第5話 「君☆(きみほし)」を考える

(セバスチャンはユーファネートへの誕生日プレゼントだった? 所有物だと、人扱いをしなかったからセバスチャンが歪んだ? ユーファネートなら、傲慢さ全開で「誰のお陰で暮らせるのかすら分からないの?」と言いそう。どのシリーズでもユーファネートは黒幕令嬢だからなー)


 寝たふりでアルベリヒとマルグレートの会話を聞きつつ、希は「君☆」公式情報を思い出していた。セバスチャン情報はメインキャラでもあり、公式からの発表は多くされている。それと希にはゲーム内で収集した主人公ヒロインとセバスチャンとの会話やスチルの記憶もある。


(うーん。ただ現時点だと会話もスチルも役に立たないわね。これが夢じゃないとして、今後どうするかよね。セバスチャンの妹たちが学校へ行っているようだから、頻繁に会えるようにしてあげる。それと好感度マックス状態は維持。間違っても腹黒執事にはならないようにする。それにしてもここは「君☆」のどのジャンルのなのよ。それによって進行も変わってくるのに)


「ん? 目覚めたかい? 少し声が大きかったようだ」


「起きたのなら丁度いいわ。セバスがスープを持ってきたから何か口に入れないさい。3日間水と果実水しか取っていないのよ」


 考えているうちに身じろぎをしてしまったようだ。自分たちの会話で起こしたと勘違いし、体調を気遣っている両親に、希の心が温かくなっていく。希は起きたフリをしながら身体を起こす。


「ひと眠りしてスッキリとしましたわ」


 どうやら狸寝入りはバレなかったようだ。小さく欠伸をしながらユックリと身体を起こして伸びをする。


「あら、良い匂いですね」


 くぅぅぅ。匂いにつられユーファネートの身体が反応しお腹が鳴る。恥ずかしそうに頬を染める希だが、両親は微笑まげに眺めており、セバスチャンとメイド長は食事の準備をしており聞かれていなかった。


「ユーファネート様。料理長に食べやすいスープを作って頂きました。お召し上がりになりますか? 今なら温めも不要です」


「果実水もご用意しておりますよ」


「そうね。セバスチャンとメイド長が私のために用意してくれたのだから頂くとするわ」


 希の言葉にセバスチャンは嬉しそうにスープを渡したが、メイド長は驚きのあまり固まっていた。そんなメイド長に気付くことなく、希は立ち昇るスープの湯気に釘付けになっている。美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐり、待ちきれないとばかりに口へと運んだ。


「美味しい」


 具材は全てすりおろされており、一緒に入っている肉団子も小さくしてある。程よい温かさで、久しぶりに食事をする病人を考えて作られたスープであるのが分かった。


 静かに感想を口にする希にメイド長の目が驚きで見開く。ユーファネートが食事で褒め言葉を出したことなどなかったからだ。最近はなにを食べても「美味しくない」と言い放ち、ジュースやお菓子ばかりを欲しがっていた。


「お嬢様」


「きっと身体が塩分を求めているのでしょう。本当に美味しいスープですわ。メイド長。料理長にお礼を言っておいて――いえ、後で私が直接言いに行きますわ」


「っ!? か、かしこまりました。料理長も喜ぶでしょう」


「そんなお気遣いを頂けるなんて、料理長が羨ましいです。なんと優しき方なのだろう」


 本気でギョッとした表情を浮かべるメイド長をみて、アルベリヒとマルグレートが嬉しそうにしていた。感謝を伝えるなど考える事もなかった愛娘だ。高熱になったのは悲しい出来事だが、看病されるうちに人の優しさに気付いたのだろう。


「本当に成長したのね」


「ああ、これなら本当に安心だ」


 単に感謝を伝えると言っただけなのに、これほど評価されるとは。ユーファネートの評価ってどれだけ低かったのよ。希は愕然とするがスープの魅力には勝てず、あいまいに微笑みながらスープを飲み干した。


 身体の中から温まったのか、再び睡魔が襲ってくる。希はセバスチャンに空になった皿を渡すと、ベッドに横たわった。


「お父様、お母様。もう少し休ませて頂いてもいいでしょうか?」


「そうだね。寝た方が良い」


「早く回復しないとね」


 アルベリヒとマルグレートは希を軽く抱きしめ部屋から出て行った。メイド長も急に改心した姿に感動しながら出ていった。この後、厨房へ向かって料理長へ話をするのであろう。その足取りは軽く見えた。


 希は目を閉じようとしたが、違和感を覚え原因を探す。原因はあっさりと見つかった。


「セバスチャン?」


「はい! なにかご用でしょうか!」


 セバスチャンが扉近くで控えており、声をかけられた事で元気よく返事をする。思わず声を掛けた希だが、なにかを期待する表情。声をかけられしっぽを振っている姿まで見えて困惑が深まる。


「なにをしてるの?」


「ユーファネート様の傍に控えておりますが?」


「なんで?」


「『なんで?』とは?」


 お互い首を傾げる希とセバスチャン。しばらく無言で見つめ合う二人だが、希が根負けしたようで視線を逸らした。


「そこに居られると気になって寝れないわ。だからセバスチャンは自室で休んでいいわ――」


「とんでもございません! ユーファネート様をお一人にするなどありえません。頼りないと思われるかもしれませんが、側に控える事をお許し下さい」


「ひょっとして、ずっとそこにいる気なの?」


「はい!」


「はいじゃなくて……。それだと明日の仕事に影響が出るでしょ。寝不足で仕事が出来ないなんて言わさないわよ?」


「そんなことはありえません! ひょっとしてご迷惑でしたか?」


 目を少し潤ませて顔を伏せたセバスチャンに、希の母性本能が全力で刺激される。


 「(こんな捨てられた子犬みないな表情されたらキュンキュンするじゃない!)ちょっとこっちに来なさい」


「? ユ、ユーファネート様!」


 希に呼ばれベッドへ近付いたセバスチャンだが、突然手を握られ動揺する。ベッドで横たわり頬笑む主人の視線を受け、一瞬で全身が真っ赤になったのを感じる。どうしていいのか分からず固まっていると眠そうな希の声が耳に届いた。


「私が寝るまで手を握ってなさい。明日も私の側に居たいのならセバスチャンも寝るのよ。いいわね、これは命令よ。それにしても眼福だわ。セバスチャンの……ショタ顔を見ながら……寝られる……な……んて。こ……れは次回のコミケ……に……新作……を……」


 ベッド横にある椅子にセバスチャンを座らせ、手を握るよう命じた希はセバスチャンの真っ赤になったまま困惑している表情を嬉しそうに眺め、そして意識を手放した。

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