第9話 兄ギュンターは妹の変化に戸惑う
ユーファネートが高熱で倒れた。
それを聞いたギュンターは「罰が当たったんだよ」と呟いた。去年までは仲良くしていた。しかし両親が都に向かった頃から、ユーファネートがおかしくなっていった。
わがままが激しくなり始め、気にくわないメイドはすぐに代えるようになる。そして食事を食べなくなり、甘いお菓子やジュースを望むようになった。料理長がユーファネートのために苦労して考えた献立すら一口も食べない。
「いい加減にしろ。お前のためを思って作った料理長の心を無駄にするのか!」
「食べたくない物を作る方が悪いのです。料理長のくせに私への嫌がらせをするなんてもってのほか。そんな者は首にして新しい者を雇えばいいのよ」
一度、業を煮やしたギュンターが注意をしたが逆ギレされてしまい、それ以降は視線も合わされなくなった。ユーファネートのわがままに我慢できなくたったギュンターは父親のアルベリヒへ手紙出す。
きっちりと注意をしてもらえると思っていたのだが、返事が届き中を見ると落胆する。そこにはまだ何もしないとの内容が書かれていた。
『ユーファネートは10才になったばかり。酷いようならメイド長から連絡が来ることになっている。今は気になるかもしれないが、様子を見てやって欲しい。それよりも剣術の稽古は順調かい? 次期当主として精進するように』
「後悔しても知りませんよ」
アルベリヒからの手紙を思わず握り潰し、ギュンターはユーファネートに関わるのを止めた。あまりにも妹に甘すぎる。だが、もう気にするのは止めよう。そう切り替えると、ギュンターは剣術や領地経営の勉強をしていく。
その中で分かった事があった。ライネワルト侯爵領の生産高が落ちているのだ。鉱山やダンジョンなどの資源は変わりがないが、食料自給率が
半年前に領地へ久しぶりに戻った父親に勉強内容を伝えた際に、思い切って質問をする。
「父上。この数年で食料自給率が2割も落ちています。なぜ観賞用の薔薇を増産しているのでしょうか?」
「ああ。ユーファネートが薔薇好きだと言ってね。畑を潰して薔薇の生産に切替えたのだよ。嗜好品は高く売れるから一石二鳥だと考えた」
「しかし父上! 生産を減らせば飢饉が起こった際に困ります!」
「よく勉強しているね。すでに備蓄を増やす手配をしている。薔薇の出荷が始まれば問題ないんだよ」
薔薇が好きな娘の為に作付けを増やした? 生産量が減るほど? 思わず父親を凝視したギュンターだが、アルベリヒは微笑んでいる。まるでそうする事が当然とでもいいたげだ。
民のことを考えていた父上がなぜ? そう思っていたギュンダーにアルベリヒは、この会話は終わりだと言いたげに別の話題を振る。
「ユーファネートの為に新しい執事候補を雇ったよ。ユーファネートがどうしても雇いたいと言ったからね。ギュンダーも気にかけてやって欲しい」
「は? ユーファネート専属執事ですか?」
「ああ。そうだ。護衛も兼ねてもらう予定だ。筋はいいから一緒に訓練すればいい。彼は孤児院に身を寄せていた騎士の息子でね。妹もいるので侯爵家で保護したのもある」
話を聞いてユーファネートの事をギュンダーは見直した。困っているセバスチャン一家を救ったと思ったからだ。なので食事の際に思い切って聞いてみた。
「セバスチャンを雇ったそうだな?」
「誰の事ですの? ああ、孤児院で拾った者ですか。顔が良かったので」
さらっと理由を述べるユーファネートにギュンターが愕然とする。何も言わないギュンダーに一瞬首を傾げたユーファネートだが、興味を無くしたのか去っていく。
そんな後ろ姿を見ながらギュンターは顔を歪ませた。
「聞いた俺が馬鹿だった。お前はやはりユーファネートだよ」
◇□◇□◇□
そんなやり取りから半年が経った。
「いったいどうしたんだあいつは?」
高熱を出し3日寝込んでからユーファネートが劇的に変わった。熱が引いた翌日の朝食では偏食がまるで嘘だったかのように全て平らげ、料理長を呼んで感謝の言葉を述べていた。
今までの苦労が報われた料理長は泣いており、両親も嬉しそうにそれをみている。ギュンダーは戸惑いながら、どうせ一過性の気まぐれだろうとおもっていた。だが、ユーファネートの行動はさらに変わっていく。
レオンハルト王子とのお茶会を体調不良を理由に1ヶ月延期し、その間に様々な練習を始めているようであった。今日はダンスレッスンをしており、こっそりと覗いてみたが、真剣なまなざしで練習する姿は本当に別人であった。
「セバスチャン。ユーファネートは一体どうしたんだ?」
「ギュンター様。ユーファネート様はレオンハルト殿下をお迎えするにあたって、今のままでは駄目だと思われたようです。ダンスやテーブルマナーを学び直しておられ、それ以外にもドレスをリフォームする為に業者とのやり取り、さらに殿下との会話に必要な勉強をされております。流石はユーファネート様です」
しばらく見ない間にセバスチャンは完全にユーファネートに心酔しているようであった。ユーファネートを語る際の口調は尊敬に満ち溢れており、主の為ならどんな事でもする強い意志を感じられる。
「ちょっと待て。ユーファネートがドレスのリフォームだと? 新しく買わずにか?」
「はい。『新しいドレスを買わなくてもリフォームすればいいのよ。無駄な買い物はすべきではないわ。このドレスだって1回しか着てないのでしょう?』との事でした。また小さくなったドレスは売却され、孤児院に寄付をされております。それに私の妹達にも洋服をプレゼントして下さり――」
「待て待て待て。誰の話をしているんだ? ユーファネートの話をしているだよな?」
どこの聖人君主の話だ? そう思うほどユーファネートの変わりっぷりである。混乱しているギュンダーだが、セバスチャンは急いでいるようで軽く頭を下げると走り出そうとしていた。
「はい! ユーファネート様のお話です! ギュンダー様、申し訳ございません。休憩されるユーファネート様に紅茶の用意しないといけませんので、これで失礼いたします」
「あ、ああ」
嬉しそうにユーファネートの元へ向かうセバスチャンを見送りながら、ギュンターは汗を拭きながらやってきたセバスチャンを見て嬉しそうにするユーファネートを眺めていた。
「本当に改心したのか? いやいや。俺は騙されないぞ。近い内に化けの皮が剥がれるに決まっている」
良い方向に向かっている事には違いないのだろうが、今までの行動があまりにも悪すぎる。ギュンダーはユーファネートがなにか企んでいる可能性を捨てきれずにいた。
「少し様子を見るか。この後は家庭教師と勉強だったよな?」
そう呟きながらギュンターはユーファネートが向かうであろう書斎に先回りするのであった。
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