第8話 『うぃーあー幼なじみ』

 それは突然の出来事だった。


「お、電話だ」


「へー、珍しい。隼人のそれはゲーム専用かと思った」


 そんな紗季を横目に、「お前は俺をなんだと思ってんだよ……」と返しながら、ポケットからスマホを取り出す。


 4月半ば、桜も散り始めた放課後、紗季と2人の帰り道。


 スマホの画面に目を向ける。


 そして、『ほしのしほ』と言う名前と、綺麗な金髪の後ろ姿を確認すると、耳に当てた。


「はい、もしも」


 だがその瞬間、


『隼人くんっ! ヤバいヤバいちょーヤバい!』


 決して嫌な声ではないのだが、スピーカーから流れてきた彼女の声に、思わず耳がキーンとして、スマホを離す。


「え、隼人どーしたの?」


「いや……なんかハウリングがヤバかった」


 そう苦笑いで返すと、もう一度スマホに耳を当てる。


 へー、スマホってハウリングするんだ。と、呟いた紗季を横目に、通話口に言った。


「えーっと、なんかヤバいことあった?」


『そう、ヤバいの……アルマゲドンぐらいヤバいの!』


「あー、アルマゲドンね……そっかそっか、分かるわぁー、それはヤバいわ……あはは」


 ……いや、分かるかそんなもん。


 しかし、そんな適当な返答にも、スマホ越しに、『やっぱ分かるの! さすが隼人くん!』と、元気はつらつな声が返ってきた。


 そのあとは話が勝手進んでいき……。


『それじゃこの後駅で待ってるから! よろしくね! 隼人くん!』


 そんな声を最後に通話が途切れる。


 この間約3分ほど。


 ひたすら『ヤバい』と『アルマゲドン』を連呼していた彼女の通話は、何一つとして理解できなかったが、少なくとも俺はこの後駅に向かえばいいらしい。


 てか、ギャルって普段あんな感じでコミュニケーションをとっているのだろうか。


 自分にはあまり理解できない言葉にため息をつく。まったく……鬼コワである。


「隼人?」


 横からヒョイっと顔を覗かせる紗季。きょとんとした表情の中に、ほんの少しだけ、不安気が上澄んでいるようにも見えた。


 切長の目に、小さく息を吐いて「すまん」と言葉を続ける。


「ちょっと友達から呼び出された」


「え、隼人……友達いたの?」


「アホか、2、3人ぐらいいるわ」


 つーか。


「さっきからお前は俺のこと、なんだと思ってんだよ」


「え、んー……ん〜〜……」


 顎に指を添えて、本気で絞り出すような唸り声の紗季に、俺は息を吐く。


「そんなに悩むなよ……」というと、紗季はフヘっと笑う。


「あはは、ごめん、なんか幼なじみ以外のもの、浮かばないかも」 


 そう言ってやんわり微笑んだ彼女の、大人っぽい表情がほろりと柔らかくなる。


 そして、そんな彼女に思わず見惚れていると、


「ん、隼人?」


「あ、いや……まぁ、確かに幼なじみ以外の何者でもないよな」


「そうそう、うぃーあー幼なじみだからね。てか、行かなくていいの? 待ってるんでしょ?」


 すると彼女は俺の返答を待たずとして、華奢な手で俺の背中を押す。


「ほーら、行った行った」


 勢いに押されて、少し前に足を進めた後、ふと彼女の方へ振り返る。


「ん? どーしたの?」


「いや……すまん、行ってきます」


「えーなにそれ……でも……ふふっ♪」


 小さく笑って、華奢な手のひらをコチラに向ける。


 綺麗な形の唇を動かすと、


「行ってらっしゃい」


 そうやんわりと、はにかんだ。


 紗季のこう言うところは慣れないなって思う一方。


 あぁやっぱり、可愛いな。なんて思ってしまったことは、絶対に黙っておこう。


 彼女のローファーの踵が、少しずつ遠くなっていった。


 



 

 




 

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