知らない知り合い
「そのバック、もしかして貴方が思い出屋さん?」
都会だったら、はたまたこのバックの持ち主を呼ばれなかったのならば、スルーできたかもしれないが、バッグと持ち主として呼ばれたのでは、気軽に無視もできない。
「そうだけど、どうして?」
無愛想だったろうか?なぜバッグを知ってるのか、なぜ持ち主としての名を知っているのか。そして、なぜ、待っていたと言わんばかりの声音なのか。そんな疑問を含めて、問い返してみた。
「あ、本当にそうなんだ。おばあちゃんが言ってたよりすごい若いって言うか私と同じくらい?妖怪の類だったりする?」
失礼な、代替わりしただけだ。
特にこちらから言うことも無いから、何も喋らない。
「あなた喋れるよね?妖怪なの?」
失礼、思ってたより年下かもしれない。
「妖怪じゃないよ。それより何か用事?」
黄金に実った大地を、風に吹かれながら歩いて気持ちよくなっているのだ、あまり邪魔されたくない。なんて言うのは失礼だろうか。
「あー、えっと、用事は〜、無いかな?」
無いなら、この道を真っ直ぐに進んでみたい。
踵を返そうとすると、バックに括り付けた上着を引かれた。
「ま、まって!よ、用事あったかも!おばあちゃんが会いたがってたの!会ってあげて!」
やっぱり、思ったよりも年下なのだろう。
「わかった。案内してもらえる?」
あまりにも物分りがいい。いや、虫のいい私に驚いたのか、
「ほ、ほんと?ほんとに来てくれる?嘘でも許してくれる?」
え、嘘なの?
「いや、嘘なら行かないけど...」
「嘘じゃない!ちょっと違うかもだけどきっと嘘じゃないから!!」
亡くなった人とは何人も会ってきたから。
...まぁ、居ないんだろうな。
少女に案内してもらいながら、自分なりに考えてみる。
私の叔父さんに会いたがってて、叔父さんが同じくらい若い時に出会った人間なら、その半分以上は思い出の中だろう。
仮に、生前の少女の先祖が「もう一度会いたい」といった可能性もあるし、「なにかの思い出話で話しただけかもしれない。」
...なんにせよ、雨風を凌げる休憩場所を貰えるならついて行く価値があるか。
「おまたせ!ここが私の...おばあちゃんの家!」
木造の、なんてことない古民家は自慢なのだろう。自信満々具合は声に出ていて、お祖母様との仲の良さと尊敬を感じる。
「素敵な家だね。落ち着くような家だ。」
感じたことを、少しだけ大きめに、少しだけ客観的に褒める。
「でしょでしょ!私の大好きな家だもの!」
そのまま玄関の戸をガラガラと滑らせ、中に招かれた。
入ってすぐは土手で、水周りも随分と古めかしいと思ったのだが、奥に案内されるにつれて現代的になっていた。親族か知り合いに建築に精通した人でもいたのだろう。
「今はこっちばかり使ってるんだよね〜」
少し不満気なのは、部屋が現代的だから。というものだろう。きっと古風なのが好きだけど、風情だけではしのげない事もあるのだ。
「寒いから仕方ないね。現代の冬は尻を炙っても耐えられそうにないし。」
竹取物語の帝が蛇を狩る時の猛吹雪に耐えた逸話だ。きっと通じないだろう。
「よく知ってるね、そんな逸話。通じる人少ないんじゃない?」
相手は、こちらが知っていたことに驚いたけれど、自分は通じたことに驚いた。
「そうなんだよ。現代人は読書量が足りないと思うんだよ。」
実際、古くてちょっとマイナーになるだけで、どこから引用してきたか理解出来る人は少ないし、「え?」って顔をされる。
「私はおばあちゃんに聞かされただけなんだけどね。あとはほら、囲炉裏で手を焼いた野口英世の話とか?」
囲炉裏関連の逸話が好きなお祖母様だったのかな?
「そういうのもあるね、囲炉裏は。」
風情というのは、人の思い出の塊だとも思う。
「それでね、ちょっと寒いけど、こっち。」
そう案内されたのはエアコンも囲炉裏も無い和室。あるのはひとつの仏壇。普段は閉めているのか、今も扉は開いていない。
少女が小さな声で一言
「おばあちゃん、開けるね。」
開けられた扉の内側に変わった様子は無く、亡くなったであろうお祖母様の遺影が1枚と6割ほど灰の積もった香炉。
「まだ替えられないなぁ」
少女が呟いた言葉とこの家から、お祖母様の性格が伺える。
きっと節約家だったのだろう。
少女が慣れた手付きでロウを刺し、火を付けて、線香を2本用意した。
知らなくても見てわかるようにか、少女が先んじて線香に火を移し、消して、立てる。鐘はないけれど手を合わせる。
終わったら横にずれて、こちらに手のひらを向けて仏壇の前に促す。
気の利いた素敵な人だ。
彼女に習って同じ動作をする。手を合わせている間に、少しでもお祖母様の考えが伝わって来ればいいな。なんて思ったけれどそんなことは出来るはずもなくて。(出来ればあなたの望みが叶えられますように)と願う他なかった。
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