第8話 朝食で家族が勢ぞろいする
着替えが終わった希は扉の外で待機していたセバスチャンに声をかけて微笑む。そして、さも当然のように自分の後に付いてくるマリーナに気付いた。
「お待たせセバスチャン。さあ行きましょう。マリーナは付いてこなくていいわ。自分の仕事をしてきなさい。それと忘れない内に言っとくけど、もう貴方は来なくて良いわ」
「え? あ、あのそれは……」
希はマリーナに無表情で仕事に戻るように伝える。明日から来なくて良いとの言葉を首だと思ったマリーナの顔が引き攣る。
「首にはしないわ。安心しなさいな」
「ありがとうございます。これからはこのような事がないようにいたします」
希から「首にはしない」との発言を聞き、マリーナは露骨に安堵した表情を浮かべ、しょせんは子供だわ。とでも言いたげに愛想笑いを浮かべ謝罪するとその場を去ろうとする。そんな浅はかな行動に呆れつつ希は声をかける。
「随分嬉しそうねマリーナ。貴方を許すのは今回だけよ。次は容赦しないし、今日の事を私は忘れない。汚名返上する気があるのならしっかりと働きなさい。嫌なら辞めていいから。お父様とお母さまにも今日のことは伝えておくわ」
「二度と! 二度とこのような事はいたしませんので旦那様と奥様にはなにとぞ! ここをクビになったら困ります」
「だったら最初からあんなことをしなければよかったのよ。私の態度が気に入らなくても、メイドのプロ意識は見せて欲しかったわね。それとも子供だと思って適当にしていたの?」
「い、いえ。そのような事は……」
反省しているのは雇用主である父親と母親に告げ口されるのが恐ろしいからで、自分への謝罪がないことに少しイラつきながら追い詰めようとする希だが、なにやら凝視されている視線に気づく。視線の先にはセバスチャンが無表情でこちらを推し量るように見ていた。
「セバスチャン?」
「はい。なんでしょうかユーファネート様?」
あれ? 気のせいだった? 希を見るセバスチャンは微笑みを浮かべており、ほのかにサボン系の匂いも漂っている。愛情度は大丈夫なようだ。ニコニコと笑いながら自分を見ているセバスチャンに、苛立っている様子を見せるわけにはいかない。
「次から気を付けなさいな。まあ今回はお父様にもお母さまにも言わないでおいてあげる」
「ありがとうございます! このマリーナ。これよりお嬢様のために生涯を捧げさせていただきます」
セバスチャンを意識しながらの発言をする希に、マリーナが目を潤ませて感謝を伝え深々と頭を下げる。その態度に嘘はないと信じた希が鷹揚に頷いていると、セバスチャンが嬉しそうにしていた。
「その言葉を信じてあげる。だから明日からマリーナは私の専属よ。さっきの発言は取り消すわ」
「さすがユーファネート様。失態する者にもチャンスを上げるなんて。良かったですね。マリーナさん」
「ええ、そうね。お嬢様の寛大な心に感謝しているわ。でも、今日はセバスチャンに後を任せてもいいかしら? メイド長に事の
セバスチャンに伝えると慌てたように走り去っていくマリーナ。そんな彼女の後姿を見ていた希だが、セバスチャンから「そろそろ食堂へ」と言われると我に返った。
「ひょっとして部屋での発言聞いてた?」
「なんのことでしょうか? 何も聞いておりませんよ。私が知っているのはユーファネート様のお優しさだけです」
「いや、それって聞いていたよね?」
目をキラキラさせている様子に、なぜか視線をそらせた希はセバスチャンの視線に値踏みが含まれているのに気づかなかった。立ち話をして時間が随分と経っている。希は慌てたようにセバスチャンに伝える。
「さあ食堂に行くわよ」
「あの。そちらは逆方向です」
「し、知ってるわよ。ちょっとセバスチャンを試しただけよ!」
気のせいか、昨日まであったショタ要素が減った気がするセバスチャンからの突っ込みに希は成長するの早すぎない? そう思いながら食堂にたどり着く。侯爵家の屋敷は部屋数が多く、なんとかたどり着けた希だが、食後に自室に戻れる自信は全くなかった。
