第15話 希は度々思考が停止する

 コッテリと絞られた希とギュンダーがげっそりとした表情で応接間へやってくる。改めて謝罪をし、レオンハルトに許された2人は着席するが、アルベリヒがひたすら話す独演会のような状況が続いており、レオンハルトが少し苦笑を浮かべると退席を促した。


「ライネワルト侯爵夫妻。子供同士で語り合いたいのですが」


「それは失礼しました。殿下にご迷惑を掛けないように子供達には強く、強く言い聞かせておりますが、なにかあれば執事のセバスチャンにお声かけください。すぐに我らがやって来ますので」


 ユーファネートと殿下を親が居ない状態で残して大丈夫なのか? 高熱が出た直後は改心したと喜んだが、別の方向でこの子やばくなったのではないだろうか。なぜかギュンダーもユーファネートの影響受けている。


「ユーファネート分かってますよね? セバスチャン。頼みましたよ」


 これ以上の恥は晒さないように小さくため息を吐くとユーファネートとギュンターにマルグレートが圧力を視線でかける。


「も、もちろん分かっておりますわ」


「はい。しっかりとユーファネートを見ておきます」


「お任せ下さい奥様」


 母親の威圧に、2人は青い顔で何度も頷き、セバスチャンが静かに礼をするのを見て、一抹の不安を残しながらもマルグレートはアルベリヒへ目線を向ける。アルベリヒはユーファネートを信じているのか、笑みを浮かべるとレオンハルトに挨拶し、マルグレートと共に退室した。


 部屋には希とギュンター、レオンハルトにセバスチャンの4人のみが残った。


「あれ? マリーナや他のメイドは? 殿下のお付きの方も居ない?」


 周囲を見ながら希が小さく呟いていると、レオンハルトが微笑み近付いて来た。それで希の心拍数は上がっていく。


 彼のために存在するかのような服を完璧に着こなし、太陽に照らされたかのように光る金髪。そして目を引く一房の王族である事を証明する赤髪。


「なんて素晴らしい完璧さ。ご飯を3杯は食べれるわ」


 うっとりレオンハルトを眺める希に、レオンハルトは爽やかな笑みのまま、爆弾発言を落とした。


「子供だけにして欲しいと侯爵にお願いたのは、自分で確認したい事があってね。ギュンターの手紙だけでは信じられなかったからさ。君は何を企てている?」


「お兄様の手紙?」


「お、おい」


 それまでの爽やかな笑みは消え去っており、王族らしく威厳のある表情を浮かべている。希はその表情に覚えがある。君☆の断罪イベントでの主人公ヒロインと共にユーファネートを弾劾するレオンハルトの表情であった。


「自分の目で確認したかったのさ。さあ、どうなんだい。ユーファネート嬢」


「お、おい! レオン! それは俺の勘違いだと言っただろう」


 ギュンターが慌てる。公爵家の子息としてレオンハルトとの友誼があり、1年ほど前にユーファネートのわがままが強いと手紙で嘆いており、このままではライネワルト領の先行きが恐ろしいと書いていた。


 だが、ユーファネートが高熱を発した辺りから手紙の内容が変わりだす。性格が変わり、習い事を進んでやるようになった。また領地の事を真剣に考え、わがままも贅沢もしなくなって安心した。と伝えていた。


 なのにレオンハルトは、罪人を見るような視線を妹に向けており、ユーファネートは驚きのあまり硬直をしているように見える。


「ちょっと待ってくれ」


「黙っててくれギュンター。人はそんな簡単には変わらない。例え死に際であってもね。俺はそんな人達をたくさん見てきた」


 レオンハルトの目には悲しみが浮かんでおり、過去に何かあったように見える。その姿にギュンターは何も言えなくなり、心配そうな視線をユーファネートへと向けていたが、脳内で大いに盛り上がっている希には2人のやりとりは耳に入っていなかった。


(きゃー! レオン様の真剣な眼差し素敵すぎるー。どこに課金すればお礼になるのかな? 推し活のためならボーナス全振りするわよ。確かレオン様が浮かべているこの表情は断罪イベントね。レオン様は主人公ヒロインを抱き寄せ、ユーファネートにこう言うの。『君の悪辣あくらつな仕打ちは全て知っている。俺はここに君を断罪し、婚約破棄を宣言する』。あのシーンには痺れたわねー。怒濤の追撃がユーファネートを追い詰める。そして崩れ落ちるユーファネートの姿をプレイヤーは喝采を送っていたわ。あのシーンをもう一回見れないかな。課金が必要なのかし――あれ?)


 でも課金ってどこにすればいいのだろうか? そんな事を考えつつ希はレオンハルトとギュンダーを見ていたが、沈黙が部屋を支配していることに気づく。


 あれ? 何か喋った方がいいのかな。それにしてもレオンハルト様のご尊顔は最高。脳内で絶賛もだえ中の希だが、2人が自分を見ている事で、自分がなにか答えないといけないと知る。


 首を傾げ2人の様子を伺うが、レオンハルトを眺め会話を聞いていなかった希はなにを答えればいいのか分からず沈黙するしかなかった。レオンハルトから問い詰められている状態だと理解しておらず困惑した表情を浮かべる。


 そんな希の姿はレオンハルトとギュンダーには、真剣に考えている姿として映っており、希の発言を待つ状態になっていた。


(やばい。これ私が喋らないと話が続かないやつだ。でもどうしよう。何も聞いてなかったからもう一度言って欲しいなんて言えないわ)


 冷や汗を流し必死に考える希の姿にセバスチャンは、主人のために時間を稼ぐ必要があると判断し助け舟を出す。


「ユーファネート様。皆様お疲れのようです。お茶のご用意をいたしましょうか?」


「え、ええ。そうね。お願い出来るかしら? 殿下、お兄様。まずは一旦休憩しませんか? あちらのお席でお菓子も食べたいですわ」


 そんな希の提案にレオンハルト様は小さく笑うと頷く。


「ユーファネート嬢が話しやすいならそうしよう。ギュンターもいいかな?」


「俺もその方がいい。出来ればレオンの考えをもう一度聞かせて欲しい」


 レオンハルトの言葉にギュンターが頷き、一旦休憩することになった。レオンハルトが着席し、正面には希が、隣にギュンダーが座る。


 目の前にレオンハルトが座り、本来ならたっぷりと最推しの顔を眺める特等席だが、質問内容を確認したい希はそれどころでなく、セバスチャンが用意する紅茶の仕草を眺め、なにを聞かれても答えられるようにしようと誓っていた。

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