第14話 希は母の恐ろしさを知る。
「初めましてレオンハルト殿下。ライネワルト侯爵家が長女ユーファネート=ライネワルトでございます。殿下をお迎えする事が出来た本日は、ライネワルト侯爵家にとって最良の日になると確信しており――どうかされましたか?」
片足を内側斜め後ろに引き、もう片方の足の膝を曲げたユーファネートは、背筋は伸ばした状態で挨拶する。最推しに会った際にと練習していた100点満点のカーテシーであった。
「礼節担当の先生にも褒めてもらったら完璧!」
そう呟きながら、目線を落としていたユーファネートだったが、沈黙が続いている事を不思議に思っていた。しばらく静かな時が流れ、カーテシーの維持がそろそろツラくなってくる。
(なんで声をかけてくれないんだろう?)
足が痙攣しないように腹に力を入れて踏ん張る希が、無礼にならないようにしつつ、そっとレオンハルトをのぞき見したが驚きで見開く。
「レオン様が手を口に当てて震えるレア映像! 心のフォルダに保存しなくては!」
足が
「ユーファネートはその格好をなんとかしなさい。それと着替えながらで構いません。母からユックリと話があります」
「お、お母さま?」
カーテシーを止め母親に目線を向けた希が絶望の表情を浮かべる。絶対に怒らせてはいけない人を怒らせたようだ。すがるように兄と父親に救いを目で求めたが、2人ともにサッとそらされた。
「失礼いたしました殿下。ユーファネートは殿下をお出迎えする準備が出来ていないようです。すぐに着替えさせますので申し訳ありませんが別室にてお待ちください。あなたは殿下を別室へ案内してちょうだい。ユーファネートとギュンター。特にユーファネートには話があります」
「ひっ! あ、あのお母さま。「へんしんすーる」で着替えはすぐに終わりますので――ひっ!」
レオンハルトには笑みを浮かべ謝罪するマルグレートだが、娘を見る瞳はハイライトが消えており、希は真っ蒼になりながら何度も頷く。
「俺はそろそろ領地視察に出かけな――い、いえ。なんでもありません」
ギュンターも逃げとしたが、マルグレートの無言の視線で沈黙する。
「どこに行こうと言うのですか? あなたはユーファネートの着替えが終わるまで母と待つのですよ」
「殿下、申し訳ございません。挨拶はまた後ほど」
「ぷっ。ふふふ。気にしなくて良いよギュンター。僕と君の仲じゃないか。後でゆっくり話をしよう。色々と楽しみにしているよ。ではアルベリヒ殿、行きましょうか。ユーファネート嬢も後ほど」
必至で笑うのを堪えながら、レオンハルトは顔面蒼白の希とギュンダーに頑張ってねと視線で伝えると、爽やかな笑みを浮かべてアルベリヒと別室に向かった。
後ろ姿も格好良いわね。現実逃避をしながら見送っていたユーファネートだが、一瞬で現実に引き戻される。
「ユーファネート。作業着で殿下を出迎えた理由を聞きましょうか。それとギュンター。畑は通路側に作らないようにと言いましよね。目立たない場所にして欲しいと。なぜここに作ったかを教えてくれるわよね?」
笑顔で青筋を立てている笑顔のマルグレートに、ユーファネートとギュンターは身を寄せ合って震えていた。
そして説教を受けた2人は二度と母親には刃向かわない。言われたことは守る。用事がある時は畑仕事はしないと誓うのだった。
◇□◇□◇□
「大変お待たせした殿下。また、殿下をお迎えするに当たり、大変室れな格好となったことを深く謝罪します。本当に申し訳ございませんでした」
「私も謝罪いたします。殿下が通られる道に畑を作り申し訳ありませんでした。今の収穫が終われば専用の研究所とします」
ユーファネートとギュンターに謝罪を受けたレオンハルトは鷹揚に頷きつつも含み笑いをしていた。よほど先ほどの出来事が楽しかったようである。
なにか言いたげなギュンターだが、マルグレートの視線があるためなみ言えずにいた。そんなギュンダーの隣で希はレオンハルトを食い入るように見ている。
幼いレオンハルト。どのシリーズにも登場しない、また公式発表もない姿。2次作品としてショタなレオンハルトが描かれる事はあるが、実物を見るとイラストはかすんでいた。
それほど希の好みを直撃しており、ゲーム内に登場していれば「むはー! コレ来たー!」と叫んでいたであろう。
「改めて挨拶を。ユーファネート」
馬鹿な事を考えている希を反省していると思ったアルベリヒが挨拶を促す。我に返った希は改めてカーテシーをする。
「はいお父様。改めましてレオンハルト殿下。ライネワルト侯爵家の長女ユーファネート=ライネワルトでございます。本日のお会いできるのを楽しみにしておりました」
「こちらこそ初めましてユーファネート嬢。レオンハルト=ライネルトだ。今日は貴方にギュンダーに会えるのを楽しみにしていた。短い時間になると思うがよろしく頼む」
ユーファネートの挨拶にレオンハルトが爽やかな笑顔で答える。
もうそれだけで希は昇天しそうである。透き通るような白い肌に、強い光を放つ瞳。少しくせ毛な金髪に混じる王族である証の一房の赤い髪。そしてゲームで聞いていた声よりも若い声。
そして何よりも立体だ。
希は動くレオンハルトの姿に釘付けである。ゲームに転生した事など吹っ飛ぶほどの破壊力が目の前にいるレオンハルトにはあった。どうしてこの世界には写真やビデオがないの! と、鼻息を押さえながら希はレオンハルトを凝視する。
「それほど見つめられてしまうと少し照れてしまうね」
「ユーファネート! 申し訳ございません。殿下にお目にかかるのを楽しみにしておりましたもので」
マルグレートが失礼だと叱責する。レオンハルトは気にしていないと答えると、少し心配そうに希に話しかけた。
「ひと月前に高熱を出されたのは大丈夫なのかい?」
「はい。ご心配をおかけしました。もう、大丈夫ですわ」
私を心配するレオンハルト様って素敵。いくらでも貢げちゃうわ。そんなことを思いながら、ユーファネートはレオンハルトと会話を続けるのであった。
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