Sid.4 大衆浴場で受付嬢と
時刻を確認していると、宿の人だろうか中年女性がひとり、カウンターの奥から出てきた。
俺を見て挨拶してる。
「おはよう。よく眠れた?」
「あ、はい」
「朝食だけど、もう少し待ってて」
そう言うとまた引っ込んだようだ。
眠れたと言うか意識を勝手に手放した。よく眠れたとも言い難いな。寝心地が悪かったのと、腹が減っていたせいで。言っても詮無い話だ。
この世界が元の世界の中世レベルと考えれば、雨風凌げるだけましなのだろう。
電気は実用化されていない。ガスも無い。蒸気機関すら存在しないのだろう。馬車だったからな。技術の発展は魔法のせいで遅れているのかも。
洗い場に移動し顔を洗い歯磨きを済ませ、食堂に移動すると中年女性が居て「食事の準備ができてるから」と席に案内された。
メニューは野菜と何かの肉を煮込んだスープ。パンと何かの果物のジュースのようで、赤い色をしている。
食ってみると味、薄いなあ。塩が貴重なのか、そもそもブイヨンだのコンソメが無いのか。パンは噛み千切るのもひと苦労する硬さ。スープに浸して柔らかくして食らう。唯一はジュースか。これは適度な甘さがあり美味いと思うが、温度がな。温い。
野菜を見ると元の世界とは違う。ジャガイモらしきもの、ニンジンらしきもの、玉ねぎらしきものであって、同じでは無いな。灰色のイモだし、茶色のニンジン擬き、百合の球根のような玉ねぎ。味や食感に極端な差異はないことで、そうだと認識しただけだが。
問題は肉だ。何の肉なのか。馬は居た。牛や豚は見てない。鶏も見てない。ウサギのような生き物は平原で見た。あれかもしれん。少々凶悪な見た目だったが。
食事を済ませると、来るんだよな。便意。
已む無く悪臭漂うトイレに移動し、済ませてバケツに入れ替えておく。出る時に町が指定する場所へ持参しぶちまけるとかで。
ケツを拭くのはぼろ布のようだ。紙も貴重品だってか?
ぼろ布は使ったら捨てる。手洗い用の石鹸があるのは救いだな。香りは無い。
上げ膳据え膳のサービスなんて期待してなかったが、日本が恋しいなあ。
排便が済むと部屋に戻り、身支度をして宿の人に鍵を預けて外出するが、その前に。
真っ先に風呂に入りたいということで、宿のおっさんに尋ねてみる。
「パン屋ってどこですか?」
「宿を出て左に進み、二つ目の角を右だ」
「分かりました。ありがとう」
外に出ると昨日とは異なり、町の中は活気に溢れているようだ。
屋台のようなものが多数。人通りも多く買い物をしているのか。夜間は活動できないからだろう。日中の限られた時間を有効に使うってことだ。
電気があれば夜間でも自在なんだがな。
教えてもらった通りに進むと、確かにパン屋だな。中に入って店の女性に尋ねる。ああ、この店の売り子は若いようだ。
「あの、風呂って」
「お風呂ですか? この裏手に浴場があります」
「お代はどこで?」
「湯番が居るので、そちらにお支払いください」
店を出て裏ってのは、店の横にある路地を進むわけか。少し歩くとレンガ造りの建物があり、どうやらそこが大衆浴場のようだ。
解放された入り口を抜けると、ホールのような場所に入浴が済んだ客やら、これから入るであろう男女入り乱れて多数居る。広いのと少々蒸す感じがする。
まさか混浴じゃないよな。だとしたら恥ずかしいだろ。女性の裸見放題かもしれんが。
それと湯番ってどこに居る?
