第16話 レオンハルトの認識は変わる
希やレオンハルト、ギュンダーの視線が集まる中、セバスチャンは落ち着いた仕草で紅茶を淹れている。初めて希に紅茶を淹れて以降、しばらくはミスが続いていたが、最近は教育係の料理長から褒められることが多い。
また、紅茶を淹れる相手の希に手放しで毎回褒められ、頭を撫でてもらえるので、セバスチャンの自信とやる気に繋がり急速に成長をしていた。
「うん。綺麗な
「殿下にそのように言っていただき光栄でございます」
レオンハルトの言葉にセバスチャンが優雅に礼をする。それを見て希が嬉しそうな顔になった。何せ最推しレオンハルトが愛する推しセバスチャンを褒めているのである。それは満面の笑みにもなるだろう。
我が子が褒められたような笑顔を見せる希に、レオンハルトは少し複雑な表情を浮かべた。小さく「本当に変わった?」と呟きつつ、レオンハルトは目の前に置かれた紅茶を手に取ると一口含む。
「味はもう少し練習がいるね」
思わず本音で呟くレオンハルト。流石にしまったとの表情を浮かべる。王宮で一級品の紅茶を飲み慣れるレオンハルトならではであった。セバスチャンの所作が良かったために、期待値が上がったようである。
目に見えて落ち込むセバスチャン。慌てて希が駆け寄るとセバスチャンを抱きしめレオンハルトに謝罪する。
「申し訳ございません殿下。セバスチャンは紅茶を淹れ始めて半年も経っておりません。次回は気に入って頂けるよう練習させます。セバスチャンそうよね?」
侯爵令嬢が一執事を庇いながら謝罪する様子にレオンハルトが驚いた表情を浮かべる。そんなレオンハルトの驚き顔を不思議そうに眺めつつ、希はセバスチャンへと視線を向ける。腕の中ではやる気に満ちた表情があった。
「もちろんでございます。ユーファネート様に謝罪をさせてしまった自分の不甲斐なさを悔いております。次回は殿下に気に入って頂けるよう精進します!」
「あ、ああ。期待している」
この執事は主人に抱きしめられているのは気にならないのか? そう思っていると、希が離れたのをセバスチャンが寂しそうに見ており、小さな呟きが聞こえた。
「ユーファネート様に恥をかかすなんて俺は最低だ。殿下なんぞどうでもいいがユーファネート様の評価が下がるのは絶対にダメだ」
おい。思わず心でツッコミむレオンハルトに当然気づく事なく、ユーファネートとギュンターへ紅茶を淹れるセバスチャン。そんな彼を優しい眼差しで見守る希にレオンハルトは釘付けになる。
まさに理想的どころかそれ以上の主従関係である。やはりギュンダーが手紙で伝えてきた内容は正しく、ユーファネートは改心したと思えてきた。これほど慕われる主人はそういない。自分の時は信頼を寄せていたメイドに裏切られた。
「殿下。このお菓子はユーファネートが作ったのですよ」
「ユーファネート嬢が?」
そこには落花生を主軸としたお菓子が所狭しと並んでおり、バターや砂糖でコーティングされた落花生にピーナッツチョコ、ピーナッツが練り込まれたスコーン。単に茹でただけの落花生も置かれている。
「最近、力を入れてる落花生を使ったお菓子なんだよ。将来的に落花生を特産品にしようと頑張っててさ。殿下には是非とも味見をして欲しいんだよ。その他にも薔薇を使ったお菓子もあってさ」
興奮しており対外的な話し方でなく、友人としてのフランクな喋り方になっている事にギュンダーは気付いていないようだ。
「それにしても」
楽しそうにするギュンダーにレオンハルトは苦笑する。あれほど毛嫌いをしていた薔薇。それを使ったジュレやムースだと? ギュンダーは多種多様なお菓子を自ら作ったかのように説明している。
「薔薇だけどいいのかい?」
「ん? ああ、最近は好きになったんだよ」
軽く皮肉を混ぜて確認したが、あっさりとした返事がくる。よく見れば薔薇がさり気なく各所に飾られ、柔らかな匂いが部屋を包み込んでいた。その後もギュンダーは自分で分からないところは
「それにしても薔薇をお菓子にするなんて初めてだよ。ユーファネート嬢はどこでこのような技法を学ばれたので?」
「殿下に我が領の事を知ってもらいたく、料理長と一緒に考えましたの。お兄様には味見で頑張って貰いましたわ。ねえお兄様」
「ああ。お陰で今は身体中が落花生と薔薇で出来ている」
「まあ、お兄様ったら」
クスクスと笑い合う2人に、レオンハルトが羨ましそうな顔になる。勧められるままま落花生クッキー一口
「本当に美味い」
「レオン様――レオンハルト殿下に気に入って頂けたのなら、自信を持って領内で商売が出来ますわ」
「そうだなユーファ。これから忙しくなるぞ!」
甘い物が好きでないレオンハルトでさえも、ピーナッツが入ったクッキーや薔薇の香りがかすかに漂うお菓子は絶品であった。希から作り方や今後の販売計画聞きながらレオンハルトはユーファネート《希》に対する嫌悪感が無くなっているのを感じていた。
◇□◇□◇□
「あいつは脳内がわがままと無知で出来ているんだ。聞いているかレオン?」
たまに会う友人ギュンターの口癖であった。吐き捨てるように妹を責めており、手紙のやり取りも半分以上はユーファネートの悪評が書かれていた。
そんなある日、高熱を発したユーファネートの体調が戻らず、ライネワルト領訪問を延長して欲しいとの連絡がレオンハルトの元に届く。悪評を聞いていた女性と会わなくて済むと、当面は中止にしてもいいと返事したほどである。
「何があった?」
延期が決まってからギュンターからの手紙が届かなくなったが、久しぶりに手紙が届いたかと思えば、今までの内容とは真反対で書かれていた。やれユーファネートが習い事を頑張っている。やれお菓子作りに精を出している。さらには笑顔が可愛い。など。
「どこのバカップルだよ。あいつ大丈夫か?」
心配になったレオンハルトはライネワルト領への訪問を決意する。彼女に脅されているのか? それとも洗脳された? レオンハルトは友人の身を案じ、ライネワルト領に向かう事を決めたのである。
それなりの覚悟を持って訪れた。ライネワルト侯爵夫妻に出迎えられ、客室に案内される際に見たのは驚愕の光景であった。畑仕事をするギュンター。まだそれはいい。手紙にも書かれていた。
「ユーファネートも早く――え゛?」
「お兄様? 随分と面白い面構えになっておりますわよ? なぜそんなに震えて? 後ろを見ろ? 背後になにがありま――」
固まるギュンダーを不思議そうに見ていた少女が驚いた顔のまま真っ青になっていた。隣にいる侯爵夫人の怒りを感じたのだろう。実際に自分も怖い。
そんな事を思いつつ、レオンハルトは爽やか笑みを浮かべる表の顔を見せる。目の前の少女、姿絵通りに整った顔をしている。彼女がユーファネートなのだろう。その彼女は呆然としながら口をもごもごとしている。
そして慌てたように作業着姿でカーテシーをする姿がツボに入り、笑いを必死に堪え作り笑いの笑顔を張り付かせた。そして彼女の化けの皮を
だが、どれだけ剥がそうとしても彼女は変わらなかった。仲睦まじい姿を見せるギュンターとユーファネート兄妹。さらには王子である自分よりも、主であるユーファネートを敬愛する執事。
「高熱が起点になって本当に変わったのだろうな」
レオンハルトは子供達だけでのお茶会で、ユーファネートへの認識を改め、興味を持ち始めていた。
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