第6話 『ほしのみちびき』

「ん〜! 楽しかったぁー!」


 喫茶店を出るなり、腕を大きく伸ばした詩帆さん。


 その表情や声色は、どこか満足気だった。


 お店の明かりを背景に、綺麗な髪の毛が幻想的に透ける。


「俺もなんか楽しかった」


「でしょでしょ! やっぱ持つべきものは友と同人誌だわぁ〜」


 同人誌、と世間一般では聞かない単語に「そんなことないと思うけど……」と苦笑をすると、俺たちはゆっくりと歩き出す。


 あの後、詩帆さんとはお互いの趣味のことで盛り上がった。


 直近で言えば、


「えぇーっ! 隼人くん、サボテン先生の新刊セット買えたの!?」


 と、コミケの戦利品の話から、推しのイラストレーターの話題を。


 それから好きなラノベとか、アニメの話もして。


「それでさ、やっぱりあのヒロインの子は、あそこで告白すべきだったんだよ! 保証する! この恋愛マスターの詩帆さんが!」


 そんな風に話をしている時の詩帆さんは、なんて言うかイキイキしていて。


 上手く言えないけど、詩帆さんって感じがした。


 灯った街灯と、ちょっと疲れ気味のサラリーマン。


 コツコツと二つ分のローファー。並んだ違う制服。


「あ、そー言えばさ」


 そう切り出した詩帆さんの方へ顔を向ける。


 すると彼女はスマホの画面をこちらに向けながら、


「もしよかったらさ連絡先……交換してくれると嬉しい……かも」


 そう、少しだけ気恥ずかしそうに言った。


 アニメや推しの先生の話をしているとこにはグイグイ来るのに、どうしてこうも緩急がつくのだろう。


 しおらしい彼女に、心臓が半テンポ早く脈打つ。


「……えーっと、隼人くん?」


「あ、ごめん。ボーってしてた」


 慌てて自分のポケットからスマホを取り出し、彼女の画面のQRコードを読み取る。


 すると、ピコンっという機械音と共に、見慣れないアイコンが表示された。


 長い金髪の後ろ姿の女性。きっとこれは詩帆さんなのだろう。


 『ほしのしほ』と言うアイコンを追加すると、さっそく彼女からスタンプが送られてくる。


 ……っていうか。


「今更ながら、詩帆さんって、上から呼んでも下か読んでも、『ほしのしほ』なんだね」


「お? 気づいた? もしや気づいちゃった?」


 すると詩帆さんは、俺の前にヒョイっと飛び出し「ふふーん」と得意げに鼻を鳴らす。


 彼女の軽やかな足運びに合わせて、はらりと揺れたスカートも、思わずどきりとした。


「いかにも! 上から呼んでも下から呼んでも、はたまた天地がひっくり返っても! 私は私、『ほしのしほ』!」


「お〜パチパチ」


「……って、自己紹介したら盛大にスベッて、半年間友達ができなかった中学生の頃のトラウマがあります……はい」


「いや、滑ったんかい」


 しかも、デビュー失敗かよ。


 そう続けて言ったツッコミに、詩帆さんは、ふヘっと笑みをこぼした。


 でもさ、と彼女は言葉を続ける。


「その期間にアニメにどハマりして結果、大好きなヒロインの真似をして友達もできたし、それに、隼人くんとも会えたし!」


 思いがけない彼女の言葉に、鼻の頭がむず痒くなって、言葉が詰まる。


「だからさ、私の名前も、あの公園で缶バッジ無くしたのも、全部結果オーライじゃんね♪」


 親指を立てて、ニコリと笑った詩帆さんに、一瞬どきりとして。


 でもその最後には、


「まぁ確かに、結果オーライ、なのかもな」


 また彼女に釣られるようにして、俺も笑みを返すであった。




「それじゃ、またね! ……あ! 今度アキバ一緒に行こうね!」


「うん。りょーかい」


 あれから、10数分後。


 俺の帰る方向へとしばらく歩いたところで、彼女の最寄りだと言うバス停に着いた。


 しかも、そのタイミングちょうどバスが来て、詩帆さんは、手を振りながらバスに乗り込んでいく。


 正直、詩帆さんとの話は結構面白くて、同じものが好き同士、もう少しだけ話したいな、なんて思っていたが、まぁ仕方ないだろう。


 お互いに学生で、違う学校に通っていて。


 それに生活のルーティンだって全然違うのだ。


 それなら早く帰れるうちに帰ったほうがいいだろう。


 彼女の最寄りが、意外と自宅と近かったことに驚きながら、足を進める。


 その途中、背後からバスが俺を追い越して、


「——っ! はは。まったく」


 窓越しに両手で手を振る彼女に、思わず鼻を鳴らすのであった。


 

 


 




 

 


 


 

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