第7話 溺愛はご遠慮ください!
「ま、待って──!」
不用意に近づいたのがいけなかった。
彼の行動はどんどんエスカレートしていく。
本当に唇が触れそうになって、突き放した。
「それ以上の“癒し”は、必要ないわ」
「……そうですか」
彼は、シュンとうなだれた。
そんな顔をされると、こっちが悪いように思えてきて困る。
「それより、あなたの名前を考えてみたの」
はぐらかすように、スマホを取り出して先ほどのガーベラのページを見せた。
「あなたの鮮やかなオレンジを見た時に、ガーベラが思い浮かんだの。花言葉は“神秘”。オレンジのガーベラの種類は、“ミノウ”って言ってね──」
動揺していたためか、自分でも驚くほど、かなり早口の説明になってしまっていた。
それでも彼は、頷きながら微笑んで聞いてくれていた。
「ミノウをもじって、“ミノ”はどうかしら?」
少し、安直すぎただろうか……? などと思いながら彼の顔を見ると、顔を真っ赤にして、どうやら感激しているようだった。
「……ありがとうございます。素敵な名前ですね」
さっきからドキドキしっぱなしで気づかなかったけど、霧吹きの水が減っていた。
どうやら、自分で水をかけたようだ。
私も、ミノが癒してくれたとはいえ空腹には耐えられなかったようでキュゥとお腹が鳴ってしまい、お互い顔がほころんだ。
「ご飯食べてくるわね。ついでに水も換えてくる」
「お願いします」
寝室を出て、私はミノに聞こえないように大きなため息をついた。
“癒し”てくれるのは、単純に嬉しい。疲れが取れるのも助かる。
……でも、その方法が、困る。
夫を亡くしてから、私は一人で生きていくって決めたの。
依も自慢できる娘に育てたつもりだし、自分も仕事で充実した日々を送って、恥じない人生を送ってきたつもり。もちろんこれからも。
だから、ああいうのは本当に、本当に……。
あああああっ!!
思い出して、また動悸がしてきたので回想を振り払った。
これは……早くも
◇
最近、すこぶる調子がいい。
整体に行こうかと思っていたほどの肩こりがなくなり、今日も仕事が捗る。
あれから数日、私はミノに「首から上以外に触れることを禁止」として、そのまま寝室にいてもらっている。
悲しいかな、やっぱりミノの癒しの力はすごいのだ。
そこにいるだけでいい香りがして安眠だし、寝ている間にお肌と髪はツヤツヤだし、安眠のおかげで目覚めもバッチリなのだ。
自我や知能はあるけど、私を主人と思ってくれているので、嫌なことをしないのは本当に助かる。
……しかし、問題はまだあった。
「楠木さん、そういえば、例のプロジェクト、全然連絡ありませんけど……」
そう、
「あ、あーっ、あれ! えぇっと……」
作業していた手を止めて立ち上がり、誰にも聞かれないように誤魔化しながらフロアの隅へ移動する。
枯れてしまったということにしておく? いや、嘘はつきたくない。
つきたくないけど、どう説明すれば!? もう、泣きたい。
亡くなった夫に似た植物が生えてきましたって?
言 い づ ら い !!
えぇい、腹を括ろう!
「課長……あの。週末、家に来ませんか……?」
そうよ、言いづらいなら、もう直接見てもらおう。
その方が早いわ。
「えっ……。いいんですか?」
「はい」
「嬉しいです。じゃあ、何か差し入れ持って行きますね」
郡山くんは、心なしか頬を赤らめて嬉しそうに去っていった。
……ん?
ちょっと待って。
今の、私が郡山くんを誘ったみたいになってる!?
“課長……あの。(その事でお話があって)週末、家に(見に)来ませんか?”
っていうつもりだったのに!!
しかも涙目の上目遣いになっちゃってたし!!
何やってるの、アラフィフが!!
8歳も年下の後輩に!!
違う! いや、違わないけど、違うーー!!
◇
週末──。
郡山くんが、家にやってきた。
「──で?」
寝室のミノを紹介して一通り説明すると、郡山くんは顔を引きつらせ腕を組み、片足でコツコツ床を叩き苛立ちをあらわにした。
「なんなんですか、これは!!」
「私もそう思うわよー!!」
「あ、あの、落ち着いて……」
私たちの間で、おろおろするミノ。
まるで、子どもの前でケンカする夫婦のようになってしまった。
「なんで、もっと早く相談してくれなかったんですか!」
「だって言いづらいでしょ、夫に似た植物なんて生えてきたら──!」
「──え?」
そこで、郡山くんがフリーズした。
「旦那さんに……似てるんですか?」
しまった……。
つい、勢い余って言ってしまった。
黙っていてもいつかはバレただろうけど、もし本当に郡山くんが私のことを想ってくれているなら、気分のいいものではないよね……?
だけど私、別に郡山くんに好きだとか、告白されたわけじゃない。
だから、ミノが夫に似た姿でも問題ないはずよ。
「そ、そうよ。人型植物は、主人の想いに反映して生えてくるみたい。だから、夫に似た姿になったんだわ」
開き直って言うと、郡山くんは拳を握りしめて震え出した。
怒ったかと思ったが、黙ったまま突然植木鉢ごとミノを持ち上げた。
「えっ!?」
何事かと、私もミノも驚いた。
「とにかく、これは僕が一旦預かります! 先輩と同じ寝室にいるなんて、とんでもない!!」
「は? えっ? ちょ、ちょっと……!」
郡山くんは、ミノを抱えて逃げるように去って行った。
「え、ええーー!?!?」
一人残された私は茫然と、ただ立ち尽くすしかなかった。
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