見回すと、腰に巾着袋を提げる女性が居る。あれがそうかもしれん。
声を掛けるとビンゴ。
「入浴料は二百五十コッパルです。タオルと石鹸はそれぞれ五十コッパルです」
「あの、ここって混浴ですか?」
「おかしなことを言いますね」
「そう?」
混浴じゃない大衆浴場なんてあるのかと。まじか。
ただ、浴場だけに欲情しても、如何わしい行為に及ばないように、だそうだ。駄洒落かよ。しかも親父ギャグだ。だが、厳しい罰則もあるらしい。どんな、と尋ねると「男性なら股間を切り取られます。女性なら乳房が無くなります」って、恐ろし過ぎる。男としての機能を失うなんて。
「如何わしい行為をしたいのであれば、ホテルに連れ込んでからにしてくださいね」
それなら問題無いそうだ。いや、連れ込む勇気はないし、手を出す勇気すらない。
とりあえず金を払い中に入ると、扉の付いた棚が多数あって、そこに衣服などを入れるようだ。日本の銭湯と同じ感じだな。
周りには多数の老若男女が居て、脱ぎっぷりが凄い。堂々と晒される野郎どもの股間。どいつもこいつもでかいな。
女性も遠慮が無く丸出し。年齢も体型も様々だ。思わず凝視しそうになるが、そこは無理にでも視線を逸らす。
女性が居ることで恥ずかしさはあるが、耐えるしかないな。
反応してる奴も居るようだ。隠す気は無いのか。堂々としていて女性に声を掛けてるし。
服を脱ぐが、そう言えば、この体の主のもでかい。元の体のサイズだったら、恥ずかし過ぎて隠すところだが。これなら問題無い。
浴場内に入ると、もうもうと立ち込める湯気だ。それと熱気も凄い。
どうやら湯船に浸かるではなく、サウナみたいなもののようだ。汗を流して水で流す形なのだな。
腰を下ろせる場所が多数あるから、適当な場所に腰を下ろし、暫し汗を流すのだが聞き覚えのある声が。
「あ、トールさん」
声のする方へ視線を向けると。
「あ、え」
「お風呂入りに来てたのですね」
ギルドの受付嬢だ。確かアニタ、とか言ってた子。
実に美しい素肌を披露してくれている。当然だが全裸だ。お陰で丸みを帯びた豊かな胸がな。揺れ動かしながら隣に腰を下ろし「今日はギルドで依頼を受けるのですか?」なんて、呑気に話し掛けてくるし。
既に股間が反応し捲ってる。隠しようが無いんだよ。でかいから。
「お元気ですね。ホテルに行きましょうよ」
「あ、えっとだな」
「依頼が先ですか?」
「ま、えっと、そう」
俺の体をまじまじと見つめてる。股間もしっかり見てる。
「体、凄く鍛えられてますね。やっぱりアヴァンシエラの方って凄いです」
筋骨隆々、腹筋にしてもシックスパックなんてもんじゃない。しかしだ、俺が鍛えたわけじゃない。この体の主が凄いんだよ。俺は何もしてないからな。
上目遣いになり顔を近付けてきて、なんなら体も寄せてきて、なにやら言い出してる。
「私の体、どうですか? お気に召しましたか?」
「あ、いや」
「駄目、でしたか?」
「ち、違う」
あとで楽しみましょう、と言われた。股間も脳みそもテンパり過ぎて、意識が飛びそうだ。
充分に蒸されたら石鹸で体を洗い冷水で整える。アニタも同じようにしてるし。すっかり俺の傍に張り付いてる。
「整った」
「あの、なんですか、それ」
「え、いや。俺の国では」
「あ、そう言えば、どちらの出身なのですか?」
日本。なんて言っても通じるわけがないよな。記憶を辿れば何か分かるか。
探ってみると国の名前なのか、何かしら浮かんできた。
「エストリガ・エナホーネン」
不思議そうな顔をしてるが。
「どこにあるのですか?」
「え、遠くに」
「旅をしてるのですね」
「えっと、そう、だな」
興味津々かよ。
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