第1話⑶
結果、まだ特別なことは聞かれていない。
『アザレア』の職員という立場を利用して営業時間外の洋菓子店に入り、彼女は紅茶、俺はココアを注文する。さらに、お土産用といってシュークリームを20個も買った。なんでも、『アザレア』の職員の中で無類のシュークリーム好きがいるのだとか……。
ギルディアは雪が膝まで積もるほどの寒冷地帯であるが、シュークリームが傷まないよう念の為、氷の能力で花型の保冷剤を作ってみせると、彼女はとても喜んだ。
それから営業時間外のため人が全く居ない店内で彼女と話をする。
"事情聴取"と言うから俺が何か悪いことをした、あるいはこれからの計画が悟られたのかと警戒していたのだが、彼女が切り出したのは"レオさんのこと"であった。
「私は、桐野 美鈴(きりの みすず)。多忙な最高責任者に代わって、現在は『アザレア』のまとめ役みたいなのを任されているんだ。……と、名乗ってみたんだけどさ。これがなかなかうまく行かなくて困ってね。各部で結束しちゃってて、私が介入する隙がないと言うか……ははは、こんなこと話されても困るよね」
「……は、はい」
「いやでもさ、ちょっとだけ協力してほしいんだよ。君があのレオさんの息子だってことを聞いたら、余計にね?」
ニコッと笑みを向けられた。
俺は恥ずかしくなって目をそらしてしまう。
しかし、どうしたものか。
このまま時間を取られていては塔の封印を手伝いにいけなくなってしまう。1、2時間で簡単に封印が完了するとは思っていないが時間は有限である。なるべく早くこの人──桐野の用事が終わるように包み隠さず、話していかなければ。
「……うんうん、いい心掛けだねぇ」
「えっ?」
「ああ、いや。こちらの話だよ。職員の無線をすべて拾って聞いているんだ。ほら、これこれ」
桐野は相変わらず気さくに話しかける。
横髪を軽くかきあげて、耳につけられた小型の通信機を見せてきた。
正直、彼女の対応は不思議だった。
『アザレア』という組織は、村の治安を守る組織ではあるけれど、このように個人と親密な関係にはなろうとしない。
普通は収賄等、組織の腐敗を防ぐことが目的だろうと考えられるだろうが、村の組織であるにもかかわらずあまりにも素性が知れないものだから、村人たちの間では黒い噂──例えば『アザレア』が人口調整のために村人を間引いているだとか、根も葉もない噂が囁かれてしまうほどである。
まあ、職員全員が黒スーツを着用しているという見た目からして、そもそも誤解を生みやすいのだとは思う。ともあれ、『アザレア』という組織が仕事以外で個人と接触することは非常に珍しいことだった。
「……う、うん。それで、桐野さん。ボクに何を聞きたいんですか?父さんのこと……?」
「ん?あ、そうそう!レオさんのこと。いやぁね、レオさんに君みたいな可愛い息子が居るってこと自体、私たちの間じゃ都市伝説みたいな扱いだったんだよ?私も直接こうして君と話すまでは半信半疑だったんだ。ははは、村人たちの間ではよく知られているけれど私達は知らなかった、なんか不思議な感じだよね」
「──それで、ぜひとも君に聞いてみたいんだけど……。ね、レオさんってどんな人なの?一つ、彼と話題を共有できるようなネタを提供してほしい!」
桐野はパチンと手を合わせてから、俺に期待の眼差しを向けた。
俺は再び視線の置き方に困ってしまい、俯く。何秒か考えて、そしてようやく言葉を絞り出した。
「父さんは、父さんです。仕事をしている時も、家にいる時も、きっと変わりません。……むしろ、仕事に行っているときのほうが清々するんじゃないかなっていう、感じで」
こんなことしか言えず、情けなさを恥じる。
「父さんは優しいです」とか嘘でもついたほうが、父親のためになるというのに、全く反対のことを言ってしまった。
……父親に直接、俺に対する気持ちを聞いていたわけではなかった。ただ自分の目で見ただけ、自分で考えただけ、自分で感じただけ。
そんな確証のない中、自分の手で父親との一線を引いていた。そして、その愚かさにやっと気がついたときには、もう遅かったのだ。
「……レオさんと、仲悪いの?」
心配そうな顔をしながらも、核心を突いてくる。
彼女の裏表のなさを俺は利用したのだと思う。他人を悪者にして自分を正当化させるには、第三者に向かって、"正直に話す"やり方が一番なのである。
「……きっとボクのこと、嫌いなんだ。家では殆ど何も話さないし、そもそも、家に帰ってこないし。学校の授業参観にだって来なかったし」
「そうか……。まあ、子供の君には関係ないかもしれないけれど、レオさんの立場は忙しいからね。"森が割れてから"、魔物だけではなく他国の相手もしなきゃいけなくなったって聞くし……」
「うん。忙しいのはわかってる。でも……」
