妖かし旦那さまと、桃の節句

高峠美那

第1話

 ここは、古い町並みが残る花桃地区はなももちく

 昔は、東海道の宿場町として栄えた、歴史が残る場所だ。近くに流れる川沿いを、赤、白、ピンクの花桃が咲き乱れ、まるで桃源郷のような美しい景色。


 ひな祭りと重なった今日、行燈あんどんを吊るした川沿いは、夜だというのに多くの客が訪れ、賑わいをみせていた。


 しかし美玖みくは、花を愛でる余裕は無く、行き交う人々の間を小走りで先を急ぐ。


「旦那さま、旦那さま…」


 不安が口についてしまいそうで、ただひたすら凛々しく整った男の顔を思い浮かべた。


「ああ、なぜこんな事に…」


 息を切らせながら川辺りを抜け、祭り会場である旧宿場通りに出れば、土産店の店先には、沢山のつるし雛が飾られている。


 人形一つ一つに、子どもの成長や幸せを願う意味が込められていると言われるつるし雛。手作りの温かみが感じられ、 動物には飛躍や、魔除け。鶴や亀には長寿といった意味があるらしい。


 障子越しの明かりと相まって、町全体を暖かな雰囲気で包んでいた。


「美玖さま! こちらです!」


 見知った顔を見つけて安堵するも、彼の顔色が良くない。促されるまま屋敷の門を潜り庭先に出れば、そこには大木の桃の木が、枝いっぱいに花をつけ、咲き誇っていた。


「あ…」


 灰褐色の幹の根元に、男がうずくまっている。大木だが古くなり、縦方向に浅い割れ目が入った幹に、だらりと身体を預けているのだ。


「っ、旦那さま!」


 いつもとは違う頼りない姿。微かに酒の匂いが鼻をつくが、酒に強い彼が酔い潰れたとは思えない。


「…み、美玖か?」


 気怠そうな男の姿に、美玖の心臓は張り裂けそうだ。


「旦那さま!ああ、どうして…。いったい何が…」


「しん…ぱいない。少しすれば…」


 男はそれ以上の言葉が続かないのか、瞼を閉じる。


「っ、いやです、旦那さま!いやです!目を開けて下さいっ。私を…一人おいて逝かないでっ」


 男の胸にしがみついた美玖は、後悔の念に押しつぶされた。


「うぅ。もう、私に、戻る場所などないとご存知のはずですっ」


 半年前、突如この男と結婚させられた。親は、金で娘を売ったのだ。妖かしとの婚姻は、ただの人間にとって名誉な事かもしれない。しかし、妖かしの頂点に立つ鬼と交わり、子を成せば…その妖気で母体は死ぬのだと教えられていたのだ。


 死ぬ覚悟ができず、夜伽よとぎを断り続ける美玖に、冷酷だと噂されていた男の態度は驚くほど優しかった。


 泣き崩れる美玖に、庭に案内をした男が静かに話かける。


「実は、邪鬼を祓う桃の花を、我等は好まないのです。しかし、人であられる美玖さまと、いつかお産まれになるお子のおためにと、雛飾りを差し上げたかったのでしょう」


 鬼が桃を苦手とするなど、知らなかった美玖は驚く。だが、それなら誰かに頼めば良かったはず。


「主は、自身の手で選びたかったのですよ。それだけ、美玖さまを大切に思っているのです。かくゆう我々も、美玖さまと主が末永く時を共にして下さる事を願って同伴したしだい」


 ああ…。愛されていると、分かっていた。夫にも彼等にも。みんな、美玖を大切に思ってくれていたことくらい、とっくに気づいていたのに。


 それなのに自分は、逃げてばかりで…。

 

「うぅ。ごめんなさい、ごめんなさいっ。どうか…どうか…死なないでっ。私を見捨てないでっ。私に…貴方との子を産ませて下さいっ。だから…」


 彼の胸に身体を預け、外だということも忘れ嗚咽を漏らす美玖。涙が溢れる意味と、彼がいなくなる恐怖に身体をふるわせ、子供のようにむせび泣いた。


 そんな美玖にこたえるように、男は美玖の身体を優しく抱きしめた。長いまつ毛がふさり…と上がり、美玖だけに見せる柔らかい笑顔を見せる。


「…美玖」


「はいっ」


「…もう、いい。わたしが勝手にしたまでのこと」 


「いやっ。旦那さま!」


 美玖はふるふると首を振りながらしがみつく。男は大きなため息をつくと、力の入らない腕で美玖の頬を撫でた。


「美玖、鬼のわたしが怖くはないのか?」


 真剣な男の瞳には、愛情が溢れている。怖いわけがない。再び美玖が首を振ると、男は驚いたように目を見開き、それから困ったように顔をそむけ、ゆっくりと美玖を抱き寄せる。


「よいか…。桃は、花もその果樹も苦手な鬼が多い」


 美玖は、男の温かい胸で小さく頷く。


「だがな…、わたしは妖かしの当主だ。そのような気で弱ることはない」 


「え?」


 だったら、この今の状態は…そう言おうと顔を上げかけ、再び男の大きな腕に包まれた。


「まったく…。狐のヤツにだまされ、白酒という酒を呑んでしまったのだ。白酒がこんなに酔うとは思わなくてな…」

 

「は…」


 白酒とは、確かに桃の節句で添えられる酒だが、そんなに強いものだっただろうか?

 それとも男が人でなく鬼だから?


「…とにかく、わたしもおまえを失いたくなくて、人間の験担ぎにまで手を出してしまったのだよ」


 それだけ言うと、美玖を抱きしめたまま男は静かな寝息をたて眠ってしまったのだ。


「おやおや、せっかく美玖さまをお抱きになれたのに…、妖かしのトップがこのような御方だと知られてしまっては、威厳にかかわりますね」 


 手際良く傘下の部下達に命令して、宿場通りを抜ける彼もまた、一癖ある男だろう。


 数日後、美玖がベッドでどれだけ愛されたかは…妖かし一族だけの秘密。



               おわり

 

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妖かし旦那さまと、桃の節句 高峠美那 @98seimei

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