第20話 街へ戻って教会へ
翌日、俺とライラは教会に出向いて礼拝堂を進み、説教台に座るアザリアの前まで来ると、流れるような動作でそのまま土下座した。
「すみませんでした。『依頼』は達成できませんでした」
「アタシのせいです。すみませんでした」
「どういうことか詳しく聞かせてもらおうかな、迷える鼠君。……それから?」
「ライラです。ライラ・マリー」
「ふうん。まあ聞くよ」
アザリアはタバコをスパスパ吸いながらそういった。
俺は『呪物』を追いかけるまでの経緯と、ぶっ壊してからのことをアザリアに話した。
あの後またルフに乗って一直線にこの街まで帰ってきた俺たちではあったけれど、ルフのことなどほとんど見たことのない奴らが大騒ぎして、街は一時騒然となった。
攻め入られたのかと思ったらしい。
グウェンが姿を見せると悲鳴はすぐに歓声に変わった。
特に、ライラはグウェンにママと呼ばれて懐かれているのを見られて、いろんな奴から声をかけられていたようだった。
俺と一緒にいたのも原因だろう。
ヘイグのことはグウェンに任せた。
後で情報を聞き出さなければ。
「そこら辺はあーしがやっておくよ。ヘイグとやらが捕まってる場所も解るしねえ」
スパスパとうまそうにタバコを吸ってアザリアは言う。
相変わらず説教台の上に座って長い足を惜しげもなく見せている。
「しかし大変だったみたいだねえ。女の子二人といちゃつきながら任務をするなんてねえ。しかもそれで失敗するなんてねえ?」
「いちゃついてません!」
ライラが反論する。
むしろ俺は嫌われていたと思う。
特にグウェンには。
「そうかなあ。ふふふ、まあ迷える鼠君にしてはいい兆しじゃないの?」
どこが?
解らない。
「ま、ヘイグについては本人に聞いてからだね。あーしもさ情報売ってる立場だからね、正確なことが解らない限り話したくはないよね。情報ってのは危険だよ。ちょっと間違っただけで人が死ぬからね」
「そうかもしれねえけどさ、また競合して同じような状況になるのはごめんだぞ」
「そこら辺はなんとかするよ」
アザリアは言って笑みを浮かべると、ぴょんと説教台の上から降りて、アーティファクト――『呪物』の入っていた空箱に触れた。
ライラはそれを見て、
「あの……その……すみませんでした。アタシが触っただけで壊れるなんて」
「その辺も詳しく調べるけどねえ、ま、きっとライラちゃんには何かあるんだよ」
「……何かって?」
「何かだよ。解ったら言うよ。ライラちゃんが心配しなきゃいけないのはどうやって金貨五百枚分を弁償するかってことだけだよ」
「きき、金貨五百枚!? あの『呪物』そんなにするんですか!? 無理です! アタシ……む、むむむ、無理ですぅ!」
「さて、どことどことどこに売り飛ばそうかなぁ」
「アタシのことを売ろうとしてますね!? しかもバラバラじゃないですか! アタシ死ぬんですか!? そうなんですかシオンさん!!」
アザリアがクスクスと笑っている。
俺は溜息を吐いて、
「冗談だとさ」
「え! そうなんですか!? よ、よかったぁ……」
「金貨五百枚弁償はほんとだよ」
「ふえええええ! 冗談じゃないいいいい!」
ライラがついに崩れ落ちた。
アザリアがまた笑う。
「ま、それに関してはあーしが細かい仕事を紹介するよ。秘密の雑用とかね。やばい仕事じゃないから安心していいよ」
「ほんとですか? ほんとにほんとですか?」
「あーしの予想ではね、ライラちゃんは色々できそうなんだよね。『呪物』壊したことから考えるとね」
ライラが首を傾げている目の前で、ふふふとアザリアは不敵な笑みを浮かべる。
悪いこと考えてる顔だこれ。
「それにねえ、弁償って言っても今回稼ぎがなかった訳じゃないんだよねえ。というか……」
アザリアは箱を撫でる。
「迷える鼠君、実は君たちは『依頼』をほとんど完了しているんだよね」
「あ?」
アザリアは箱を開くと、中をのぞき込んですぐに閉めた。
「呪いは全部ヘイグたちが処理してくれたんだねえ。ふふふ。いやあ、良い品だよね、ほんと」
そこで俺は気づく。
「おい、まて。まさか目的のアーティファクトって……」
「そ。この箱の方」
アザリアは言って箱を指さした。
細かな模様の入った、重厚な箱。
俺が後生大事に運んできた『呪物』の入っていた箱。
「イーヴァの言葉は伝えたでしょう? 箱を持ってきてほしいって。それに、小さな樽くらいの大きさだから抱えてもってこれるはずともね。剣は抱えないでしょう」
「でも……」
「それに、剣くらいなら、イーヴァが回収してこれる。準荒れ地を走り回って、罠でも死なないあの子に呪いは効かないしねえ。持って来れなかった理由は小さな樽ほどの大きさがあって重かったから。さすがにこれ持って天井には張り付けないでしょう」
「あ…………ああああぁぁ」
溜息が漏れる。
安堵と徒労の溜息。
『依頼』はある意味達成していて、無駄足を働いたのか俺。
もったいねえ。
アザリアは箱をぽふぽふ叩く。
「これは『パンドラの匣』。だから、アーティファクトってイーヴァの言葉は合ってる。呪いも悪いものも何もかもを閉じ込めておくことのできる、一級品のアーティファクトだよ」
「アタシが壊したのは、『依頼』の品じゃなかったんですね……」
ライラはぼそりと呟いた。
「ま、中の『呪物』もそこそこ重要だったんだけどね。箱に比べたら劣るよ」
俺は思う。
「きっとそれ以外にも入ってたんだ」
「ん?」
「グウェンのパーティの話だ。ヘイグは『呪物』に触れておかしくなったが、他の二人は他の呪いにやられたって、『呪物』が言っていた。それって箱の中にあった何かにやられたってことだろ?」
「まあ、多分そうだね。でも自業自得じゃない? だってさあ」
アザリアは笑って、
「冒険者なんだから、危険は承知でしょう? 宝箱があるからって罠じゃないとは限らない」
「まあ……そうかもな」
グウェンはもう一度『笑う頭蓋骨の穴』に行って他の二人を捜すと言っていた。
生きてるんだろうか?
どんな呪いなのかも解らない。
けれどきっとグウェンは呪いを解くだろう。
彼女の持つ『聖遺物』の弓で。
アザリアは説教台に座り直すと、
「さて、ライラちゃんのことに関しては追って連絡するよ。何が解るかによってどんな仕事をしてもらうかも決まるからね。ま、あんまり気を張らなくてもいいよ」
「…………はい」
ライラは深く溜息を吐いた。
アザリアは今度は俺を見て、
「ほら慰めてあげなよ。大切にしなよ、そういう関係はさ。特に、迷える鼠君、君は一緒にいてくれる人少ないんだからさ」
「うるせえよ」
マジで余計なお世話だった。
アザリアはケタケタと笑ってふうとタバコの煙を吐くと、とつぜん物憂げな顔をして、
「でも、グウェン・フォーサイスの『聖遺物』もほしかったなあ。絶対お金になったよ」
そう呟いた。
絶対、俺より金の亡者だこいつ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます