第19話 残念だったな、俺はDランク冒険者だ
一歩、
ヘイグが踏み出したそれは、常人の五歩ほどの距離を一気に詰める。
それが『呪物』による力なのか、彼の元々の力なのかは解らないが、元がなっていなければ力に身体がついていかないだろう。
使いこなせると言うことは、元が良いということだ。
あるいは筋肉や骨すら『呪物』が酷使しているのかもしれないが。
二歩目。
ヘイグの間合いに俺の身体が入る。
「この剣は僕のだ!」
叫んで振った太刀筋はブレがない。
きっと毎日のように素振りをして鍛えてきたんだろう。
脳筋魔剣術の前では、敵ではないけれど。
俺が鞘から引き抜いたばかりの刀身にはすでに魔力が纏っている。
頑丈に、そして、鋭利に。
っておっと。
俺は刃を傾けて、衝撃を緩和、ヘイグの剣を弾き上げて、勢いを逃がす。
商品を折ってしまってはひとたまりもない。
ヘイグは無理矢理腕を上方に振り上げられて体勢を崩している。
その背中に蹴り。
容赦ないキック。
ヘイグは前のめりになったが、そのまま自分から前に飛び、受け身を取るように前転して、体勢を立て直す。
「くっ!」
ヘイグはまた剣を構える。
身体からさらに黒いオーラが現れて、ヘイグの顔は汗でぐっしょりと濡れる。
黒いオーラの下にある彼の顔は対称的に真っ白で、ひどく苦しそうだ。
「そんなに苦しいなら捨てろ。その剣はお前の為にならない」
「何言ってるんだ。『バカ言え!』。僕はこの剣のおかげで強力な力を手に入れたんだ。『そうだ!』。Aランクの僕が、アーティファクトの力を手に入れれば、僕をバカにしていたAランク冒険者もSランク冒険者たちさえ圧倒できる! 『木っ端微塵だ!』」
ぐわっと目を見開いて、ヘイグはまた俺に斬り込む。
俺は自分の剣が折れない程度に魔力を流すと、ヘイグの斬撃をガードして、足を上げてその胸を蹴り飛ばした。
「くうっ」
無様に尻餅をついて地面に倒れこんだヘイグは呻き声を上げるとすぐに立ち上がり、俺にまた剣を向ける。
「なんなんだ……なんなんだお前! 『どこのSランク冒険者だ!』。この僕が、アーティファクトを手にした僕が圧倒されるなんて……。『俺の力があるんぞ! おかしいだろ!』。その剣だって見かけと違って相当な業物なんだろう! 『そうだ、そうに違いない。Sランク冒険者がアーティファクトを使ってるんだ!』」
「あ?」
俺はぶらんと自分の剣(Aランク冒険者なら一時間で稼げる金額。手入れしてないから刃こぼれがひどい)を下げて、首から冒険者証を取り出して見せた。
「じゃーん。Dランク冒険者ー」
「な! 『そんな……あり得ない!』。あり得ない!! 僕が……『俺が……』Dランクなんかに!」
「あのなあ、自分の能力不足を人に押しつけてんじゃねえよ、ゴミ『呪物』がよ。俺がSランクだったら負けても満足したのか? 仕方ない仕方ない、相手はSランクだから、相手が使っている武器は業物だから、『アーティファクト』だから、『聖遺物』だから『傑作』だから、負けても仕方ない。そう自分に言い聞かせてえだけだろうが」
俺はニッと笑みを浮かべた。
「残念だったな。俺はDランクで、この剣だってセール品だ。ただな、てめえと違って、人が生きていけねえ場所で、ほとんど助けを借りることなく、生きるのに執着するしかねえ生活をしてきてんだよこっちは。それはグウェンもだ」
もう俺はヘイグに言ってるのか『呪物』に言ってるのか解らなくなっていたが、多分、どっちでも同じだ。
願ったのは、ヘイグで、
叶えようとしたのは、『呪物』だ。
ヘイグは歯を食いしばって剣を振るう。
それほどまでにDランクに負けたくないのだろうか。
『呪物』としては願いが叶わないのが困るのかもしれない。
ま、何度やっても同じだ。
これ以上『呪物』に傷をつけたくないので、奴の剣筋を見極めて避けると、みぞおちに蹴りを入れた。
「うぐっ」
ヘイグは膝を折ってその場に蹲る。
『呪物』を蹴飛ばそうとしたが身体に貼り付いているのか、ヘイグの身体から引き離せない。
仕方ないので、ヘイグのその身体を押さえつけ、動けないようにする。
「結局、てめえがアーティファクトを持とうが『聖遺物』を持とうが『呪物』を持とうが、付け焼き刃でしかねえんだよ。叶えてえ願いがあるなら、自分の力で叶えろ。自分の力で奪え。人を騙すな、貶めるな、物にすがるな」
「うるさい! 『うるさい!』。うるさいうるさい!」
俺は暴れるヘイグを押さえつけたままライラたちを呼んだ。
「おい! グウェン! 『聖遺物』持ってきてくれ! こいつの呪いを解く!」
「止めろ! 『止めろ!』」
ライラに背負われていたグウェンが降りて近づいてくる。
最初から『聖遺物』を俺が持って戦ってもよかったが、そんなことしたら、多分ヘイグは逃げていただろうからな。
『呪物』も回収困難になっていたはずだ。
病み上がりでひょこひょこしているグウェンをライラが支える。
「ママは待ってて。危ないから」
言って、グウェンは途中から一人で歩いてくると、ヘイグを見下ろして、背負っていた弓を外した。
まさにその瞬間、
「止めろ! 『止めろ!』。止めろ! 『止めろ!』。止めろ! 『止めろ!』。止めろ! 『止めろ! こうなったら!!』」
ヘイグは暴れ、身体が真っ黒に染まるほどオーラを噴出させると、渾身の力で俺の身体を持ち上げた。
こいつ、まだそんな力を……。
ヘイグはあっという間に剣を鞘に収めると、引きちぎるようにベルトから外す。
瞬間、彼の身体から真っ黒なオーラが消え、『呪物』を持つ腕に集まった。
何か攻撃をしようとしている。
グウェンもそう思ったのだろう、『聖遺物』の弓を身体の前に持ってきて身構えた。
が、ヘイグは……いや、『呪物』は、
「『もうこの身体はいらない!』。何言ってるんだ! 『お前はもう用済みだ! 俺は
ヘイグが腕を振り、『呪物』を投げる。
『呪物』はまっすぐ飛んでいく。
ライラの方に。
「触っちゃダメ!!」
「避けろ、ライラ!」
グウェンと俺は叫んだが、しかし、咄嗟のことにライラは避けることができない。
『呪物』の柄がライラ額を打ち、乗っ取られてしまったんだろうか、彼女は反射的にその剣を掴む。
「痛い! おでこぶつけました!」
『よっしゃ、触れたぞ触れたぞ、これで乗っ取れるぞ!』
ライラの手の中から『呪物』の声が直接聞こえてくる。
俺はグウェンから『聖遺物』の弓を受け取るとライラの方へと駆け出した。
これで触れば呪いは解ける。
ライラを操って『呪物』が逃げる前に……。
が、
結論から言えばその必要はなかった。
『呪物』の声が突然慌てだす。
『うええええええ!! ちょっと待てちょっと待て、聞いてな……ぎゃああああああああああああああああ!!』
バキン!
ライラの手の中で、『呪物』の剣が真っ二つに折れた。
それも、鞘ごと、縦に。
「ひえ!」
ライラが悲鳴を上げて後退る。
『呪物』の破片が地面に散らばる。
「え……え……どういうことです? 何で壊れたんです!? アタシがなんかしたんですか!? ご……ごご、ごめんなさい!!」
「ママ! 乗っ取られてないの!?」
「え……ええ、はい」
ライラの身体から黒いオーラは出ていないし、『呪物』の断末魔から考えて、呪いはないだろう。
何が起きたのかは解らない。
まったく微塵も解らない。
グウェンはライラのところへよたよたと近づいていき、ライラの身体に『聖遺物』の弓を押しつけつつ、
「よかったぁ。よかったよぉ、ママぁ!」
と、叫んでいる。
一安心、
だけど、
問題は、
「俺の『呪物』があああああああああああ!」
「ごめんなさいいいいいいいいいいいい!!」
せっかく追いかけてきたのに、売れなくなってしまった……。
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