第7話 『幼なじみ、いず、めらんこりー』

「あー、ひまー。暇すぎてゆーうつー」


 4月の半ば、とある放課後。

 

 窓の外の桜も、少しずつ散り始め、きっと花見も今週までだろう。


 なんて思いふけていたのだが、ベッドの方から聞こえたそんな声に、俺の思考は現実へと引き戻される。


 はぁ……。とため息を吐いて、顔をそちらへと向けた。


「あのな、人んに上がりこんどいて、暇とか憂鬱とか、そこそこ失礼だからな」


「じゃあ虚無だわ。まじ虚無〜」


 と、だらけた声で返したのは、俺のベッドの上でうつ伏せになり、足をパタパタさせながら同人誌を読む、紗季の姿だった。


 制服のスカートから伸びる、白い脚から思わず視線を逸らす。


 いくら幼馴染みでも、そう言う無防備なのは困るんだよな……。


すると突然、「てかさ」と、パタンと同人誌を閉じた彼女は、顔をこちらに向けた。


「隼人ってこーゆー女の子のイラスト、好きだよね」


 そう言って、ニヤリとした笑みを浮かべた紗季の手元には、何冊も同人誌が積み重ねられており、そしてそのほとんどが黒髪ロングのヒロインだった。


 普通なら自分の性癖がバレ、慌てふためくところなのだが……。


「まぁな、俺的に黒髪ロングはトップオブトップだと思ってる」


 そう胸を張って言葉を返す俺。


 紗季は、へー、と息を吐いてから、ふふっと笑みをこぼした。


 別にオタ隠しをしているわけではないのだが、つい最近まで、俺の趣味を理解しているのは、幼馴染みである紗季だけだった。


 まぁ、そのせいか夏のお盆のタイミングと冬の大晦日のタイミングでは、いつもウチにやってきては、


 ——へぇー、結構買ってきたね。それじゃ、隼人の性癖暴露大会の始まりー。


 なんて言いながら、俺よりも先に同人誌を読み始めるのだ。


 最初こそ恥ずかしかったものの、これが4、5回目となると流石に慣れてくるもので、


「てか、みんな太ももムチムチじゃん」


「アホか、それが良いんだろ」


 なんて会話を、呼吸と同じ難易度でするようになった。


 まぁ、これが良いことなのか、悪いことなのかは分からないが、少なくとも、人の趣味を一切否定しない紗季は優しいのだろう。


 そして、定期的にウチにやってきては、本棚から同人誌を抜き取り、ヒロインをチェックするのだ。


 紗季は自分の前髪に触れながら、「ここまで伸ばすのに、どれぐらい時間かかるんだろ」なんて静かに呟く。


「よく分からんけど、一年はかかるんじゃないか?」


「んー、そっか」


「そっか……って、自分で聞いといて随分無関心だな」


「あはは、急に興味なくなっちゃった」


 なんだよそれ。と苦笑すると、俺はぶるりと震えたスマホに目を向ける。


 アニメのメッセージスタンプと、綺麗な金髪の後ろ姿。


「ちなみに隼人はさ……」


 そんな彼女の声に顔を向ける。


 紗季は同人誌のヒロインを眺めたまま、


「私に髪伸ばして欲しい?」


 と、短く言った。


 一瞬、質問の意図が分からなくて、返事に困ったが、


「……いや、紗季はそのままで良いと思うぞ」

 

 紗季には、そのままでいてほしいと、なんとなく思った。


 すると紗季の横顔が、一瞬驚いたように表情を変えた気がした。


 しかし、それを確認する暇もなく彼女は、「ふーん」と鼻を鳴らし、ゆっくりとベッドから起き上がる。


「あのさ」


「おう、どうした?」


「……」


 一瞬の沈黙の後、紗季は「ふふっ」と心地良さそうに鼻を鳴らす。


 彼女の肩で揺れる、綺麗な黒髪と、切れ長の大人っぽい瞳。


「私、ゆーうつだけど、なんか嬉しいから、お菓子奢ったげる」


「お、おう……ありがと」


「ふふっ。だからほら、隼人もはやく」


 そう言って、華奢な手を伸ばした紗季。


 その表情はどこか満足気で、それでいて楽しそうで。


「いいよ、自分で立てる」


「あー、隼人照れてるでしょ」


「照れてねぇし。ほら行くぞ」


「ふふっ♪ 仕方ないからそーゆー、ことにしといてあげる」


 そう言って、やんわりと微笑んだ俺の幼馴染は、昔と変わらず、かわいいなって思った。







 


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