第4話 『他校で1番人気なあの子』

「すまん、ちょっと遅れたわ」


 ひんやりとした空気。足元でふわりと舞い上がる桜の花びら。


 午前7時30分。気温約16℃


「うんん、いーよ。私もさっき来たとこ」


 そう、あくび混じりに言葉を返したのは、昨日と変わらない幼馴染。


「ん〜っ。おはよ隼人。今日も眠いね」


 猫みたいに背伸びをすると、目元に浮かんだ涙を拭い、唇の端を小さく持ち上げる。


「なんだよ、普通寒いね、じゃねえのかよ」


「いや、英語でも相手の状態聞くじゃん、ほら、ハウア〜ユー? って」


 それに寒いのはどうしようもないからね。そう言ってふふッと微笑むと、紗季は歩き出す。


 黒色のブレザーの上で揺れる綺麗な黒髪。


「それと同じくらい、紗季が眠いのもどうしよーもないのかもな」


「は? それどういう意味?」


「季節は変わっても、お前はいつもねみぃよなって話」


「そんな隼人だって、オールウェイズ遅れてくるじゃん」


「気のせいだろ」


「気のせいだったら、今ここにいないんだけど」


 ……。


「「ふふっ」」


 二人で息のあった笑みをこぼし、お互いに肘で突き合う。


「明日は遅刻しないよーに」


「善処はしてみます」


 ベルガモットのさっぱりとした匂いと、コツコツと響く、二つ分のローファー。


 こうして今日も、『いつも』が始まっていく。





 まぁ、学校とは正直、登校が一番ハードルが高いものであって、いざ教室に入ってしまえば、意外とやることは少ない。


 朝のホームルームが終わって、午前中4コマの授業を受けて。


 昼休みを無難に過ごすと、それこそあとは早い。


「おーい、隼人ー、起きろー」


 そんな声と同時に、脇腹にチクチクとした痛みを覚えてゆっくりと顔を上げる。


 ふと周りを見ると、カバンを肩にかけて談笑する男子の姿や、一つの机に群がる女子の姿など。


 休み時間とは違う雰囲気に、ホームルームが終わっていたことを悟った。


 そして本題の紗季へ顔を向ける。


「なんだよ、シャーペンの先端で突くなよ。刺さるだろ」


「あ、ごめん。気づいてた」


「……気付いてんのかよ」


 隣の席からイタズラな表情を浮かべながら、シャーペンをコチラに向ける紗季。


 彼女はゆっくりシャーペンを筆箱にしまうと、ふふっと微笑む。


「いやさ、寝てばっかだったから死んじゃったのかなって。ほら、死ぬ時は「死にますよー」って言ってくれないと、分かんないじゃん」


「アホか、死ぬ寸前のやつに、そんな余裕があるわけないだろ」


「ふふっ。でも、隼人なら言いそーだけど。せめて最後に鶏肉食べたかった……って」


「それは遺言だ、アホ」


 俺がそう返すと、紗希はケラケラと笑い声を上げ、席をゆっくり立つ。


「あ、そーいえば。どーでもいいことなんだけどさ」


「ん?」


「なんか今、うちの学校の門のところで、隣の女子校の子が来てるらしいよ」


「本当にどうでもいいわ」


「あはは、そっか。それじゃ、またね」


 短いやり取りをして、紗季はカバンを肩にかけるとドアへと歩き出す。


 彼女の短いスカートから伸びる、綺麗な脚に思わず見惚れていると、ふと振り返った紗季が小さく手を振る。

  

 そんなギャップを感じるような動作に、ドキリとしながらも、小さく手を振り返す俺だった。


 



 先生の手伝いをすませた俺は下駄箱へと向かった。


 その途中、すれ違う男子生徒の間で、紗季の言っていた女子校の生徒の話題を小耳に挟んだ。


 なんでも、その子はらしい。


 噂が噂なのでどこまで信憑性があるのかわからないが、女子からも、そして他校の男子からも言い寄られるほども美貌を持つ……とか。


 まぁしかし、下校のピークはとっくに過ぎているし、あれから30分ほど経過している。


 流石にその子も、もういないだろう。


 そんな閑散した昇降口には、遠くの野球部の声が妙に響いていた。


 靴を履き、校門へと向かう。


 しかしまぁ、なんで俺ばっかりが先生の手伝いに指名されるのだろう。


 特段授業を熱心に受けてるわけじゃないし、かと言って学級委員会のような、まとめ役でもない。


 それに、明日の授業の資料作成の手伝い。なんて、もっと適任がいるだろう。


 はぁ、とため息をついて、スマホの画面に目を向ける。


 時刻は17時ちょうど。


「はぁ……書店に寄って帰るつもりだったのに」


 そんなため息をつきながら、門を出たその瞬間だった。



「あっ! 隼人くんっ!」



 そんな、元気ハツラツ! みたいな声に思わず足を止める。


 友人の中で、俺の名前を呼ぶのは、紗季だけだ。


 もし、それ以外で俺の名前を呼ぶとしたら……。


 聞き覚えのある声に、ゆっくりと振り返る。


 白色のセーラー服と、短いスカート。


 桜をはらんだ風に揺れる、金色の長い髪の毛。


「あはは。やっほー、隼人くん。会いに来ちゃった♪」


 そう言って、どこか気恥ずかしそうに小さく手を振ると、『星乃ほしの 詩帆しほ』はやんわりと微笑んだ。


 



 

 

 



 


 

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