Sid.1 まずは町を目指そう
モンスターとエンカウント。いや、英語ではエンカウンターだな。和製英語が広まって、なんて考えてる暇はなさそうだ。
どこから湧いてくるのか知らないが、ゲーム同様に異形の存在が現れてる。
ざっと見回すと五匹居るようだ。この体はこの世界を生き抜いてきたのだろう。ゆえに体が戦闘に慣れているであろうことを期待する。
腰にある剣を抜き構えると、敵も攻撃態勢に入ったようだ。
まあ、セオリーってのがあるのだろう。奇声を発し前方の奴らが向かってきて、同時に後方の奴らも襲い掛かる。前後から挟撃すれば制圧も容易い。
だが、この体の主は良く鍛えられているようで、即座に前に踏み出し前方の敵を薙ぐと、振り向きざま後方の敵を薙いだ。
斜め前方に居た奴は怯んだようだな。更に追撃の体勢を取り、力強く一歩を踏み出し接近、一閃ののちに異形の存在は事切れた。
僅かな間に戦闘は終了したようだ。
体が勝手に動いたに等しい。俺は何も考えなかったからな。
この体に感謝。もし俺がそのまま、この世界に転生していたら、ここで野垂れ死にしていただろう。
それにしても四十路の俺が、ここまで軽快な動きをするとは。
周囲を見回し残敵が居ないか確認して、剣を鞘に納めるのだが、これ、血糊が凄まじいな。このまま仕舞うと錆びるのではなかろうか。
今一度周囲を見回し、そう言えばと切り伏せた異形の存在を見る。
一応、ぼろ布とは言え身に纏っているようだ。薄汚いが血糊を拭うには問題無かろう。
異形の存在の布を剥ぎ剣に付いた血糊を拭っておく。それにしても気持ち悪い。なんなんだ、この生き物というか化け物は。肌の色は濁った緑色。耳は尖り牙が剥き出し。指先の爪は鋭く手足は体に対して細い。腹は出っ張り、ああ、あれか。ゴブリンとか言う奴かもしれない。
刃を見ると少々刃毀れがあるようだ。当然だろう、骨を断っているのだから。手入れなしには長くは使えないし、数を相手にできるはずも無い。
どこかで手入れをしないと、すぐに切れなくなるだろう。
確か、この体の主の記憶によれば、バッグの中に砥石が入っているはずだ。
背負っているバッグを下ろし、中身を漁ると砥石があり、取り出して状態を確認し、とりあえず刃を研いでおくことに。研いだら油を塗布するのも忘れない。メンテナンスを疎かにすれば、命を失うことになるからな。
それと装備している武器も確認しておくことに。
「なるほど」
スローイングナイフを八本。ダガーナイフが二本。サバイバルナイフ? が一本あるようだ。
道理で体が重さを感じるわけだ。メインの剣はブロードソードを腰に装備している。万が一、ブロードソードが破損した場合は、ダガーナイフで戦闘をするってことのようだ。両手持ちなんて器用なことができるようで、なかなかの戦闘能力を持った人物らしい。
スローイングナイフは牽制用だな。投擲したところで相手を倒すのは不可能だから。サバイバルナイフは戦闘以外で使うもののようだ。
少し休憩し町を目指して歩くことにした。
周囲に広がる平原。草が生い茂る部分があったり、地面がむき出しになっている部分もある。
時折草が揺れ動き、小動物らしき存在が、こちらを見ているような。警戒心は強そうで、視線を向けると即座に逃げる。
ウサギみたいな感じだが、日本の生物を思い描くと頭を抱えそうだ。
たぶん、街道であろう道を進む。
そう言えば、異世界ではお馴染みの魔法とか。あれば便利そうだがなあ。
記憶を辿ると映像として戦闘時に使用した形跡が見える。あるのか。
手から炎が噴き出したり、氷の礫だろうか、それほどの威力は無さそうな。それと雷光ってことは雷も発生させられるようだ。これが一番強力そうだな。
後方から何かが接近してくる気配がある。
振り向くと馬車のようだ。少々物騒な感じの場所だが、それなりに往来はあるのか。近付いて来ることから街道の端に避けておく。
それにしても馬もでかいな。ばんえい競馬の馬より更にでかい。足は太いし胴体も巨大な丸太の如しだ。あのくらい無いと化け物に抗えないのか。
馬車はガラガラと音を立て、ゆっくり近づき横を通り過ぎて行く。
御者と目が合うも特に何も無し。引いている荷台には物資でも積んでいるのか。この世界の配送業者かもしれん。
こちらを追い抜いて先へと進むが、荷台の後方に人が居た。男二人。
ああ、そう言うことか。護衛の冒険者って奴だな。
徐々に姿が小さくなり見えなくなる馬車だ。どうせだから、声を掛けて乗せてもらえば良かったかも。
町にどのくらいで着くのか皆目見当もつかん。
この男の記憶を辿っても初めて訪れる場所のようで、街道をひたすら進むと町に辿り着く、なんて程度の情報しか無いのだから。
凡そ一日掛かりの予定は組んでいたようだがな。どこかで野宿するつもりだったのか。
少し日が傾き始める頃、前方から叫ぶ声と音が聞こえる。目を凝らすと、どうやらさっきの馬車のようで、止まっていて周囲を複数の異形が取り囲んでいる。
男二人が応戦しているようだが、分が悪いのか押され気味だな。
近付くと暫定ゴブリンが十九匹、それと狼なのかゴブリンの飼い犬なのか、それらが五匹居るようだ。
地面にはゴブリンが六匹転がっていて、犬が一匹転がっている。冒険者が倒したようだな。
さて、ここで加勢して恩を売るか、それとも事が収まるまで身を潜めるか。
この体の主の戦闘力はゴブリン五匹を余裕で叩き伏せる。十九匹居ても冒険者が二人居るから、俺が七匹、いや十匹くらい受け持てば勝てそうだ。
犬の攻撃力は分からん。動きは速いが単調で脅威ではなさそうだな。
ならばこのあと、楽をさせてもらおう。
一気に駆け出し手前に居る犬をまず処分。駆け足で出る音から気付かれたからな。三匹向かって来たから、軽く剣で薙ぐとあっさり倒されてくれた。
ギャン、なんて断末魔の悲鳴を上げたことで、暫定ゴブリンと冒険者も気付いたようだ。
「あ、あんたは」
「助太刀するが」
「た、頼む。数が多過ぎる」
「分かった」
アイコンタクトと指先で指示を出す。
馬車の正面に陣取る五匹のゴブリンと、右側に四匹待機しているゴブリンを任せ、左側に集中する集団に突っ込む。
まず少し離れた相手は牽制でスローイングナイフを投擲。怯んでいる隙に手前に居る奴らを剣で薙いでいく。
犬が二匹居るが巻き添えを食らい、あっさり倒されてくれた。
やはり、この体は恐ろしく戦闘慣れしている。面白いようにゴブリンを倒し、あっという間にケリが付いたようだ。
事が済むと冒険者と御者の男から礼を言われる。
「助かった」
「あんた、やたら強いな」
「ありがとう」
礼は金か、それとも町まで乗って行くか問われ、町まで乗せて行ってもらうことに。
いつ到着するか分からんからな。
俺が同行することを御者は歓迎してくれているようだ。強い冒険者であれば、この先で遭遇するかもしれない、異形を排除してくれると踏んだのだろう。
荷台に乗ることを許可されたが、その前に二人の冒険者が何かしている。
ああ、そうか。剥ぎ取りって奴か。金になる。
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