おせっきょう
「はい! それじゃ、シノとミユの歓迎会の準備を始めます! てなわけで、シノとミユはちょっとイオのお相手をお願いね!」
「え」
「ちょ」
「それじゃーね!」
イオと呼ばれた女の子とひとしきりじゃれあったミオ姉は、それだけ言い残すと走り去ってしまった。後に残されたのは、私たち二人と、こちらを興味深そうに見つめるイオという女の子。
「えっと……。初めまして。シノです」
「ミユ、です」
私たちが自己紹介すると、イオはにぱっと可愛らしい笑顔になった。
「はじめまして! イオです! この最深層のボスそのいちです!」
「……っ!?」
最深層のボス。正直脳が理解を拒んでるけど、ちゃんと分かる。分かるけど分かりたくない。なんかもう、なんだこれ。
「ちょっと待ってね、シオも呼んでくる!」
そう言って、イオも走り去ってしまった。結局私たちは置き去りだ。ちょっと逃げたい気持ちがあるけど、転移の魔法陣があるだろう九十層まで生きて帰れる気がしない。
「姉。なんだか、すごい部屋」
「え? ああ、うん。確かに」
ミユに言われて、改めて部屋を見回す。
ボス部屋の奥のこの部屋も、ボス部屋と変わらない広さがある、と思う。この部屋内に不思議空間が多すぎて、ちょっと全体像が掴みにくい。
不思議空間。なんて言えばいいのか、壁のない部屋、みたいな感じだ。一定間隔ごとに、日本の一般家庭の部屋みたいな場所がある。しっかりとフローリングまである部屋とか、畳が敷かれてる部屋とか。土の地面の上に直接畳があるのはちょっとシュールだ。
でも階段の上り下りが必要ないと思うと、便利そうではある。洞窟の中だから息が詰まりそうだけど、それを言うと日本の家だって決して広くはない、というよりも天井も壁もないことを考えると絶対にこっちの方が開放感はある。
開放感がありすぎてプライベートはなさそうだけど。自分の部屋をもらっても丸見えだよ。恥ずかしすぎる。いやそういう問題じゃないけど。
ミユと二人でそんな部屋を見回していたら、ずるずると何かを引きずってくる音が聞こえてきた。さっきイオが走り去った方向だ。そちらを見ると、イオが何かを、というより誰かを引きずってきていた。
「ただいまー!」
ぺい、とイオに投げ出されたのは、白い女の子。眠たそうに目をこすりながら起き上がってくる。私たちと目が合うと、ぺこりと頭を下げてきた。
「あ、ど、どうも……」
「ん……」
二人で頭を下げる。白い子は満足そうに頷いて、そしてイオの後ろに隠れてしまった。
「ちょっと、シオ! ちゃんと前に出る!」
イオがそう言っても、シオと呼ばれた少女はいやいやと首を振ってる。なんだろう、ちょっとかわいいかも。
「もう、仕方ないなあ。この子はシオ! 最深層のボスそのにです!」
「ああ、うん……。よろしくね」
つまり、この子二人が最深層のボスってことだと思う。あまり強そうには見えないけど……。
「あ! その目! こんな子が強いわけないじゃんばっかじゃねーの、なんて思ってる目だ!」
「いや、さすがにそこまでは思ってな……」
「いいもんいいもん! シオ! 魔力の解放! やっちゃえ!」
シオが少し面倒くさそうにイオを一瞥して、そして。
すさまじく重たい圧力が私たちを襲った。
私は魔法が得意じゃない。だから魔力を感じることも苦手なんだけど、そんな私ですらはっきりと分かるほどに、桁違いの魔力。押しつぶされそうだと感じてしまう。
私ですらそれだ。魔法が得意なミユだと……。
心配で隣を見ると、ミユはその場にうずくまって、吐いてしまっていた。手で口を覆い、涙目でシオを見てる。その目は、絶望一色で……。
「なあにやってるのかなあ……?」
そんな声と同時に、嘘みたいに魔力の圧力が消失した。
「あ……。み、ミオ……?」
イオとシオの二人が振り返る。私たちもその方向を見て。
「はあい。ミオお姉ちゃんですよ……?」
とってもいい笑顔のミオ姉がそこにいた。ただし私から見ても本気で怒ってることが分かる笑顔だ。ぴゃっなんてかわいい悲鳴を上げて、イオとシオの二人がお互いを抱きしめてる。
「イオ? シオ? 私のお客様に何をやってるのかな?」
「ち、違うの……。これは、その……。どんな人が確かめたくて……」
「あ?」
「ぴぃっ!?」
怖い。普通に怖い。さっきの魔力の圧も怖かったけど、今のミオの方がよほど怖い。今回は圧も何もないはずなのに、感じる恐怖は先ほどの魔力を凌駕してる。わりと真面目に誰か助けて。
「イオ! シオ! お尻ぺんぺんだよ!」
「や、やだ! それはやだ!」
「だまらっしゃい! 悪いことをしたらお仕置きがあるの!」
「いやあああ!」
さっきの楽しい悲鳴とは違って、今回は本気の悲鳴だった。逃げ出す二人を瞬時に捕まえる。まずはイオらしい。しっかりと捕まえると、勢いよく手を振った。
ばちん、というちょっと痛そうな音が響いた。
「あれほど!」
「ふぎゃ!」
「いい子にするようにって!」
「みぎゃ!」
「言ったでしょうが!」
「むぎゃ!」
なんだろう。確かに痛そうではあるのだけど、かといってボスにダメージを与えられるものには見えない。でもイオは必死に逃げようとしてるし、少し離れた場所で見守るシオは恐怖で体を震わせてる。
「なんでー!? なんでいつもいたいのー!? 意味わかんないよー!」
「これが愛の鞭だー!」
十回ほど叩いて、そしてイオを解放した。その場にうずくまって、イオがしくしくと涙を流してる。
「さあて……。しーおー……?」
「……っ!」
シオは、話せないのかな。一切口を開かない。でも。
「まったくこの子たちはー!」
「……っ!」
ちゃんと痛みを感じてるみたいで、お尻を叩かれるたびに涙目になっていた。
うん。まあ、なんだ。
「へいわだなあ」
「ん……」
ミオ姉のやり方はちょっと古いかもしれないけど、でもなんだか平和な家族だなと思ってしまった。
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