第3話 『大人な幼馴染』

「……で?」

 

 あれから、おおよそ20分ほど。


 自分の住むアパート。決して広いとは言えない1LDKの部屋。


 約70センチほどのテーブルを挟んで、俺は、足の痺れすらも忘れるほど……。


「あ、あの……だから……人助けを……」


 目の前の幼馴染、『日南乃ひなの 紗季さき』に、冷や汗をかいていた。


 黒のボブカット。綺麗な前髪の奥で、切れ長の大人っぽい瞳がきらりと……。


「……は?」


 ……きらりと光ってほしかった。


 つーか、やばい。ここまで『で?』と『は?』しか言ってないのに、すっっごい迫力。


 なんていうか、あのゲームとかアニメみたいな、二次元全般でしか見たことないような、オーラみたいのがめちゃめちゃ出てる。


 向かいの紗季はため息を吐くと、テーブルに肘をつく。


 綺麗な形の唇を動かすと、彼女は言った。


「……あのさ、約束の時間、20分ぐらい過ぎてるんだけど」


「……すまん」


「その20分間、寒い中玄関の外で待ってたんだけど」


「いや……ぐうのねも出ません」


 季節は春。新学期早々。


 桜がちょうど見頃なこの時期、日が暮れればそれなりに体だって冷えてくるだろう。


 彼女は華奢な両手に、はぁっと息を吹きかけた。


「女の子って、冷えるとなかなか温まらないんだよね」


「……じゃ、じゃあ俺が温めてあげ」


「殺すよ?」


「ホンマにすんません」


 我ながら、なんでそんなセリフを言おうと思ったのか。


 向かい側でもう一度ため息を吐くと、右手で頬杖をつく。


 ムニっと持ち上がった頬のまま、彼女はコチラを見た。


「まぁ、隼人の事だから人助けしてたっていうのは、信じてる」


「……ありがと」


「でも」


 そう短く息を吐いた紗季。


 一瞬視線を窓の外に逸らすと、


「……遅れるなら、連絡してほしかった」


 どこか悲しそうな、でもその根本には気恥ずかしさが混じっているような、そんな表情をコチラに向けた。


 さっきと打って変わって、初々しさのある表情と雰囲気に思わずどきりとしてしまう。


 紗季は時々、こういう表情を見せるからズルい。


 程よい胸の膨らみや、膝上のスカートから伸びる肉付きのいい太もも。


 顔やスタイルも含め、全体的に『大人っぽい』彼女が見せる、子供っぽいギャップは、どれだけ昔から見ていても、やはり可愛らしいと思ってしまう。


「今日は俺が悪かった、本当にすまん」


「ふふっ。いーよ、全然怒ってないし」


 そう言って、少し微笑んだ紗季。


 俺も鼻を鳴らして返す。


「絶対嘘だろ、それ」


「うん。嘘」


 そんな風に短い言葉を交わして、いつも通りの表情に戻っていく。


「とりあえず、ココア作ってくるわ」


「甘いもので誤魔化そうとしてるでしょ? でも……ふふっ♪ お願いしよっかな」


「おう。ちょっと待ってろ」


「うん」


「……あ、それと」


 俺は思い出したように自分のベッドに向かうと、綺麗に畳まれたブランケットを手に取る。


 それを紗季の方へと持っていくと、


「とりあえずこれ被ってろよ。まだ部屋寒いだろ」


 彼女の華奢な背中にブラウン色のブランケットを被せた。


「……」


「紗季?」


「……ありがと」


 短く華奢で、儚い息遣い。


 彼女はコチラに顔を向けることはなかったが、まぁ多分怒ってはないのだろう。


「すぐ作るから」そう言ってキッチンの方へと向かう。


 その背後で、小さく「卑怯……」という声が聞こえた気がした。

 




 

 

 


 

 




 

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