して、スマホを手放した。


 なんか、あの日からずっとモヤモヤしてる……。


 別にあの二人組の、男性の方が隼人くんである証拠はない。それ以前に、もし仮に、彼が誰かと一緒だったとしても、別に何も悪い事はない。


 むしろ、至って普通。だって彼だって一人の高校生であり、思春期なのだ。


 じゃあ、なんで私はこんなに、モヤモヤしているのだろうか。


 彼とは出会って、まだ1ヶ月程しか経っていない。


 交流も、せいぜいアキバに行ったり、アニメやイラストレーターや、同人イベントの情報を交換するぐらいしかしてないし、共通点は『同じものが好き』というだけだ。


 そーゆーのって、どこにでもいるじゃん。ほら、普段あんまり話さないけど、テストの時だけ勉強を教えてもらったり、あとはネイルをしてもらったりとか。


 良く言えば、趣味が合う友人。


 悪く言えば、それだけの同級生。


 ……うん。日本語ってすごく便利だ。そうやって自分の頭の中を語源化できる。


 でも、だから尚更モヤモヤが大きくなる。


 それだけの彼に、なんでこんなにも、モヤモヤするのか。


 そして、彼にメッセージを送れない理由が、このモヤモヤのせいなのだとしたら。


 この気持ちの正体はなんなのか。


 ……っと、そんなことを考えてたら、なんかお腹が減ってきた。


 時刻は午後8時。


「さっき遊んだ帰りにコンビニ、寄るんだったなぁー」


 そう呟きながら、小さなカバンを持った私は、まだセーラー服のままだった。






 時刻的には大体、8時過ぎぐらいだったと思う。


「ね、ちょっと待って」


 カバンから落ちた、アクリルキーホルダーを拾い上げ、金髪のサイドテールが特徴的な背中に、声をかけたのは。なんとなくお腹が減ったから、散歩がてらやってきたコンビニの帰り道のこと。


 車がいない駐車場の真ん中で、彼女が足を止めると、こちらに振り向く。


 パチリとした大きな目。その中心の蒼色と、長いまつ毛。


 鼻翼が小さい筋の通った鼻筋や、桜色の薄い唇。


 それらがバランスよく配置された綺麗な顔と、隣町のセーラー服から、彼女がかの有名な、あのギャルである事がわかった。


 青い瞳や、白い肌がコンビニの灯りで照らされて、神秘的に目に映る。


 同じ性別であっても、思わず可愛い。と口から溢れそうになって、うん。と喉を鳴らす。


 きょとんとした彼女に、私は言った。


「あのさ。これ、もしかして、落としちゃったりしてる?」


「え?」と、慌てた様子でカバンを確認する彼女。


「あ、本当だ! 落としてる!」


「あはは。意外とストラップの部分壊れやすいんだよねー。はいこれ」


 そう言って彼女に手渡すと、パッと咲くような表情で私の手を握った。


「ありがと! ほんっっとにありがと!」


「えー照れる。なんかめっちゃ感謝するじゃん。でもまぁ、よかったね」


「うんっ! あ、そーだ、何かお礼を……」


 と、言いかけたところで、目の前のギャルから『ぐぅぅ〜』という鳴り響いた。


 そのことで一瞬にして顔を赤くした彼女に私は、


「そこの公園でちょっと休んで行かない? 私さ食い意地張って、肉まん2個も買っちゃったんだよね」


 そう言って、ふふっと鼻を鳴らした。






「へー、星乃さんってこの近くに住んでるんだ」

 

 街灯がぼんやりと照らすベンチ。私の隣に座った『日南乃ひなのさん』の声に、うんと頷く。


「ここから歩いて5分ぐらいかな〜」


「お、奇遇。私も5分ぐらい」


「あはは。意外と近いね」


 そう返して、彼女からもらった肉まんにかぶりつく。ふかふかとした感触と、塩味の効いた肉汁が口いっぱいに広がり、鼻から息が漏れる。


「……」


「ん? どうかした?」


「いや、星乃さんって。食べてる時も可愛いなーって」


「いやいや……でも、なんか、ありがと」


 そう言って、私は小さく笑った。


 なんていうか、不思議な距離感だ。さっき出会ったばかりなのに、近すぎず遠すぎず。


 端的に言えば、日南乃さんは話しやすいなって、そう思った。


 だからかもしれない。「あのさ……」と切り出した私の口は止まらなかった。


「ん? どーしたの?」


「……なんか、さっき出会ったばかりで相談っていうのも変かもだけど……あのさ、趣味が同じでちょっと気になる人がいてさ」


「お、恋愛相談? いーよ。なんでも聞くよ」


「恋愛ってわけじゃ……ま、まぁなんていうかさ、その人が……いや、その人かもしれない人がさ、この前、他の女性の人と歩いててさ」


「あー、結構ショックなやつだ」


「……それでさ、正直私その人のこと、あまり知らなくて」


 ……自分で言って思う。


 なんて地に足のつかない相談なのだろう。ここまで確定事項が一切ない。気になる人に似てる人〜とか、かもしれない〜とか。


 それでも。


「うんうん。なんか分かるよ。そーゆーの」


 そうやって、ちゃんと話を聞いてくれる日南乃さんになら、そのまま話してみても良いんじゃないかなって、そう思った。


「同じ趣味以外に共通点はないし、通ってる学校も違うし……。だからさ、もしかしたらあの時にいた女性の人とは付き合ってるのかなー、とか考えたら、連絡……できなくてさ」


