第5話 『ギャルと陰キャとカプチーノ』
放課後、黒基調の落ち着いた喫茶店。
「隼人くん。なに飲みたい?」
コーヒーの香ばしい匂いや、生クリームのような甘い匂いの中、詩帆さんの綺麗な前髪がさらりと揺れる。
「えーっと、それじゃ……カプチーノ頼んでいい?」
「オッケー♪」
指でオッケーマークを作ると、彼女はニコリと笑う。
前に並んでいる人が一人ずれて、俺たちも一歩前に進んだ。
ことの始まりはつい10分ほど前。
門の前で俺を待っていてくれた、詩帆さんから缶バッジを受け取った。
昨日俺が、詩帆さんに見せて、忘れて帰ってしまったのをわざわざ届けてくれたらしい。
しかもご丁寧に、専用のホルダーをかけて。
それだけでも十分ありがたかったのだが、その後、
「あのさ! このあと隼人くんの予定がなければ、昨日のお礼がしたいなーって」
そんな彼女に連れられて、現在に至るわけだ。
俺の前で「えーっと、どれぐらいお金残ってるかな〜」っと、スマホの画面を確認する姿に、こくりと唾を飲み込む。
その感覚は、なんて言うか……多くお礼をもらってしまった時の、あのなんともいえない申し訳ない気持ちに、よく似ている気がした。
今度また、何か返さないとな。
そんな風に考えていると、俺たちがレジのスタッフに呼ばれた。
「え〜っと」と、詩帆さんは俺の顔を見てから注文をする。
「カプチーノのホット、トールを一つ。それと私はココ……」
しかし、詩帆さんはそこで注文を止め、一瞬視線を横に向けると、
「……あ、やっぱりチョコフラペチーノください! グランデのチョコチップ多めで!」
そんな風に、少し早口で注文を済ませた。
詩帆さんの様子に少しだけ疑問を覚えたが、まぁ、確かに飲みたいものが途中で変わることもあるよな。
「よっし。そしたら、あそこから頼んだやつ渡されるから、行こっか」
ニコリと微笑み、先を歩く詩帆さん。
その途中。
「わたし、ココアぁー!」
そんな可愛らしい声の注文に、少し先を歩く彼女が足をとめた。
「……」
小さく振り返った彼女の顔は、少しだけ残念そうな顔をしている気がした。
「それじゃ乾杯!」
「いただきます」
彼女が持つプラスチックのカップに、温かいカップをゆっくりと当てる。
「あはは! 隼人くん真面目じゃん!」
「いや、お金出してもらっちゃったから、なんか無下に扱えないなって」
「あはは! そっかそっか〜! でも気にせず飲んで! 本当に昨日のこと感謝してるから!」
詩帆さんはストローを咥えてカップの中の液体を吸い上げる。
少しだけ顔を顰めると、彼女はこくりと喉を鳴らして、口を開いた。
「てかさ、隼人くんもコミケに行くって、なんかウケるね」
「ウケるのか」
「ウケるウケる! なんていうか、隼人くん全然そーゆーのに興味なさそうだもん!」
ケラケラと詩帆さんは笑みをこぼす。
「え、じゃあ逆にどう言うのに興味があると思ったの?」
「え、ん〜っとね……金! 暴力! 女! って感じ!」
「俺の印象しゃばいじゃねえかよ」
俺の返答に、ブフっと吹き出してお腹を抱える詩帆さん。
なんて言うか、詩帆さんと話しているとコチラまでテンションが上がってきてしまうような。
そんな不思議な感覚に、俺も思わず鼻を鳴らす。
「ちょ……ちょっと待って……は、隼人くん、ツッコミやばすぎ……」
「あぁ、そりゃどうも」
「ふふっ。まぁ、さっきのは嘘で、本当はマブが出来たぁーって感じかな」
そう言って詩帆さんはストローを咥え、しばらく液体を吸い上げると、再び顔を顰める。
本人がどうかは分からないが、少なくとも、第三者視点で見てそれは、決して美味しそうに飲んでいるようには見えなかった。
「マブ?」
そう聞くと、彼女は、「……うん。マブ」と頷き、カバンから缶バッジを取り出す。
昨日と同じ、限定の缶バッジ。専用のカバーが詩帆さんの顔を、うすらと映し出す。