「帰りはセバスチャン案内よろしく」
「はい。かしこまりました」
小さく呟きセバスチャンに伝える希。少し笑われているような感じだが、気にしないようにする。そして食堂に入った希は、あまりの豪華さに感嘆の声をあげた。
「貴族って凄い」
「おはようユーファネート。気分はどうだい? 体調は戻ったかい?」
豪華絢爛な内装に口を開けっ放しにしていた希だが、父親のアルベリヒが朝の挨拶をしてきた。その隣に母親のマルグレートもおり、2人とも希の体調を気遣っている様子で、心配かけたとの思いで問題ないことを伝える。
「おはようございます。お父様お母様。昨日はユックリと休みましたので、もう大丈夫ですわ」
「ユーファネートが朝の挨拶? 熱を出してやっとまともになったのか? だいたい熱を出して寝込むなんて、好き嫌いが多いからだ、あと肉を食べろ」
視線を向けると、見た目13才ほどの少年が声をこちらを
「いつもの悪態はどうした?」
「ギュンター 。ユーファネートは高熱で寝込んでいたんだ。優しくしてあげなさい」
「そうよ。それに今のユーファネートの方が女の子らしいじゃない」
アルベリヒとマルグレートの言葉に少年が不服そうにする。その表情を見た希は目の前にいる少年の事を思い出した。ユーファネートの兄であるギュンダーである。
「雷獅子ギュンター?」
「雷獅子?」
希の言葉にギュンターが不思議そうな顔をする。まだ13才であるギュンターは適性をしらない。15才で雷属性と判定され、剣技と雷属性を合わせた戦いをするようになり、雷獅子と呼ばれる。
「い、いえ、お兄様の姿を見たら、なぜかその言葉が出てきました」
「なんだよ調子が狂うな」
妹の普段とは違う様子に困惑した表情を浮かべるギュンターだが、雷獅子との呼び名は気に入ったようだ。少し機嫌を直すと食事を始める。健啖家らしく、朝食であるが肉中心の食事であり何度もお代わりをしていた。
「食べっぷりが可愛いわ」
「お前、本当におかしいぞ? あと今日は朝食を全部食べてるし」
希の実年齢からすれば、中学生くらいの男の子が一所懸命に食事をする光景は眼福だり微笑ましかった。ただ見続けるのは失礼だと思い、希も食事を始める。マナーが怪しいかと思ったが、ユーファネートの身体が覚えているらしく、特に問題なく朝食を終える事が出来た。
「(良かったわ。偏食が激しいからマナーなんて駄目かと思っていたけど、そこはしっかりと学んでいたようね)それにしても料理長の食事は本当に美味しいわ」
「ちっ。なんか調子が狂う」
普段は見せない妹の食事風景と言葉にギュンターは肉を頬張りながら、なにか別人でも見るような視線を向けていた。セバスチャンは希の背後に控えて甲斐甲斐しく世話をしており、それもギュンダーには驚きをもって見ていた。
「あいつ、あんな奴だっけ?」
ユーファネートが高熱で倒れるまではもっとオドオドとしながらユーファネートに仕えていた気がする。そんな事を思いながら頬を付きながらセバスチャンにを眺めているとマルグレートに注意をされる。
「ギュンダー。行儀が悪いわよ」
「申し訳ありません。まあ、ユーファネートのことだ。そのうち、化けの皮が剥がれるだろうけどな」
母親の注意に謝罪し、姿勢を直して食事を再開する。だがギュンダーの視線はセバスチャンに微笑みつつ優雅に食事をする希に釘付けになっていた。
君☆公式情報
【ギュンター ・ライネワルト】
次期侯爵となるユーファネートの兄です。雷魔法の使い手であり、帝国からは一騎当千の若武者と恐れられ、雷獅子と呼ばれています。性格は苛烈であり、学院では上級生や先生相手でも、正しいと思ったことは筋を曲げません。時にはそれが頑固な一面となってしまいます。
彼は
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