ダンジョンのお肉


 リビングの空間、と言えばいいのかな。フローリングに大きなテーブルがある空間で、私たちは椅子に座っていた。私の向かい側に座るのは、イオとシオの二人。椅子に正座してぷるぷると震えてる。


「ごめんなさいでした……」

「…………」


 ぺこりと頭を下げるイオとシオ。未だ涙目なのがなんだかちょっとかわいそうだ。


「いや、その……。私は別に……。ミユは?」

「大丈夫……。ちょっと、びっくりしただけ……」

「いい人だー!」


 突然イオが両手を上げて叫んだ。思わずびくっとしてしまった。いやだって、相手は間違いなく絶対的な強者だから。涙目だったけど。


「シオ! シオ! この人たち、すごくいい人だね!」


 こくこくと頷くシオ。なんだかその様子がとてもかわいい。とてもじゃないけど最深層のボスとは思えない。いや、私たちよりずっと強いのはもう分かってるけど。


「はーい! おまたせー!」


 すっかり怒りが収まったらしいミオ姉が戻ってきた。テーブルの側に来ると、亜空間から料理を取り出し始めてる。とても分厚いステーキだ。食欲をそそる香りが鼻をくすぐる。


「あ、そうだ。ミユ」

「ん」


 ミユに声をかけると、察してくれたのかすぐに亜空間を開いてくれた。そこから取り出したのは、ユウジさんから預かったバスケット。


「ミオ姉。これ、ユウジさんからお礼」

「ユウジさん? 誰?」

「ほら。ミオ姉が助けた人。足を折っちゃった人だよ」

「あー! あの人か! いやいやそんな、別にいいのになあ。好きでやったことなのに」


 なんて言いながら、ミオ姉はしっかりとバスケットを受け取った。中身を見て、お、と嬉しそうな声を上げてる。ちょうどいいね、と。


「せっかくだし、これもみんなで食べよう! イオ、シオ。外の人が届けてくれたサンドイッチ! オレンジジュースもある!」

「外の料理!」


 ミオ姉がバスケットをテーブルの中央に置くと、イオとシオの二人は興味深そうにバスケットの中を見始めた。やっぱりこの二人にとって、ダンジョンの外は珍しいみたい。

 最後にミオ姉がイオとシオの間に座って、それじゃ、と手を合わせた。


「いただきます!」

「いただきまーす!」


 今更だけど、これは本当に、何なんだろう。一応、依頼は達成したけど……。どうしてこんなところで晩ご飯を食べることになってるのか、分からなくなってくる。

 今更帰るつもりはもちろんないけど。ミオ姉にちゃんと話を聞きたいから。


「ん……。美味しい」


 ミユがステーキを頬張って、呟いた。よし。とりあえず、食べよう。

 ナイフでステーキを切る。びっくりするほど簡単に切れた。とても柔らかいお肉だ。中はまだほんのりと赤い。とりあえず、一口。


「うわ……」


 これは、すごい。肉汁があふれてくる。濃厚なお肉の味だけど、決してしつこくない不思議な味だ。すごく美味しい。


「ミオ姉。これは、何のお肉?」

「え? ドラゴンだけど」

「ドラ……」


 ドラゴン。ドラゴンって、あれだよね。トカゲみたいなやつ。ああ、きっと、大きいトカゲなんだろうな。少なくともダンジョンではまだ見たことも……。


「九十五階層のボス部屋にいるドラゴンにわけてもらってきました! 終末竜ラグナロックの尻尾! たまに分けてもらうけど、美味しいでしょ?」

「う、うん。美味しいのは美味しいけど……。人間が食べても問題ないやつ?」

「え」

「え」


 ぴたりと動きを止めるミオ姉。どばっと冷や汗を浮かべてる。まさか、食べたらいけないものだったりするのこれ。


「た、多分、大丈夫……。私が食べても問題ないぐらいだし……」

「いや、今のミオ姉はホムンクルスなんでしょ? 人間って言えるの?」

「なにおう!?」


 ミオ姉は自分が人間であることにこだわりがあるみたい。いや、分からないでもないかな。人間じゃない、なんて言われて、簡単に受け入れられる人の方が少ないと思うから。


「でも安心してシノちゃん! もしだめだったとしても、エリクサーをわけてあげるから!」

「そんなにたくさんあるものなの?」

「あるよ?」


 ミオ姉が言うには、ダンジョンの九十八階層にエリクサーが湧き出る泉があるらしい。宝箱に入ってるエリクサーはミオ姉が気まぐれに入れてるだけとのこと。正直、聞きたくなかったよ。


「正確に言うと、エリクサーの原料が湧き出てる、だけどね」

「原料……」


 調合みたいなことをしてるってことかな。正直、あまりミオ姉のイメージに合わないけど。

 ステーキとサンドイッチを食べて、オレンジジュースで喉を潤す。ああ、本当に美味しい食事だった。幸せ、だね。

 さてと。


「で、ミオ姉。何があったのか、教えてくれるの?」

「えー? なになに、シノちゃんはそんなに私のことが気になるの? あははー、とっても嬉しいし恥ずかしいなあ!」

「気になる。教えてほしい」


 そう言ったのは、ミユだ。じっと、ミオ姉を見つめてる。ミオ姉は一瞬だけ固まった後、小さくため息をついた。


「ここだけの話にしてくれる? 他の人に話さないって約束してほしい」

「わかった」

「ん」


 私たちが頷くと、ミオ姉は苦笑いして話してくれた。

 ミオ姉が言うには、十年ほど前のダンジョン出現の災害で一度死んだらしい。その後、今から五年ぐらい前にその時のダンジョンマスター、つまりイオとシオの二人に蘇生させられたのだそう。


「シオが体を作ってくれて、イオが保存していた私の魂を入れてくれた、らしいよ」

「そうなんだ……。でもミオ姉、見た目変わってないよ?」

「うん。私の魂の記憶から体の情報を引き出して、ついでに何かいろいろいじって、体を作ったんだって。つまり私は超人なのです!」

「やっぱり人間じゃないってことでは」

「なにおう!?」


 いや、ミオ姉がそう言ったから私も言ったのに。ミオ姉は超人も人間枠ってことらしい。


「そもそもそれを言うなら、冒険者もダンジョンに来てない一般人からすれば人間じゃない何かだと思います!」

「それは……否定できない……!」


 ダンジョンに来てない人は魔力を使えないからね。それは本当に否定できない。

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