「寂しい?」
「……母さんもいないから。か、母さんは、ボクが産まれるのと引き換えに死んじゃったから、……父さん、たぶん怒ってるんだ」
「そっか……」
桐野は黙ってしまった。
そしてどのように声をかけたら良いか考えているようだった。
沈黙の間、無線機からザザザッというノイズがよく聞こえた。ノイズが聞こえるだけで、声が聞こえているというわけでもないが、そのノイズは、まるでこの場に父親が居るというような錯覚、緊張感を俺に感じさせていた。
「……認められたい、か」
「え?」
唐突に桐野が口を開く。
続けて、彼女は俺の背筋を凍らせるようなことを言った。
「……ごめん。私、嘘ついてた。実はレオさんのことを知りたいから君と話しているわけじゃないんだ。それなのに、辛いことを思い出させてしまったようで、本当にごめんね」
「──私の能力は『心読み』。言葉通り、君の心が読める。だから今までの話に嘘偽りがなくて、君が偉業を成し遂げてレオさんに"認められたい"っていう気持ちはわかる」
「──けれど、"塔の封印"に、未熟すぎる子供を行かせるわけにはいかない。『アザレア』という、いち組織の人間として。……公務妨害で任意同行願います」
逃げなきゃ。
瞬間的に考え、席を立ち上がる。
逃げるという思考さえ読まれているのだろうから、もはや考えることは不要であった。席を立ち走り出すと、桐野も黙ってみているわけではなく、俺の腕を掴んだ。
「……離してっ!!」
「こら、離すわけないでしょ!まったく君さ、なんか行動が読めないときがあるんだよなぁ」
「──まあそれは置いといて。あのね、君が行ったところで、足手まといにはなるだけだってわからないの?……レオさんが帰ってきたら、私も一緒にレオさんと話し合う場を設けるから、そこで自分の言葉をぶつけてみたらどう?そのほうが……」
ザザッ……と無線機がノイズを立てる。
桐野は俺の腕をぎゅっと掴みながら、通信に応えた。
「……桐野です。今ちょっと立て込んでるんですけど。"リシュアさん"、どうされました?何か……、え?"魔物が殺されてる"って、それは自然死ではなく人為的ってことですか?……うーん、ジルさんに報告してみます」
「──ところで皆さん、きちんと協力してやっていますよね?今回の目標も死者を出さないことですけれど……、は?"ポールさん"が負傷!?自分の身は自分で守るとか、もうそんなこと言ってる場合では無いんですよ!?」
桐野は通信に集中していた。
会話に上がる名前からして、通信の相手は現在塔に向かっている執行者4人であろう。つまり、この通信は組織と村の存続が関わっている重要なもの。無下には扱えないはずだ。
……今なら、多少強引でも逃げられる。
子供一人が塔まで自殺しに行ったとしても、無理に追って捕まえるようなことはしない。
俺は、桐野に掴まれている腕を少し捻った。ぱっと手が離れ自由に動けるようになると、俺はさらに、心の中で何度も「桐野さんごめんなさい」と謝罪をしながら、桐野の足元を凍らせた。
……ああ、これで完璧な公務執行妨害である。
「うわっ!?ちょっと!?君、待ちなさい!!」
呼び声を背中で受け止めながら、俺は走って店を出た。
それから大通りを南に向かって走ると、人気のない門が見えてきた。昨日の魔物による襲撃のせいか門の一部が破損している。
桐野からの通信を受けて門番が警戒をしていると思っていたが、幸か不幸か、彼らは門の修繕作業に忙しい様子であった。
また、作業員の他に『アザレア』の職員が見えないことから察するに、塔の封印に人員を割くため門番役は他の者に任せているのだろう。今の状況で言う他の者とは、"ギルディア王家直属の職員"だ。『アザレア』と同じようなスーツ姿だが、シャツの色がすこし華やかであるし、襟元のバッジが違っていた。
……これは後にわかることであるが、当時、ギルディア王家の職員と『アザレア』の職員は同じ村の職員であっても命令系統が違っているらしい。連絡は取り合うが、"常に"というわけではない。
そのため、この時はそもそも桐野からの連絡は門番に伝わっていなかったようである。
しかし、『アザレア』にせよ王家にせよ。
一人の子供が、門番の目を気にせず堂々と門の外へ出てしまうのを黙って見ているわけではないだろう。
だから、彼らの目を盗んでこっそりと……あっても無くても同じような低い塀を飛び越えた。そして、すぐそばにあった木に身を隠して呼吸を整える。
木に背を預け、遠くの方に高くそびえる塔を見つめた。塔がざわついているのが遠くからでも何となく感じられる。ここでのんびりと休んでいる暇は無さそうだった。
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