第13話 『人違い……だよね?』

「おー、シホ似合ってるー。私やっぱ天才かも?」


「いやいや、詩帆にはやっぱりデニムだから。ほら次は私が持ってきたの着てみて」


 そう、茶髪の長い髪の毛が特徴の、『一香いちか』に服を渡される。


 その横で「いやいやー。絶対私の方がセンスあるかんねー」と腕を組み頷いた、黒髪ショートカットの彼女。『茉莉まつり』を横目に私は「あはは」と笑みをこぼす。


 クールな表情の一香にオッケーマークを指で作ると、


「ありがと一香! それじゃ、ちょい待ちで!」


 私はそう言いながらカーテンを閉める。


 着ていたトップスを脱いで前髪を振った。


 鏡に映った長い金色の髪の毛と、黒の下着が装飾する白い肌。


 最寄りのショッピングモール、とあるアパレルショップの更衣室。


 今日はアキバではなく、友達とショッピングに来ていた。


 カーテンの外から聞こえてくる、2人の小競り合い。


 それを背にスマホに手を伸ばす。


 検索履歴の1番上に出てきた『サボテン先生 個展』の文字。


 それをタップすると、特設サイトに飛ばされた。


 会場は『エンタス秋葉原』期間は……。


「今日まで……かぁ」


 小さくつぶやいて、メッセージアプリを開く。


 上から『一香』、『まちゅり♡』と言う名前の次に位置する『隼人です』という後ろ姿のアイコン。


 こういう時、隼人くんならどうするんだろうか。


 そんなことをふと考えて、スマホを閉じる。


 ダメダメ……2人は悪くない。


 悪いのは私。ショッピングに行くって言う話を、断れなかった私自身のせいなんだ。


 ……でも。


「シホー。そろそろ着終わったー? 」


「あ、ごめん! なんかさキューにぼーっとしちゃって、なんか幽体離脱〜みたいな? あはは」

 

「え、大丈夫? もしかして体調わるいの?」


「ううん! 心配しないで一香! 私は元気100倍、星乃詩帆さんだから!」


 そう言って、一香が持ってきた服に首を通す。


 私は星乃詩帆。


 上から読んでも下から読んでも変わらない。


 そしてそれは、


「……好きなもの、好きって言えたら楽なんだけどね」


 こう言うところまで含めて、私は、『ほしのしほ』のままだ。


 


 

 

「いやー買ったね〜」


「いや、あんたが買いすぎなだけだから」


「……」

 

「「それでさ」」


 そんな風に、一香と茉莉がこちらに顔を向ける。


 一方、ストローを噛み噛みしていた私は、それに驚いてピクリと肩を動かす。


「ん、あ。ごめん」


 口から離れたストローは、透明なカップの底をコツンと鳴らした。


 フードコートのテーブルを囲んで座った私たち。視界の先の2人はどこか不思議そうな、心配そうな表情を浮かべていた。


「詩帆どうしたの? 今日なんか変だよ?」


「そーそー、この変わり者の一香ちゃんが変って言うんだから、今日のシホは……って、いったぁー! ブツことないじゃん!」


「ぜっったいに茉莉にだけは『変』って言われたくない」


「なにを〜!」


 そんな、茉莉と一香の会話を眺めながら、くすりと私は鼻を鳴らす。


 この雰囲気を壊すのも、2人を心配にさせるのも悪いよね。


 うん、と頷き、「あはは」と笑ってみせる。


「いやさ、実は今日あまり眠れてなくって」


 だから……。そう言いかけたところで、私は息を呑む。


 私たちが座っているテーブルの横を通り過ぎていく、背の高い男性と、黒髪のボブカットの女性。


「ほんっっと信じらんない。なんでアンタも寝ちゃうわけ」


「いや……何つーか……すまん」


 そんな会話をしながら遠くなっていく二人の背中。


 その背の高い男性がなんだか隼人くんに似ている気がして。


「詩帆?」


「どーしたのー? しほー?」


「……カラオケ」


「え?」


「んー?」


「カラオケ! 行こっ! 今すぐっ!」


「ちょ、詩帆?」


「おー、3日ぶりのカラオケだー」


 私は、席を立ち上がり足早に歩き出す。


 ドキドキと、ズキズキ。

 

 この気持ちはなんなのだろうか。


 そして、ふと振り返った時には、すでに二人の姿はなく、


 そっと、


「人違い……だよね?」


 そう、呟くのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る