Sid.3 俺がモテてるのか
アニタと言う受付嬢は碧眼で金髪のカーリーミディ。肌が白く輪郭はやや丸みを帯びる。唇は健康そうな色味をしているな。視線を下に向けると、ギルドの制服だろう、今はなきファミレスの制服の如き胸元を強調する。たわわ、かもしれん。
マルギットと言う受付嬢は栗色の瞳にストレートのブルネット。肌は同じように白く輪郭はふっくらしている。唇は赤みが強く差している感じだ。
同じくファミレスの制服の胸元が強調され、アニタより更に大きな印象を受けた。
「トールさん、ですよね。あの、今日このあと予定は」
「あ、ずるいってば、アニタ」
「マルギットは残業でしょ」
「抜け駆け禁止だってば」
い、いやいや。女性と接したことのない俺にとって、こんなケースは想定外だ。どう対処すればいいのかさっぱり分からない。
逃げよう。化け物相手なら体が勝手に動くが、この場合は混乱と緊張で対処不能だ。
「えっとだな、宿を借りて休みたいから」
「でしたら、ここを出て三つ目の建物がお勧めです」
「そこ? あれラブホ」
「い、いいじゃないの」
おい。ラブホって言わなかったか?
この世界にもあるのか。そんなものが。じゃなくてアニタとかいう子は、やたらと積極的な感じだ。この顔はそんなに魅力、あるよなあ。どう見ても超絶イケメン。日本と同じ価値観であれば、の話だが。二人の様子を見れば価値観に相違は無さそうだ。
「トールさん。私とご一緒に」
「駄目だってば。アニタは惚れっぽすぎるんだよ」
「強くて素敵な男性を射止めず、何を射止めるの?」
「だったらあたしもだってば」
いかん。無理だ。
この世界も一夫一婦制なのか。だとしたら、おいそれとお付き合いはできん。
それ以前にモテても、どうすればいいのかすら分からない。ああ、そうだ。この体の持ち主の記憶を辿れば。
だが、映像はあれど音声は無い。つまり何を言ってるのかさっぱり。これだと参考にもならない。
「トールさん。駄目、ですか?」
「あの、トールさん。あたしと」
眩暈が生じてきた。無理だ。今の俺には女性を扱う術がない。知らなさ過ぎるからだ。戦闘時は体が勝手に反応してくれる。しかし女性を前にして何も動けない。
命が掛かってるわけでは無いからだな。これは自力で解決する必要があるわけだ。
「えっと、今日はとにかく休みたい」
「あ、ごめんなさい。お疲れですよね」
「無理はさせられないので、次はご一緒しましょうね」
辛うじて逃れることはできたが。
ああ、そうだ。宿。
「あの、宿だけど」
「ここを右に出て通りの角を左に曲がると、安くてサービスの良い宿があります」
ラブホ、じゃないよな。ひとりで入っても情けないだけだし。かと言って、この二人のどちらか、などと思っても扱いきれない。
せっかくのチャンスと思っても童貞の俺には無理だ。
礼を言って冒険者ギルドをあとにするが、名残惜しそうに見つめる二人が居た。
外に出て言われた通りに進むと、二階建てのペンションのような宿がある。白い壁は石造りだが。
入り口であろう場所から扉を開け、中に入ると向かって右側にカウンター。正面は階段があり左側は食堂のようだ。カウンターには誰も居らず、ベルが置いてあるから、それを鳴らせということか。
チン、と鳴らすとカウンターの奥の扉が開き、宿の主人であろう人が出てきた。そこそこ年食ってるが、五十代くらいか。髭を蓄えた厳ついおっさんだな。
俺を見て「泊まりか?」と。サービスのレベルを日本と同じと考えては駄目だな。日本は過剰なサービスが生産性の低下を招いていた。ここではサービスも対価が必要なのだろう。元の世界の外国と同じだ。チップ次第でどうにでもなる。
「泊まりたいのですが、一泊幾らですか?」
「朝飯無しなら二千三百、込みなら二千六百」
単位はコッパル、だよな。まさかシルヴェルじゃないだろう。
朝飯は食っておきたい。
「朝食込みで二泊で」
「先払いだ」
五千二百コッパルを払うと「部屋の鍵だ。場所は二階の奥から二つ目」と言われた。案内も無いのか。まあ仕方ない。ビジネスホテルも同じだし。
鍵を受け取り部屋に向かうが「朝飯は六時だから遅れるな」と言われる。
相槌だけ打って二階に上がり、部屋の鍵を解錠し入ると中はあれだ、薄暗くベッドと椅子とテーブルひとつだけ。他には服用のハンガーラックがあるのか。
灯りはと思ったら室内にオイルランプがある。それを灯せということか。でもマッチとかライター。
あ、そうだ。炎系の魔法使える。念じると指先から小さな炎が出て、オイルランプに火を灯すことができた。魔法、便利だな。
トイレだの風呂はあるのか、と思うが室内には無いな。
階下に向かい宿の主を呼び出し聞くと。
「トイレ? そこの右奥だ。風呂なんて無い。大衆浴場なら水路沿いのパン屋にある」
建物内に風呂、無いんだ。大衆浴場ならあるのか。だが、聞くと朝しか営業してないらしい。パンを焼く窯の熱を利用して湯を沸かすそうだ。他には鍛冶屋でも浴場を用意してるところもあるとか。鍛冶屋の風呂ならば、火入れのタイミング次第で利用可能だそうだ。
顔や手足を洗う洗い場はあるらしく、トイレの隣に樽があり洗面器もあった。
タオルや歯ブラシなんかのアメニティは全て有料だとか。まあ、それは仕方ないが。
この世界って元の世界の中世レベルだな。
原始的な世界に来たものだ。
そしてトイレを見て途方に暮れた。
「まじか」
トイレと呼べる代物じゃない。入ると猛烈に臭い上に便器はおまると変わらん。おまるで用を足したらバケツに移し替え、自分で処分場へ持参するそうだ。宿の人に任せると対価が要求される。せめてボットン式とか考えなかったのか。
ただ、小便は地面に染み込ませるようで、トイレの床に穴が掘られていて、流し込めるようになっていた。一応蓋はあるけど意味は無いな。
手洗い用の水程度は用意されていて、樽に栓があり外すと水が出てくる。洗面器で受けて穴に流すことで、多少は臭い軽減に繋がるようだ。
風呂は明日の朝にでも利用するとして、小便は我慢できん。
用足しを済ませ部屋に戻り、ベッドに体を横たえるが、ちくちくするし固いなあ、このベッド。
やることも無い。できることも無い。飯も無い。腹が減る。一日三食の生活をしてきたからな。この世界はどうだか知らんが。昔ならば二食だったかもしれないし。
晩飯が無いってことは、暗がりで飯を食わないってことだ。日が暮れると就寝。日が昇る頃に起床する生活なのかもしれない。
明日は少し稼いでみたいから、ギルドで何かしら依頼を受けてみよう。
腹が鳴るも食うものは無い。寝るしかない。
ぐうぐうとなる腹。なかなか寝付けなかったが、いつの間にか寝入ったようだ。
まだ仄暗い中、目が覚めた。
時間なんて分からんが、宿のカウンター奥の壁に時計らしきものがあった。
降りて確認するが、時計自体は重錘式の掛け時計だ。振り子ですらない。原始的過ぎて時を正確に刻むのは不可能だ。
それでも誤差は日に十五分程度だったか、目安程度にはなるな。
文字盤の針が示すのは五時半くらい。
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