第5話 二か月後 成長と相棒

『――だから私はここに記した。この絶望だけが闊歩する大断崖を知ることが過去の大戦を知る上で重要だと確信している。この手記を手に取った者に、願わくば眩いとは言わないまでも、ほんの僅かでも過去を知るきっかけ……一筋の光明となることを祈っている』


 すごかった……ちがうちがう。感銘かんめーを受けた……だ。

 ぼくはボロボロの樹皮紙じゅひしの束を脇に置いた。


「『ヒノ』。お前もちょっとは読めるようになったほうがいいぞ」


『……』


 火の精霊せーれー『サラマンダー』と契約して、もう二か月が経とうとしている。

 共に生き抜く仲間となった以上、種族名で呼ぶのも寂しいので、名前も付けた。

 それが『ヒノ』だ。


 『ひの』精霊せーれーだからという素直な名前だけど、気に入っているのか、そうでないのか分からない以上、これで決定だ。


 契約したからと言って自我がにょきにょきと芽生えてくることもなかったので、相変わらずぼくの肩で間抜けな顔のまま鎮座してるだけ。

 首を振る。頷く。とかもしてくれない。

 でも、ぼくが一方的に話しかけるだけでもかなり気分転換になる。


「でも……今の文字は読めなくても精霊せーれーだから古代の言葉とかわかったりする……?」


『……』


 この二カ月。契約してから変わったことがある。

 結局、ぼくは魔法まほー……じゃない。魔術を使うことはできなかった。

 手の平からちょろっと火を出せる程度でとても魔術とは言えない。

 でも、おかげで焚き火ができるようになったことは、生き抜く上でとても大きいと思う。


「古代の誰でも使える強力な魔術を実は知ってたりとかは……?」


『……』


 そして、契約したことで力――腕力が上がったのが一番大きいかもしれない。

 ぼくくらいの大きさの岩なら、素手ではまだ無理だけど、拾ってきた武器でなんとか砕くことができるようになったし、跳躍力ちょーやくりょくもあがったので木の実を採ることもできるようになった。

 魚は十回木の枝を投げて……一回取れればいいほうだ。

 正直なところ……かなり生きる力が向上こーじょーしたんじゃないだろうか……


「力とか素早さが上がったのは助かるんだけどさ~……」


『……』


 そして、ひとまずの食糧難を切り抜けたぼくは、三本角さんぼんづのが開けてくれた穴を拠点にして、周辺の探索を続けていた。

 ボロボロで折れたりしている武器。持ち主不明の荷物の中に紛れている記録や手記を中心に集めることが目的だった。

 

 特に『手記』と『魔術を使える道具』は貴重だ。

 いくつかぼくが読めない文字。『共通語ぺらん』で書かれたりしているものは無理だったけど、ぼくの村で使う文字で書かれた手記ものもあったのが救いだった。

 魔術を使える道具は使い方が分からない以前に、壊れているものばかりで手に取るとボロッと崩れる風化ふーか? してしまったものばかりだった。


 そして、共通語ぺらんも勉強しておけばよかった……

 とは思ったけど、今できないことを悔やんでもしょうがない。

 もともと村で暮らしていた時は、文字を読むことよりとーちゃんの仕事を手伝ったりと、体を動かすほうが好きだったこともある。


「分かった。古代の英知えっちをぼくに授けたりとかは……? 共通語ぺらんでもすらすら読めるようになっちゃうとか」


『……』


 でも。

 僅かな手がかりでも欲しい――という『今』は、ぼくに文字を読ませるには十分な状況だった。

 この崖下の調査ちょーさを目的としたひとが書いているので、ぼくと同じような悩み。それに対する解決策を知ることができる。

 大爪おおづめ三本角さんぼんづの魔獣まじゅーのことは書かれてなかったので、その頃にはまだこの周辺に生息していなかったのかもしれない。


 何よりも、丁寧にまとめられていたので、難しい言葉や言い回しも前後の文章からなんとなく判別しながら読み進めることができたことは、いくら感謝してもしきれない。


「分かったよ……ここらへんの魔獣まじゅーの情報を教えてくれるだけでもいいよ……」


『……』


 そしてぼくの勘違いも正すことができた。

 魔法まほー魔術まじゅつは別物らしい。

 難しい言葉が並んでて理解しきれなかったけど、魔法まほー魔獣まじゅーが扱うものであり、魔術はひとが扱うもの。という括りになっているらしい。

 極々一部ではひとでも使えるみたいだけど、そんな例外に気を取られていてもしょうがない。


 少しは言葉もまともに使えるようになった……はず。

 『極々一部』なんて言葉は書いてあったことそのままだけど……

 そして……指摘してくれる相手なんていないから分からないけど……


 読めるものは全部読んだ。でもやっぱりこの崖を上る方法はなかった


「お前精霊せーれーなんだから、上に繋がる道のりとか探してこれないの……?」


 ぼくは肩にとまるヒノに呟き続けていた。


『……』


 知ってます。

 でも、独り言でも言わないと寂しいんです。

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