第3話 幼い執事(ショタセバ)との和やかな時間

「失態は誰にでもあるから気にしなくていいの。次、間違わなければいいのだから。さあ、セバスチャンが初めて私に淹れてくれた紅茶を飲みましょう」


「お嬢さ――ユーファネート様。なんとお優しい。まさに慈愛の女神」


「ん? なにか言った?」


 セバスチャンが片膝をついて感謝を述べる、顔を上げ望みを見上げる瞳は潤んでおり、危険な色気を滲み出し始めた。


「さすがは君☆特典スチルにレギュラー登場するセバスチャン。ゲームでも現実でもお姉様達を虜にした腹黒執事なだけあるわね」


 思わず生唾を飲む希だが、ゆっくりかぶりを振ると「冷静になれ私」と言い聞かせセバスチャンへ語りかける。


「泣いては駄目よセバスチャン。貴方に涙は似合わない。いい? 常に私のためだけに微笑みなさい。どんなに苦しくて辛い時もよ。それが私への忠誠となるの。分かったかしら?」


「はい……はい! このセバスチャン。ユーファネート様の為だけに微笑みます。まだ執事となり半年も経たない未熟な私を専属候補として頂くだけでなく、こんなにも優しいお言葉までくださるなんて。我が心を生涯ユーファネート様に届けます!」


 涙を引っ込め決意に満ちたセバスチャンがひざまずくと希の手を取って誓いの言葉を述べる。微笑みを返して軽く頷きつつ、希は内心で驚いていた。


(あれ? まだ半年しか経ってないに侯爵家令嬢の専属候補? それに最後のセリフって好感度マックスになった時のセリフよね?)


 『我が心を君に届ける☆ 貴方が心を捧げるのは誰?』だけでなく、君☆シリーズ全体で決め台詞がある。そのセリフが画面に表示されればユーザーは歓喜すると言われるほどだ。

 希は表面上は微笑みを浮かべ紅茶をゆっくりと飲み考え続ける。2人で淹れた紅茶は味も色も薄く、お湯と変わらない。しかし考える時間は与えてくれた。


「セバスチャンも飲みなさい」


「いえ、やはりご一緒するなど――」


「あら? 私のお願いを聞いてくれないのかしら?」


 拒絶しようとしたセバスチャンだが、希が少し悲しそうな表情を浮かべると慌てた様子で席に座り紅茶を手に取った。


「やっぱり美味しくない……」


「いいのよ。セバスチャンが私のために淹れてくれたのだから」


「次は絶対に美味しい紅茶をユーファネート様へお届けします!」


 紅茶を飲み、味の薄さに眉をしかめていたセバスチャンだったが、希からの言葉で決意新たにしたようで握りこぶしを作っていた。そんな姿は小動物のような可愛らしく、希は悶えそうになるのを必死にこらえていた。


「どうかされましたか? ユーファネート様」


「セバスチャンが来て半年になるのね。と思っていたのよ」


 挙動不審になった希にセバスチャンが首を傾げたが、希の発言に顔を輝かせた。


「覚えてくださっていたのですね。ユーファネート様に雇って頂いたお陰で、妹達を学校へ通わせられております。本当は母にも薬を買ってあげたかったのですが…… 」


「確か妹さんが二人いたわね。それにお母様は助けられなくてごめんなさい」


「いえ! ユーファネート様と出会ったときは母は居りませんでした。母もきっと天国で喜んでくれています。慈悲深きユーファネート様にお仕えしているのですから」


 君☆公式情報でしから知らない内容を思い出していたが、若干頬を染めたセバスチャンが楽しそうに話している内容に引っ掛かりを覚える。


「ユーファネート様が急にお優さしくなられ――いえ、今日はいつもより優しくしてくださり本当に嬉しいです!」


「ちょっと待ったぁぁ! 急に優しくなった? ちょっと今まで貴方にどんな風に接していたかを教えて頂戴。絶対に怒らないから。正直に言ってみなさい」


 セバスチャンの発言で一気に背中に冷や汗が流れた希が笑顔のまま確認する。セバスチャンへの行いが悪役令嬢の第一歩だからだ。夢だと思っている希だが、せっかくショタセバと仲良くなっているのだ。

 好感度マックスなのに下げてたまるものか。ゲーム脳で発言する希の問いかけにセバスチャンはしばらく考え話してくれた。


「初めてお目にかかった時は私を見て『さっさと入浴させなさい。汚らしいわ』と言われました。確かに汚れていたので仕方ないですよね。あ、ですがお風呂に入れてなかったので嬉しかったです」


 初対面なのに扱いが酷すぎるわよユーファネート! セバスチャンの話を聞いて希の顔が引きつる。そんな希に気付くことなくセバスチャンは色々と教えてくれた。


「あと、私が失敗した際は『全く使えないじゃない。顔で拾ったといえ、最低限の仕事は出来るようになりなさい』とも言われました。あの時は悲しかったですが今はユーファネート様からの激励だと分かっております。あの言葉は生涯忘れないようにします!」


「できれば忘れて欲しいかなー」


 罵詈雑言ばりぞうごんの嵐じゃない! だが、先ほどのやり取りで自分を思い遣っての発言だと勘違いしているようだ。セバスチャンは握りこぶしを固め嬉しそうにしている。


「確実に黒幕令嬢の道をたどっているじゃない」


「まだ他にもあります。あれは私がお仕えして1ヶ月経った頃――」


「はい、ストップ」


 ひきつった顔を無理やり笑顔へ修正した希が、まだまだ続きそうなセバスチャンに待ったをかけて近付くとゆっくりと頭を撫でる。


「よく、私の厳しい激励に耐えているわ。今後はもう少し優しくしてあげる。そして頑張ればもっと褒めてあげる。だからセバスチャンはそのまま努力を続けなさい。貴方に期待をしてるのよ」


「ユーファネート様に満足して頂けるよう、ご期待を裏切らないよう。このセバスチャン。生涯を捧げてユーファネート様のためにのみ頑張ります!」


 引きつった笑顔の希と、固い決意をし笑顔のセバスチャン。微妙にすれ違った笑顔と空気が流れる中、ユックリと扉が開き一組の男女が入ってきた。2人とも美形であり、着ている服も洗練され高価だと一目で分かる。その後ろにはセバスチャンがメイド長と呼んでいた年老いた女性もいた。


「おやおや。いつの間にか仲良くなったようだね」


「ええ本当に。素晴らしい主従関係が築けているようね。具合はどうかしら。本当に心配したのよユーファネート」


 部屋に入ってきた2人はユーファネートが元気である事を確認すると安堵した表情を浮かべる。初対面のはずだがなぜか親近感を覚える2人の姿に希は自然と笑顔となった。


「お父様。お母さま」


 自然と言葉があふれた。この心に流れ込んでくる温かい気持ちはユーファネートのご両親が来たからでしょうね。そう思いながら希は二人を眺める。ゲーム内では後姿とテキストでしか確認ができないユーファネートの両親。


 どのゲームでも婚約破棄断罪イベント前後に登場する。父親は責任を取って爵位を返上し、最前線へ赴き戦死。母親はユーファネートと共に修道院で生涯を終える。


「旦那様! 奥様! 申し訳ありません!」


「ああ、構わないよ。ユーファネートがいいと言ったんだろう」


 セバスチャンが慌てて立ち上がる様子を笑いながら制した父親であるアルベリヒが希の頬を撫で、母親のマルグレートは優しく抱きしめるのだった。

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