「なんかさ、やっと同じ趣味の人と出会えて、ちょっとだけ安心したんだぁー」
「へー。でもなんか、最近の女子って結構アニメ好きな人多い気がするけど」
「んー、そうでもないかな。少なくともうちの学校はね」
そう言って視線をカップへ落とした詩帆さん。
少しだけ静かになった店内で、少し離れたところから、女子の弾むような会話が聞こえた。
詩帆さんが注文をした時に、見ていた女子の集団。
そのうちの一人が、「うちの彼氏がさー」と言ったタイミングで、詩帆さんも口を開いた。
「なんかさ、女子校って周りからズレてる人を嫌うっていうか、いや逆に同じ仲間を見つけて、どんどん大きくなって行くっていうか、同調圧力? が強いんだよね ほら隼人くんもわかるでしょ? 居酒屋ではとりあえず全員生ビール、みたいな?」
彼女の言葉に「いや、ビールはわからん」と返すと、詩帆さんがフヘっと息をこぼす。
「まぁでも、女子って周りからの視線とか、自分の印象とかさ、すっごく気にするわけよ。私周りからズレてないかーって、みんなが好きなものを私が好きかーって」
女子って面倒でしょ? そう言って苦笑を浮かべた詩帆さん。再びストローを咥えた彼女の表情はやっぱり居心地が悪そうで、
「でもなんか、それって苦しくない?」
気がつけば俺はそんなことを言っていた。
え? っと驚く彼女に続ける。
「いやさ、好きなものを押し込めて、好きじゃないものを無理やり好きって言うのって、なんか苦しいなって思って」
「……でも、私の周りはみんな流行りものが好きで、みんなの共通の『好き』には、私の好きがなくて……」
「まぁ、そうだな。確かにそう言うのって結構難しいよな」
でもさ。俺はそう切り出すと、財布を持ってカウンターへと歩く。
ドリンクを一つ注文し、それを持って再び席に戻ると、
「今ぐらいは、好きなもの、好きって言ってもいいんじゃない?」
そう言って、詩帆さんの前に置いたカップからは、ココアの甘い味の湯気がぼんやりと立ち登っていた。
「え……隼人くん……なんで?」
「いやさっき、すごく飲みたそうにしてたから、本当はこっちなのかなって……まぁでも、なんて言うか、カッコつけた手前間違ってたら本当にごめん」
いやほんと、普段こう言うことをしないせいか、急に自信がなくなってきた……。
つーか、これ、間違ってたら本当に恥ずかしいぞ。
……だけど。
「……っぷ! あっははは!」
驚いたような表情から一変。詩帆さんは急に吹き出すと、お腹を抱えて笑い声を上げる。
その度に、彼女の肩に垂れた綺麗な髪の毛が揺れて、
「急に自信無くすじゃん! 隼人くん面白すぎっ!」
そんな風に、無邪気に笑った詩帆さんの笑顔はなんか、「詩帆さんっぽいな」ってそう思った。
「はぁーっ、笑いすぎて涙出ちゃった」
しばらくすると彼女は、顔の前で手をパタパタと扇ぐ。
目元を手の甲で拭うと、彼女は続けた。
「隼人くんって、変わってるね」
「いや、そんなことないと思うけど」
「えー、絶対変わってるよ。でもさ……」
詩帆さんは一息ついて、ゆっくりとカップを口元に運ぶ。
華奢な唇が白いカップの
カップから口を離し、ふぅ。と息を吐く。
そして、
「ありがと。私、大好きだよ。ココア」
そう言って微笑んだ詩帆さんに、思わずどきりとして。
俺はそれを誤魔化すように、自分のカップを口元に運ぶ。
冷えて、酸味が増してしまったカプチーノ。
正直、安いからと言う理由で頼んでしまったカプチーノだけど、
「……あ、そーいえばさ、この前アキバの『レモブ』に寄ったらさ……見てこれ! 鹿野先生の缶バッジのガチャガチャ見つけたの! もうさ、マジでテンション上がっちゃって!」
そんな詩帆さんの、パッと咲くような声と表情を見ながら飲んだカプチーノは、不思議と嫌いにはなれなかった。
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