第14話 『すたんど、ばい、ゆー』
「……」
窓の外でさわさわと揺れる葉緑。
昼休み前の倦怠感と、空腹によるため息が渦巻く教室の一角で俺は、スマホの画面を眺めていた。
『ほしのしほ』をタップして、画面をスライドさせる。
最後に連絡が来たのは、もう一週間前か……。
詩帆さんからの連絡の履歴は、4月23日で止まっていた。
5月の頭。土日を入れれば、明日からゴールデンウィークに突入する。
それに、ゴールデンウィークといえば、日本を代表する絵師のイラストが、秋葉原UDXに集まる『絵師100人展』や、東京ビッグサイトで行われる『コミティア』を筆頭に、同人イベントの最盛期を迎える時期なのだが……。
「……詩帆さん、どうしちゃったんだろう」
無意識にそんな言葉が、口から溢れる。
下校中だって、深夜だって。いついかなる時にも同人誌やアニメなどで、面白い事があると速攻で連絡をくれる彼女が、もう一週間近くも連絡をしてこないのだ。
別に、詩帆さんの何かを知ってるわけでも、また、紗季みたいに幼馴染であるわけでもない。
だけど……それでも……。
「……と。は……と」
……。
「隼人」
突然横から聞こえてきた声に、体をピクリと反応させる。
「なんだ?」と隣の席の紗季に顔を向けた。
「いや、私じゃなくて。せんせーに呼ばれてる」
そう言って、紗季が指差した方へ顔を向けると……。
「……ふふふっ♪」
黒板の前で、大きな三角定規を手の上でポンポンと弾ませた篠崎先生が、ニコリとした笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
長い黒髪が特徴的で、美人なお姉さんみたいな印象が強い彼女は、去年入ってきたばかりの先生らしく、その愛嬌の良さから『ふみちゃん先生』とも呼ばれているらしい。
だが、今の篠崎先生の表情ときたら……。
「隼人くん。この問題解けたら見逃してあげよっか♪」
そう言って、大きな三角定規で黒板の上の白線を刺し示した篠崎先生。
素敵な笑顔の裏。その目は笑っていなかった。
「はい……はい。以後気をつけます。本当にすみませんでした」
いつぶりだろうか。そんなふうに平謝りをして職員室を出ると、数時間ぶりに触ったスマホの画面を確認する。
やっぱり連絡は来てない……かぁ。
詩帆さんとのトーク画面を開いて、小さくため息をつく。もうこうなれば俺の方から連絡をしてみてもいいのではないだろうか。別に友達間で連絡をするのは普通のことだろう。
そうと決まれば。と、手を動かした瞬間。
「よ、お疲れ」
そんな声と同時に、横からコツンと肩がぶつかる。
聞き慣れた華奢な声と、ふわりと香ったベルガモットに、俺はスマホをポケットにしまった。
「お疲れ、紗季。まぁ……本当に疲れたよ」
「ふふっ。てかさ、珍しいね。隼人が授業中にスマホなんて、何かあったの?」
「いや……なんとなく、気になったものがあったから」
そう返答すると、「ふ〜ん」と鼻を鳴らし、スマホに目を向ける。
きっと時刻を確認したのだろう。「もうこんな時間」と小さく呟いてスマホをカバンにしまった。
「帰ろ、隼人。なんかお腹減っちゃった」
「あぁ、そうだな」
……つーか。
「待っててくれて、ありがと。紗季」
「……別に……ふふっ♪」
そんな、心地の良い息遣いと。再びコツンとぶつかる柔らかい肩。
どこか満足げな、綺麗な横顔に、やっぱり『幼なじみ』だなって。そう思った。
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