第9話 『店舗限定特典』
「ごめん詩帆さん!」
駅の改札でぴょこんと跳ねた金色のサイドテールを見つけると、俺はそちらへと駆けて行く。
すると詩帆さんもその声に気がついたのだろう、こちらに振り返ると、
「あっ! 隼人くん! こっちこっちぃ〜!」
パッと咲くような笑顔で、大きく手を振った。
彼女の前で足を止めると、額の汗を拭う。
「ごめん、お待たせ」
「ううん。私の方こそ急にごめん。それと来てくれてありがと♪」
やんわりと微笑んだ彼女は、少しだけ心配そうな表情を浮かべながら聞いた。
「てか隼人くん。もしかしてさ、誰かと一緒に帰ってた?」
詩帆さんの質問に、あー……と声を出す。
頭に思い浮かべたのは、黒髪ボブの幼馴染み。
「まぁ、友達みたいな奴と帰ってた……かな?」
「え、隼人くん友達いたんだ……」
「おい待て。つーか、みんな揃って俺のこと、なんだと思ってんだよ」
「あははっ! じょーだんじょーだん! ごめんね。隼人くん、すっごく面白いから、たぶん友達いっぱいいるだろうなーって!」
彼女のそんな言葉に思わず息が詰まりそうになる。
今更言えない……まともに話をできるのが、幼馴染み1人しかいないなんて。
「ん、隼人くん?」
下から覗き込むようにこちらを伺う詩帆さん。
透き通るような蒼い瞳に、思わずドキリとして視線を逸らす。
「ま、まぁな。そこそこはいるな。うん。そこそこ……」
「へぇー、そこそこか!」と、笑みをこぼした詩帆さん。その向日葵のような笑顔に、俺の眉がぴくりと痙攣する。
—— ごめん詩帆さん……。
そして、
—— 俺ってなんて言うか……あぁ、惨めだ……。
「あ! もうこんな時間……隼人くん! 早速だけど行こっ!」
スマホの画面を確認するなり、目に迫力が灯る。
そのまま俺の制服の袖を掴むと、駅の改札口へと連れて行かれた。
途中、少し前を歩く詩帆さんから、コロンのような甘い香りがして、ふいにドキリと心臓を早めるのであった。
電車に乗ること約10数分。
俺たちが降りたのは……。
「キタァーー! 実家のような安心感『アキバ!』」
詩帆さんがそんな風に声を上げたのは、サブカルチャーの聖地であり、また多くの人が働き、訪れる街、『秋葉原』。
時間が時間のせいか、総武線のホームにはサラリーマンのスーツ姿で溢れかえっている気がした。
後ろから人に押されるようにしてエスカレーターを下った俺たちは、早速駅のホームの外へ。
そのあとは、「こっちこっち!」と詩帆さんに導かれるように大通りを渡った。
そしてやってきた先は。
「それで詩帆さん。『レモブ』の特典付きありそう?」
大きなゲームセンターが入るビルの地下一階。
本の独特な匂いが充満する階段を下った先の『レモンブックス』、通称『レモブ』だった。
きょろきょろと店内を見回した詩帆さん。
「んー……、ちょっと分からないかも」
「ちなみにさ、それってどういうやつなの?」
「ん、ちょっと待ってね……えーっと……あった、こーゆーの」
と、スマホの画面をこちらに向ける。
その画面には、制服に着替え途中のヒロインが顔を赤らめている表紙の本が映し出されていた。
『幼なじみDays!』……同人誌か。
「オッケー、俺も一緒に探すよ」
「えっ。ホント! それじゃ……私こっち探してくる!」
そう、元気はつらつな表情を浮かべながら、さっそくエッチな方のコーナーへ向かおうとする詩帆さん。
そういうところは彼女っぽいなって思ったけど、
「いや、たぶん今日はやめといた方がいいよ」
そう彼女の背中を、呼び止める。
「ん、どうして?」そう振り返った彼女に、俺は言う。
「いや、そっちは18禁だから、たぶん制服で入ると注意されると思う」
そう言って、俺はふと視線を逸らす。まぁ、なんて言うか……実は俺が実例でない事もないのだ。
近年は未成年による、性被害を防ぐため、R18コーナーへの警察の張り込みが多かったりもする。
