第9話 一人が寂しいなんて

「とにかく、これは僕が一旦預かります! 先輩と同じ寝室にいるなんて、とんでもない!!」


「は? えっ? ちょ、ちょっと……!」


 郡山くんがミノを抱えて逃げるように去って行った後、私は一人茫然と立ち尽くしていた。


 追いかけた方がいいのだろうか?

 でも、追いかけてどうしようというのだろう?

 ミノの癒しの方法……いや、そもそも存在に困っていたのは事実だ。

 それに、ミノの所有権の半分は郡山くんにある。

 郡山くんも、ミノの癒しの力を試してみたいのかもしれない。

 このまま、しばらく預けてみよう。

 うん、元の生活に戻るだけだ。


 そう納得して、私はいつも通り一人の週末を過ごした。


 納得した、はずなのに。


 夜になって布団に潜り込むと、途端に寂しくなった。

 たった数日の間だったけれど、私の中でミノの存在が大きくなっていたのだ。

 一人が寂しいなんて、一体何年ぶりに思っただろうか……?

 私は、ミノがいないせいでなかなか寝付けずにいた。

 日が変わって月曜日になってしまい、ようやく眠りについたのは夜中の三時頃だった。



「わっ、チーフどうしたんですか? クマができてますよ!?」

「あ、ああ。三島さん、おはよう……。ちょっと寝不足で」


 会社に着いた途端、三島さんに気づかれた。

 週末のたった二日間ミノがいなかっただけで、こんなにも心身共に辛いとは……。折を見て郡山くんと話し合おう。

 そう思いながら、デスクに向かって作業するが、集中できない。

 それに、いつもは郡山くんが書類を持ってきてくれるのに、今日に限って別の男性社員が持ってきた。


「あの、郡山課長は?」

「ああ、今なんか手が離せないみたいで」


 絶対に避けられている。

 はっ……もしかして、今日は郡山くんが絶好調なんじゃ?


「郡山課長、今日はどんな感じですか?」

「どんなって?」

「えぇと、体調良さそうとか、調子良さそうとか」

「ああー。言われてみればそんな気も」

 

 「じゃあよろしくお願いします」と続けて、男性社員は去っていった。


 や、やっぱりーー!?

 もしかしたら郡山くんもミノの癒しの力に取り憑かれて……。


『先輩、やっぱり先輩にミノはあげられません! 僕が責任を持って育てます!』


 とかになったらどうしよう!?

 とにかく、この作業を終わらせたら販売促進部へ行ってみよう。


「チーフ、ウェブ用データのチェックお願いします」

「はーい!」


 郡山くんのところへ行きたいのに、仕事が終わらなーい!


 結局、今日一日郡山くんとは会えなかった。

 昼休みも探したけど姿は見えず、時間を見つけて販促部へ行っても営業部と一緒に外回りに行っていたり。挙げ句そのまま直帰らしかった。

 メッセージも未読だし、完全に避けられているようだ。

 

 帰宅して、今日も一人寂しく夕飯を済ませて、午後十一時過ぎには寝室へ入った。

 ベッドの横の棚に置かれた霧吹きを見て、ミノのことを思う。

 郡山くん、ミノを植木鉢ごと持って行ったけど、霧吹きは持って行かなかったのよね。

 ちゃんと、お水もらえてるのかな……。

 そろそろ、植物用栄養剤もあげなきゃって、思ってたんだけど……。


 これだけ伝えておこうと、メッセージを送った。

『お水は、霧吹きで朝と晩に。そろそろ栄養剤も必要です』


「……」


 送信ボタンを押した途端に、ちょっと切なくなった。

 いけない、ミノがいなくてもしっかりしなきゃ。

 きっと寝不足で心が弱っているだけよ。

 眠れば良くなる、うん!

 

 そう自分に言い聞かせて、今日は早めに就寝した。



 それから数日、寝不足は取れたけどミノがいないせいか、疲労は溜まっていくばかりだった。

 もうダメだ。

 メッセージは未読&既読スルーだし、郡山くんに直談判しに行こう!

 今日こそ販促部にいますように! と早歩きで廊下を進んでいく。

「いた……!」と、扉のガラスから覗き込んで姿を確認した。


「失礼します!」


 私が業務上ここへ来ることは滅多にないためか、周りの視線が集まる。

 もうそんなことは気にしていられない。

 いえ、そんなことを気にする年齢ではないのよ!


「郡山課長! 例のもの、返してくださいっ!」


 ようやく捕まえたと、私はデスクを目一杯叩いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る