第6話 セバスチャンは眠る主人を眺め考え結論に至る。
「ユーファネート様? お休みになられましたか?」
小さく問い掛けるが、可愛い寝息が返事として聞こえてくるのみだ。寝る前に握られた手はほのかな温かさを伝えてきており、セバスチャンは手を放すことなく握り続ける。
「それにしても急な変わりようはなんなんだ?」
希の寝顔を見ながらセバスチャンが呟く。先程までの愛らしい表情はなく、真顔でつまらなそうにする姿は腹黒執事と言っても過言ではなかった。
「突然変わられると反応に困るんだよ」
半年前にライネワルト侯爵家で雇われたが、ユーファネートから受ける仕打ちはセバスチャンの心を大きく傷つけていた。
「可哀そうだけど助かったわ」
何も知らずに雇われた際に聞いた同情からの言葉。先輩達は自分がわがまま娘の担当でなくなった安堵感と、セバスチャンへ苦労をかけるとの申し訳なさが入り混じった表情を浮かべていた。
「最近のお嬢様はわがままが酷くてね」
「お前が専属執事候補となって助かったよ」
「なにかあったら言いなさい。旦那様と奥様に報告しますので」
「妹さんの為にも辞められないんだよな。正直、同情するよ」
そう。妹たちを孤児院に入れたままでいい訳がなかった。心から愛する妹たち。母からも「お兄ちゃんごめんね」と言われ託されている。
「クソ親父のせいで貧乏一直線。母親も死んでなんとか孤児院に駆け込んだ。公爵家に雇われ助かったと思ったら、
心配や同情するなら変わってくれよ。そう思いながらも、なんとか笑顔を浮かべ日々の仕事をこなしていたが、何度本気で辞めよと思ったことか。
「それが突然、慈愛に満ちたお嬢さまに変わったじゃん」
セバスチャンは首を傾げるしかなかった。紅茶好きであると聞き、点数稼ぎにと1週間前から厨房での手伝いをしつつ、勉強を始めたところである。
「あれほど
公式情報を知る希からすれば当然の反応だが、セバスチャンからすれば驚異でしかなかった。
ただセバスチャンは知らなかった。
もし、希でなくユーファネートであったならば、紅茶を淹れても酷評され、紅茶をカップごと投げつけられいただろう。そして人格否定を含めた傍若無人な振る舞いの日々が始まる。
そして何より大切な妹たちとの面会を禁じられる。そこから性格が歪み、最終的にはユーファネートへの復讐を誓う。
それがセバスチャンの本来の未来であった。そして日が経ちゲーム「君☆」の
「あんなクソまずい紅茶を美味しそうに飲むなんてな。高熱で性格が正しく矯正されたのなら、このまま穏やかな日が続くから続けて欲しいよ」
紅茶を淹れた今日の
「よし。決めた。天使の笑顔を浮かべるユーファネート様に一生を捧げる。これはさっきの上っ面な言葉じゃない。何よりも妹たちのために。そして俺自身のためにも」
幸せそうに眠る希の手を優しく両手で包み込みセバスチャンが誓い言葉を口にする。少し強く握られ、希が薄っすらと目を開けセバスチャンを見るとニマニマと笑いだした。
「ぐへへ。ショタ顔セバスチャン最高。ショタセバ素晴らしい」
「ショタセバ? 俺の事? 意味は分からんがユーファネート様が望むなら、ショタセバと呼ばれるよう頑張ろう」
セバスチャンは希の手の再度軽く握り、そしてユックリと手を離す。ムニャムニャと寝言を続ける希に微笑み一礼すると、静かに部屋から出て行った。
◇□◇□◇□
「よし、ここはレオンハルト様で突入だ! この装備とレベルなら伏兵があっても大丈夫。ああーん。どうしよう。レオンハルト様の横顔が最高すぎる!」
公式サイトで公開されたイベントイラストをタブレットに表示させながら、希はゲームを満喫していた。コントローラーを握りながら希はふと首をかしげる。
「あれ? さっきまでユーファネートだった気が? ははは。そんなはずないか」
深く考えようとするが、なにか「もや」がかかった不思議な感覚に希は首を傾げていたが、画面が切り替わり戦闘シーンになるとテンションが上がり、先ほどまでの「もや」はすっかり忘れていた。
『君が望む平和の為に俺は戦う。俺の剣は君に捧げる』
「きゃー! レオンハルト様ー!」
凜々しいレオンハルトが剣を片手に
ゲーム内ではユニット形式の戦闘が始まっており、レオンハルトを先頭に紡錘陣形が組まれていた。軽快な音楽ともにユニットが行進していく。希は効率的に敵を蹴散らし、あっさりと敵軍を撃破した。
「これで全体の3割ってマジ? なんて最高なの」
無傷での勝利による特典スチルを入手した希はうっとりと眺めている。
「他の「君☆(きみほし)」シリーズとデータ連携したら、さらにスチルが手に入る。しかも
あまりの叫びっぷりに隣の部屋にいる弟から「うるさい姉貴!」と壁を叩く音がする。だが、希は気にする事なくペットボトルの紅茶とピーナッツチョコを食べながら休憩に入る。
対面にはレオンハルトのぬいぐるみが置かれ、当然とばかりに紅茶が供えられている。
「レオンハルト様とのお茶会最高! ユーファネートが
「姉貴! うるさいって!」
「なによ! お茶会の邪魔をしないでよ。ちょうどいいわ。コンビニに行ってアイス買ってきて!」
「自分で行けよ!」
「歩いて5分なんだから、さっさと行きなさいよ!」
◇□◇□◇□
「ユ……様。ユーファネート様」
「お釣りはあげるし好きなの買っていいから!」
生意気な弟をコンビニへ追いやった希がゲームを再開しようとすると、遠くから声が聞こえる。弟だと勘違いした希はイライラした様子で勢いよくベッドから起き上がった。
「早く行きなさいよ! レオンハルト様とお茶会をしたいのよ!」
「ユーファネート様。大丈夫でしょうか?」
「え? セバスチャン? あれ?」
心配そうにこちらを見るセバスチャンに希は軽く混乱し周囲を見渡す。夢だと思い込んでいたユーファネートの自室であり、壁には天使の微笑みを浮かべたユーファネート肖像画が飾られていた。
「あー夢じゃないのね」
肖像画を眺めながら、先程までの「もや」がなくなり、すっきりしている事に気づく、やはりこちらの世界が現実であると確信した。そして心配そうにこちらを見ているセバスチャンに微笑む。
「おはようセバスチャン」
「おはようございます。ユーファネート様。なにか悪夢を見られていたのでしょうか? そんな時に席を外していたとはセバスチャン一生の不覚でございます」
「ん? なんかセバスチャンの忠誠度が跳ね上がってる? 言いつけを守って自室で寝たようね。褒めてあげる。こっちに来なさいセバスチャン」
セバスチャンをベッドまで招き寄せ抱きしめ頭を撫でる。一瞬焦った表情を浮かべたセバスチャンだが、顔を赤らめつつも決意新たに衝撃的の言葉を放った。
「ユーファネート様にショタセバと言ってもらえるようにするにはどうすればいいでしょうか!」
「なんて?」
思わず希は身体を離し、真剣な目で自分を見ているセバスチャンのおでこに手を当てると、本気で心配するのだった。
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