流石に自分がエロ本コーナーに入っていた事が親にバレるのはなんて言うか……死んだ方がマシだと思った。
自分のセーラー服に目を落とした詩帆さん。
「そっかー……そーだよねー……」と肩落す。
そんな彼女に俺は続けた。
「それにさ、このイラストレーターさんはR18のものは書かないから、たぶんこっちの全年齢向きにあると思うよ」
「お〜! さすが隼人くん。詳しい」
「まぁ、それなりにね」
ふっと鼻を鳴らし、早速全年齢コーナーへ。
彼女が探しているものは、どうやら冬コミで買えなかった新刊セットの物らしく、それが再販したため、買いに来たらしい。
しかし……。
「あれ……ない……」
それらしきものは見つからなかった。
おおよそ教室の3分の1程度の広さ。決して広くないスペースで見当たらないのだから……
「売り切れ……」
まぁ、そうなるだろう。
詩帆さんがスマホを眺めながら小さく息をつく。その画面にはレモブのアプリが表示されており、『秋葉原1号店』は赤字で在庫なしになっていた。
一応、他の店舗には在庫があるらしいのだが、他県だったり、関東圏外だったりと、正直遠い。
そして、唯一比較的近場で残っていたのが、
「蒲田だけかぁー」
そう大きくため息をついた詩帆さん。決して行けないわけではないのだが、それでも時刻は既に18時近い。
恐らく、蒲田に行って帰ってくるころには、20時を超えてしまっているだろう。
それに加えて『在庫微少』の文字。詰まるところ午前9時更新の時点で、蒲田にも1つか2つほどしかないことを示していた。
正直、今から行くのもだいぶリスクが高い。
それもあってか、詩帆さんは「仕方ないか」と苦笑すると、スマホをカバンにしまう。
どこか苦しそうな笑みを浮かべては、
「ごめんね。連れ回すだけ連れ回して……帰ろっか」
そんな風に、前髪を揺らした。
……。
だけど、なんだろう。
上手く言えないけど、なんとかしてあげたいって気持ちが込み上げてきて、
「あはは。これじゃ隼人くん損だね。帰りに何か」
「詩帆さん、行くよ」
彼女の言葉を遮って、先を歩く。
驚いたように、「え?」と声を上げた詩帆さん。コツコツとローファーの踵を鳴らしながら後ろをついてきた。
「いや、行くってどこに?」
「え、蒲田」
「いや……でもそんなの隼人くんに悪いよ」
そんな彼女の言葉に足を止める。
階段を登って、通ってきた道を戻って『ラジ館』前。
人が通り過ぎて行く中、俺と詩帆さんだけが止まっていた。
詩帆さんは俺の背中に続ける。
「それにさ、これ以上何かしてもらっても、私……なにも返せないよ」
「なら、返さなくていいよ」
「……え?」
素っ頓狂な詩帆さんの声に振り返る。
彼女の綺麗な顔は、どこか困惑しているような、そんな顔をしていた。
そんな詩帆さんに俺は続ける。
「なんて言うかさ、買おうと思ってたものとか、欲しかったものが買えないのって結構悔しいし、それに、あぁやっぱり、あの時買っておけばよかったって、後悔すると思う」
……わかってる。そんなこと言っておいて、本当はその全てが盛大な自己満足であることを。
でも、それでも……。
「それにさ……」
「それに?」
……。
「……なんか詩帆さんといると、楽しいから、もう少しだけ遊びたいっていうか……」
俺がそう返すと、不安げな彼女が一瞬驚きの表情を見せて、
「え…ふふっ」
くすりと笑みをこぼす。そして、金色の綺麗な前髪を小さく揺らすと、
「そっか。ありがと」
いつもとは少し違う、やんわりとした微笑みをコチラに向けた。
パッと咲くような笑みとのギャップに思わずどきりと心臓を弾ませる。
詩帆さんってこんな笑い方もできるんだ。
「そうと決まれば! 隼人くん!」
詩帆さんが、俺の制服の袖を掴む。
そしてパッと咲くような笑顔を浮かべては、
「行こっ! 早くっ!」
そう、白い歯を見せるのであった。
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