第4話 希は両親に心配される
「お父様、お母さま。ご心配をお掛けしました。もう大丈夫です」
心配そうにする自分を眺める両親に、希は椅子から立ち上がるとカーテシーをして謝罪する。そんな娘の行動に2人は驚いた表情を浮かべていた。
あれ? 身体が覚えているから問題ないと思ったけど、このカーテシーではダメだったかな? そう思いながら両親を見る希だが、我に返った父親のアルベリヒが軽く咳払いをする。
「高熱を出して倒れたと聞いたが、思ったよりも元気そうでなによりだね。だが疲れがまだ出ているようだ。そんな素直に謝るな――いや、なんでもないよ」
「素直に謝罪するユーファネートですって? どうしましょう。熱が引いてないのかし――いえ。なんでもないわ。娘を心配するのは親として当然よ」
(どんだけわがままだったのよ! 両親からの本音がダダ漏れじゃない!)
両親の反応に希が心の中で絶叫する。それほどユーファネートの謝罪が異質なのかと問い詰めたいくらいだ。引き攣った笑いを浮かべ希は会話を続ける。
「ずいぶんと良くなりましたわ。いまセバスチャンが私のために淹れてくれた紅茶を一緒に飲んでいたところですのよ」
楽しそうに話すユーファネートを見て、アルベエリヒとマルグレートは本気で心配し始める。父親であり侯爵家当主であるアルベリヒだが、ユーファネートに関する苦情を屋敷の者たちから受けていたのだ。
わがままが酷くなり、最近では癇癪も出ている。食事も好き嫌いを全面に出し、お菓子ばかり食べる。気に入らないことがあれば使用人や物にあたるとまで聞いており、早めに家庭教師を雇って欲しいと懇願されていた。
1年前に王都へ向かうまでは一緒に暮らしており、たまに戻ると少し甘えが激しいと感じる事はあったが、ただただ可愛い娘であった。この短期間で何があったのか? 寂しい思いをさせてしまった反動がわがままを助長させたのか。
そんな事を思っていた矢先にユーファネートが高熱で倒れたと報告があり、慌てて屋敷へ戻ってみると目の前にいるユーファネートは思った以上に元気であり、また屋敷の者たちから出ていたようなわがままは微塵も感じられなかった。
むしろセバスチャンへ接する態度は主人と執事にしては距離感が近いが良好にさえ見える。思わず振り返ってメイド長に視線をやったが、彼女も2人の様子を見て驚いているようであった。
「そろそろ家庭教師が必要だと考えていたがまだいいようだね」
「ええ。そのようね。安心したわ」
アルベリヒとマルグレートが会話をしている側で、メイド長が紅茶を淹れ直していた。彼女の手順をセバスチャンが学ぼうと凝視しており、そんな様子を見てユーファネートは微笑んでいる。
目の前で微笑むユーファネートには
あの報告は嘘だったのではないかと疑うほどに。
王都に出向いた事を後悔していたアルベリヒだが、娘の様子に問題がなかったと知り安堵する。そして眠るユーファネートに近づくと再び頭を撫でた。
「本当に何事もなくて良かった。回復したと思った時が一番気を付けないといけないからね」
「起きた時にユーファネートが食べれる軽食を用意なさいセバス」
「かしこまりました奥様。料理長にスープを用意して頂きます!」
「あらあら。そんな急がなくてもいいのに」
セバスチャンが小走りに部屋から出ていく様子をマルグレートが苦笑しながら見送り、愛娘を抱きかかえるとベッドへ運ぶ。
「怒らないであげてくださいね。お母さま」
「ふふふ。もちろんよ。ユーファネートを思っての行動なのでしょ。それにセバスは貴女の執事よ。しっかりと教育なさいな」
「はい。お母さま」
マルグレートの言葉に希が素直に頷く。そしてベッドへ寝かされた希は急激に睡魔が襲ってきたのか、瞼を閉じると寝息を立て始めた。穏やかな表情で寝ている愛娘を見てマルグレートは頬を優しく撫でて微笑む。
「ちょっと心配したけど、レオンハルト殿下とのお茶会には間に合いそうね」
ユーファネートを挟むようにベッド脇に腰掛けたマルグレートがアルベリヒに話しかける。一人娘が高熱を出して倒れたと聞いた時は心臓が止まるかと思ったがね。そう安堵する夫の様子にマルグレートも頷く。
「あとで専属医にしっかりと診てもらおう。それで問題ないなら殿下との顔合わせも進めよう」
「そうね。今度の顔合わせは重要なのよね。我々と王家との関係改善。それに王家の威信回復もある。ユーファネートがそれを理解してくれればいいけど」
「まだ10歳だ。理解はしてくれないだろうね。だが、この顔合わせが重要である事は伝えておこう」
「ええ、そうね」
年相応の寝顔を浮かべるユーファネートを見ながら、アルベリヒとマルグレートの会話は続く。そしてユーファネートのわがままになったとの話に移る。
様々なものを無邪気に欲しがり始め、手に入らないと不機嫌となって癇癪を起こす。そして周囲にわがまま放題を始め困らせる。との報告であった。側で控えるメイド長にアルベリヒが確認する。
「報告と違うようだが?」
「そうね。私たちが出発前より落ち着いているわよ? 今のユーファネートなら安心して殿下と会わせられくらいに」
「はい。私も驚いております。熱を出される前までは、私達では手がつけられなくなっておりました」
「まるで高熱で憑き物が取れたようね」
困惑しているメイド長を見て、嘘は言っていないと確信する。そして3日間の高熱でどのような変化がユーファネートにあったのか。思案に
「セバスを迎え入れたことで好転した?」
「なるほど。それはあるかもしれませんね」
アルベリヒとマルグレートはセバスチャンを見ながら間違った結論を出した。慰問に訪れた孤児院で、没落下級貴族の子供が居た。それがセバスチャン達である。つまらなそうにしていたユーファネートだったが、セバスチャンを一目見て気に入り人形を欲しがるようにねだったのだ。
セバスチャンの父親は没落した騎士で借財を重ねており、それを返却する為に無謀な出陣を繰り返し、帝国との戦役で戦死を遂げており、母親も借金を返す為に無理に働き病死していた。
残された子供達は長男セバスチャンが10才であり、借金返済能力があるはずもなく、借金取りによって家財を全て奪われ家からも追い出されてしまう。なんとか妹2人を連れたどり着いたのが孤児院であった。
「彼には剣術の才能があると見ている。それに妹たちも学校を卒業すればメイドとして働くと聞いている。ひょっとしたら彼らの境遇に同情したのかもしれないが、民を思いやるのはいいことだ」
「ええ、そうね。先ほどのユーファネートの様子なら安心して彼女達も専属メイドとして任せられるわね」
「セバスチャンがユーファネートの寂しい気持ちを温めてくれたのだろう」
「しばらくは領都にいますから、寂しい思いはさせないわよユーファネート」
本当のユーファネートはそんな事は1ミリも思っていないのだが、ここにいるのは希であり、彼女はセバスチャンを推している。好感度マックスになった彼の印象を下げる訳がなく、これからも上げ続けるであろう。
「私達も少し過敏な反応をしてしまったようです。お嬢様がそれほど寂しがられていたとは気付けませんでした」
「次から気を付ければいい」
謝罪するメイド長にアルベリヒが
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