第6話 アラフィフには刺激が強すぎます‼︎
ああ、本当にどうしよう。
とんでもないものを育ててしまった。
ちょっと今、名前を考える余力はない。
そういえば、種が入っていた袋に説明が書いてあったわよね。
えぇと……なになに?
・花が咲いたら、寝室に置くと寝ている間にリラックス。
寝室……?
って、寝ているそばに置いておけってこと!?
「ちょっ……と待って。あなた、寝室に置くとどうなるの?」
「はい。結衣子さんが寝ている間に、癒すことができます」
「癒す……って、どいういう風に?」
「えぇとですね、寝ている結衣子さんの頬を撫でたり、髪を撫でたりですね……」
そ、それだけならまあ……。
動けないんだから、間違いは起きなさそうだし。
ものは試し。
私は、彼を植物だと自分に言い聞かせて、寝室に置いてみることにした。
まるでアロマを焚いたような、ふわりといい香りが漂ってきて、私は知らず知らずの内にスウっと眠りについた。
◇
翌朝──。
「結衣子さん、朝ですよ」
「……わあ!?」
いつもは小鳥のさえずりや目覚ましで起きるのに、今日は耳元に低音ボイスが聞こえて飛び起きた。
どうやって耳元に? と思ったら、どうやら膝は曲げられるようだ。
昨日のことは、夢でもドッキリでもなかった。
しかし、この状態でぐっすり眠ってしまった自分の神経が恐ろしいわ……。
「気分はどうですか?」
「そういえば……」
いつもより寝覚めはいいし、頭はスッキリしている。
起きて洗面所で鏡を見ると、肌のコンディションもいいし、化粧のノリが断然違う。髪をとかせばサラッサラだ。
本当に、マイナスイオンでも出してるのかしら?
支度をして家を出る時間になったので、慌てて彼のそばに霧吹きを置いておいた。それと、日光が当たらなくなってしまったので、気休めだけど照明のリモコンも。
これで、万が一私が仕事で遅くなっても大丈夫でしょう。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
会社に着くと、
「あれぇ? チーフ、なんか今日、綺麗になってません?」
「えっ!?」
確かに、肌や髪の状態は良くなってるけど、そこまで気づいちゃう!?
「恋でもしましたか?」
「してないしてない」
植物の彼は夫に似てるけど、恋してるかというと、そうでもない。
「楠木さん、いますか?」
「は、はいっ」
まずい……彼のこと、まだ言ってない。
言わなきゃ、いけないよね……? どうしよう……。
バサバサバサッ
「あっ……!」
緊張のあまり、資料を受け取り損ねて落としてしまった。
慌てて拾い集める。
「大丈夫ですか? 体調悪いとか?」
「い、いえ、大丈夫です!」
本当に。彼の“癒し”のおかげで体調はすこぶるいい。
「ところで、例のプロジェクトの進捗はどうですか?」
郡山くんが、こっそりと耳打ちしてきた。
ああーっ、この質問が来てしまった……!
「は、はい……。もう少し進んだら連絡します……」
「楽しみにしています」
それだけ言って、広告宣伝部を出ていった。
郡山くんは、まだ芽が出たばかりだと思ってるし、少しは時間が稼げそう。
だけど、いつかは言わないといけないよね……。
誰かに相談したい……。こうなったら、三島さん?
いや、絶対ダメ! 彼女に言ったら、会社全体に知れ渡ってしまう!
誰にも言えないまま、一日が過ぎてしまった。
心労に心労が重なって、いつもより疲れてしまった。
ああ、帰ったらまた彼が癒してくれるのかしら……?
……って、私ってばもうハマってる!?
疲れたのは彼のせいでもあるのに!!
少し早歩きでいつもの帰路を歩いていると、スマホのメッセージ着信音が鳴った。
『お母さん、生きてる?』
相変わらずの文面に、くすりと笑ってしまう。
『生きてるわよ』とだけ返事をした。
依……依かぁ……。
さすがに娘には相談しづらいな。
もし、もし一人でどうにもならなくなったら、依に相談しよう。
うん、そう考えたら少し気が楽になった。
「ただいま」
彼に聞こえるように、少し大きめの声で言うと「おかえりなさい」と、寝室から声が聞こえた。
本当に動けないのね。寝室から言われるなんて、なんだか変な感じだ。
そういえば、いつまでも「あなた」とか「彼」とか呼ぶわけにもいかないなぁと、私は部屋着に着替えてから、スマホでオレンジ色の花を検索した。第一印象はガーベラだった。
オレンジのガーベラの花言葉は「神秘」。
神秘というよりも、不可解で不思議な存在だけれども。
種類は、ミノウという種類らしい。
ミノウ……は、ちょっと言いにくいかな。
ミノ……とか……? うん、いいかも。
郡山くんには申し訳ないけど、名前だけこちらで決めさせてもらおう。
「結衣子さん、顔を見せてください」
呼ばれて、私は寝室へ入っていった。
さっそく名前をつけてあげないと。
「あ、あのね、あなたの名前──」
「結衣子さん!」
「は、はい!?」
突然大声を出されて、びっくりした。
「もっと近くで顔を見せてください」
「えっ?」
ドキッとしながら、少し彼に近づいた。
「もっとです」
もっと!? これ以上近づいたら、懐内に入ってしまうのでは!?
そう思いながらも、恐る恐る近づいた。
すると、彼は両手で私の頬を優しく包んだ。
「やっぱり、とても疲れています。今すぐ“癒し”が必要です」
「え、えっ?」
どうやら、私の顔色を見ているようだった。
疲れているのは、あなたのせいでもあるんですけど!?と言いたかったけれど、彼の手が温かくて、すでに癒しが始まっているようだ。
純粋でまっすぐな眼差しが、こちらを見ている。
少し動けば唇が触れそうな至近距離。
私は耐えられなくなって、離れようとしたが──。
「離れてはダメです」
と、抱きしめられてしまった。
うわああああああああ!!
アラフィフには刺激が強過ぎます!!
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