 そう言ったあと、誤魔化すようにして「あはは」と笑う。


 正直こんなことを言われても困るだろう。


 少しだけ眉を寄せたような彼女の横顔に、私はこくりと唾を飲み込み、ヒョイっと立ち上がる。


「まぁ、こんなこと言われても困るよね。でも、なんか話せてちょっとスッキリしたかも!」


 だから今日は……、と言いかけた瞬間。


「そっか。星乃さんでもって焼くんだ」


 そんな言葉に私は、素っ頓狂な吐息が漏れた。


「……ヤキモチ?」


「そ、ヤキモチ。モヤモヤ〜とか、ムカムカ〜とかね」


 そう言って鼻を鳴らすと、日南乃さんは残り少ない肉まんを一気に頬張る。


 こくりと飲み込み、口を開いた。


「いやさ、私にも幼馴染が一人いてさ。で、そいつって友達少ないけど、話が妙に上手くってさ」 


 話の上手い。その単語に私の頭の中には隼人くんが浮かぶ。


「うん……」


「だからさ、なんか行事があったりすると、すぐに周りと打ち解けて……中学生の時だったかな。修学旅行の時にクラスの女子と仲良くなったみたいでさ、それで二人で楽しそうに話してるの見て、なんかモヤモヤしたんだよね」


 そう言った彼女は、少しだけ憂いげな笑みを浮かべて、すぐにふふっと鼻を鳴らす。


「だからさ、星乃さんの気持ちすごく分かる。なんかモヤモヤするよね、そーゆーのって」


 こちらにやんわりと微笑んだ日南乃さん。その切長の大人っぽい目に思わずどきりとする。


「……そっか、一緒なんだ」


「まーね。でもそこで私、重要なことに気づいてさ」


 彼女の言葉に、「え?」と声を漏らす。


 そんな私に彼女は静かに続けた。


「そこで自分を曲げたら負けなんだって」


「……自分を曲げたら負け?」


「そ。まぁ、つまるところね」


 すると、日南乃さんは華奢な人差し指をこちらに向けて、


「今まで通りでいいってこと。特にそいつの気持ちなんて考えなくていーの」


 そう、大人っぽく微笑んだ彼女の言葉が、胸に突き刺さった。


 ずっと、考えてた。


 私と隼人くんの関係ってなんなんだろうとか、それ以外に何か共通点ってあるのかなって。


 でも本当は、あの時にいた人が隼人くんで、そして、あの女性が彼にとっての大切な人であるのが怖くて。


 だから、それを遠ざけていただけだった。


 でも……。


「……そっか。そうだよね」


「うん。世の中そーゆーもんだよ、知らんけど」


「え、なにそれ。でも……ありがと」


「うん。どーいたしまして」


 すんと鼻を鳴らした日南乃さんから視線を外し、私はスマホを取り出す。早速タップしたのは、隼人くんとのトーク画面。


 いつも通りの私でいい。それなら……。


「……送っちゃった」 


「うん。なんか悩みも解決したっぽいし、それじゃ私は帰ろっかな」


 ベンチから立ち上がり、ん〜っと背中を伸ばした日南乃さん。


 「眠くなってきた……」と、踵を返した彼女の背中を呼び止める。 


「待って!」


「ん?」

 

「あ、あのさ……名前! これから『紗季』って呼んでいい?」


「……あはは。いーよ『詩帆』」


 そう言って、やんわりと微笑んだ日南……いや、紗季。すると彼女はこちらに足を進め、スマホの画面を向ける。


「せっかくだしさ、詩帆の連絡先教えてよ」 


「……うん! オッケー!」


 そんな会話をして、彼女のQRコードを読み取る。


 新しい友達に追加された『Saki』。彼女の画像もまた、後ろ姿だった。


「あ、紗季あれでしょ、これ画像迷ったでしょ?」


「やっぱり分かる?」


「うん。だって私も一緒だもん」


 そんな会話をして、お互いにふふっと笑う。


 その瞬間、私のスマホが震えて、画面を確認する。


 相手は隼人くんだった。


「あ、ど、どうしよ!? 紗季!?」


「いや、出るしかないでしょ。てか、詩帆ってそーゆー感じの初めてなんだ。なんか意外かも」


 そう言ってふふっと微笑んだ彼女は、踵を返す。


「それじゃ詩帆。また今度〜」


「うん! ありがとっ! 紗季!」


 彼女の背中に手を振って、視線を画面に戻す。


 そして……。



「もしもし……なんか、久しぶりぶりだね、隼人くん……」


 


 


 


 


 

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