冒険者ギルドの受付嬢と女性冒険者を愉しむ異世界奇行
鎔ゆう
Sid.0 序
人生に於ける不遇には様々あろう。
金銭的なものや生い立ちなどが代表的なものか。また学生時代の虐めや社会人でのパワハラなどもそうだろう。
努力をすればどうにかなる、などと言ったものを除き、抗い難きものもある。
俺の場合はどうかは知らない。努力の方向性を誤っていた可能性もある、と今ならば思うこともあるが。
正直、腐っていたのだろう。
四十年も生きてきて女性と付き合ったことがない。指先すら触れることもない。会話をしても引かれ気味で目を見て話す機会すらないのだ。
逸らされるからな。人として見ていなかったのでは、と思うほどだ。
鏡を見てため息を吐く日々。所詮は見た目か。
生涯女性とは縁無き者として、残り四十年以上の人生を過ごすかと思うと、憂鬱でしかなかった。今の若い子はおひとり様を謳歌できるようだが、生憎、俺としてはやはりパートナーを得たいと思うのだ。既に希望は無いのだが、それでもと思うこともある。
性欲の発散手段はと言えば、ネットで漁るエロ動画に頼ることに。
まあ、数は膨大だ。日々新たな動画も投稿されるし、ネタに困ることは無いのだが。
社会人となり十八年。係長程度にはなれたが、相も変わらず女性とは縁のない生活。
いつも通り営業所へ向かい当日の行動予定を確認。営業車のスマートキーを手に駐車場へ向かう。運転席に腰を下ろしドライビングポジションを調整。シートベルトを締めて、ブレーキを踏み込みスタートボタンを押す。エンジンが始動しギアをドライブレンジへ。アクセルを踏み込み徐行しつつ駐車場の出口へと動かし、左右を確認し歩行者や他の車が来ないことを確認。
路上に出ると目的地へと移動を開始する。
目的地へは凡そ一時間半程度。地方の得意先へ出向くのだが、月に数回は出向くこともあり慣れたものだ。
ラジオを聴きながら鼻歌を歌いつつ、大きく曲がるカーブに差し掛かる。
対向車が急に視界に入って来た。
一瞬の出来事だったような。センターラインをオーバーした対向車。
ブレーキを踏み込みハンドルを操作したと思うが、避け切れなかったのだろう、凄まじい衝撃が全身を襲い、エアバッグが作動したようだが意識は途絶えた。
何も聞こえない。何も見えない。体も動かない。
ああ、死んだな、と思える程度に何かを感じ取っているのか。
意識があると認識できたが、闇の中で宙に浮く感覚がある。
浮いているのか。もしかして浮遊霊にでもなったのか、それとも天に召される寸前なのか地獄に落ちる直前か。地獄は勘弁して欲しい。善行を積み重ねた、とは言えないながらも悪行三昧では無かったと思う。普通に生きてきたのだから。ああ、普通とは言っても女性とは縁が無かったな。
そうか。童貞のまま死んだのか。
知りたかった。女性の肌の温もりくらいは。
などと思っていたら急に眩しさを感じる。瞼は閉じていると思われるが、激しい光を浴びている感覚がある。
闇から光では眩しさの感じ方も半端無いわけで。
「まぶしっ!」
あれ?
声、出た。
眩しさに耐えつつ重い瞼を開けると、視界に入ったのはどこまでも突き抜ける青天。
車の中に居たはずだが車外に放り出されたのか。それとも俗に言う天国なのか。
地獄では無いな、と安堵するも視界には青天しか入ってこない、と思ったら。
「おい、大丈夫か?」
はい?
急に男の顔が視界を覆った。
濃い顔をしたおっさんと認識したが「こんな所で倒れていたが、何かあったのか?」と問い掛けられている。
倒れていたと言われてもな。事故に遭って死んだと思ったが、どうやら一命は取り留めたのか。
いや、おかしい。
周囲の状況を探るべく視線を動かすと、どうにも俺の認識の埒外だ。
どこだ、ここは。
体は動くようで事故に遭ったとは思えない。痛みは無く怪我も無いようだ。
体を起こすと「この辺もまだ物騒だからな、気を付けた方がいいぞ」と言う、おっさんが居る。
いや、なんだこれ。
思考が纏まらず混乱する。車はどこに行った? このおっさんの格好は? この場所は? 何より視界に入ったものが馬車だ。どこのテーマパークなのかと思ってしまう。
「怪我はしてないようだな。歩けるか? 無理なら町まで運んでやるが」
親切なおっさんだな。ああ、俺もおっさんだった。人には親切にしておけ、なんて母さんにも言われていたっけか。
とりあえず体に異常は無いようだ。分からない。死んだはずと思ったら、どこか分からない平原に居る。未舗装の道らしきものの周囲は、草原と木々が生い茂る森が見える。
自分の身形に気付いたのは立ち上がろうとした時だ。
「な、なんだこれ?」
「どうした?」
「あ、え?」
「自力で町へ向かえるなら置いて行くがどうする?」
片膝ついた状態になった瞬間、頭が割れるように痛くなり、脳裏に様々な映像が流れだす。
見たことのない何か。目まぐるしく映し出される映像。
やたらと女性の姿が多く、喘ぐ表情や媚びる表情、笑顔に泣き顔に不貞腐れた表情までも。
更には何かと戦っている場面など、まるでゲームのような。
「おい! 大丈夫か? どうした」
暫し頭を抱え蹲っていたが、一気に何かが蘇ったのか、まだ把握はできないものの、この世界を理解した気がした。
心配するおっさんに視線を向ける。
「ああ、すまない。もう心配ない」
「そうか。歩けるか?」
「大丈夫だ」
「馬車で送るか?」
この世界では
脳内がクリアになった感じがして理解できた。
異世界だ。しかも、この体の持ち主は俺じゃない。
他人の体に転生したようで、この男が倒れる直前までの行動も分かった。
腰には剣を携え背中にはバッグを背負い、皮鎧を纏い籠手も装備されている。靴は革製のブーツで柔らかい。履き心地は悪く無いようだ。
今はやらなくなったが、若い頃にやったファンタジーゲームの世界そのもの。
「いや、歩ける」
「そうか」
「ありがとう」
気遣いをされたらチップ程度でも渡す必要がある。
腰にウエストポーチがあり、中に金が入っているからな。硬貨数枚を取り出し手渡すと「悪いな。町は近いが気を付けろよ」と言って、馬車に乗り込み去って行った。
この世界にも盗賊は居るようだが、親切にすることで対価が発生する。結果、盗賊稼業をせずとも幾許かの金を手にすることは可能だ。
治安を維持する方法として広まったようだな。
単純に言えば地獄の沙汰も金次第だ。
とは言え、余計なお世話の横行にも繋がるし、盗賊は盗賊でやはり存在し、被害者も居るようだな。
さて、こんな平原に居ても仕方ない。
馬車が向かった先の町を目指すことにした。
それとだ。
歩き始めて少し経過した頃だろう。
「この体の主は慣れていたのだろうが」
俺には初めての経験だ。初体験は、これじゃない方が良かった。
周囲を取り囲む妙な獣。いや、人型をしているが異形。
やれやれだ。
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