積み重ねた日々は星空のように輝いたから、

 人と獣の相剋は、神速の領域で繰り広げられた。

 攻防は目まぐるしく入れ替わり、コンマ一秒にも満たない時間に幾度も刃が交わる。刃が閃き、爪牙が唸り、魔法が爆ぜる。

 斬って、斬られて、刺して、刺されて。蹴って殴って、刺し貫かれて、蹴り飛ばす。


:????????

:あの、ちょっとこれ速すぎるんですけど

:なんだこの……なんだこれ……

:カメラ越しだと何やってるか全然わかんねぇ

:人間が出していい速度を軽く振り切ってる

:お嬢、リリス戦の時より速くなってない?


 最高速を叩きつけて、それでなお戦況は互角だ。

 風刺しの魔法で形成した風槍で牽制。相手の攻撃は風守りで受け止めて、風走りの機動力で裏を取る。がら空きの背中に風潰しを叩き込み、首筋を風断ちで撃ち抜く。

 何度もシリンダーを入れ替えながら、手札を駆使して神速の攻防を繰り広げる。

 風が逆巻き、血が踊る。

 もう何度死線をくぐったのか、自分でもわからない。


:すごいとは思ってたけど、ここまでかよ

:お嬢の本気、何度見てもヤバい

:普段見てるゆるふわ系配信者さんはどこですか……?

:今日は日療の白石さんしかいませんね

:もしかしてこの人って最強だったりする?

:間違いなく人類最高の探索者の一人だよ

:嘘だろ、うちの親戚の女の子じゃなかったのかよ……

:それはもっと早く気づいてほしかった


 ふとした隙に、しなる尾が横腹に叩き込まれた。

 肺の空気が絞り出され、痛みに思考がわずかにブレる。その一瞬、呪禍の姿が視界から消えた。

 こんな隙とも呼べない隙で、知覚の外に振り切る神速。この私を振り切るなんて大した速さだ。

 ――だけど。


「後ろ」


 この手札も、一度見た。

 視界から逃がれようとするヤツは、死角を狙ってくるものだ。それくらいの思考回路は簡単に読める。

 振り向きざまに刃を振るう。案の定、呪禍は私の後ろを取っていた。

 しかし呪禍は、上体をそらして、私の剣をかわした。


「む」


 返す刀で振るわれた鎌は、とっさに展開した風盾で受け止めた。

 ……こいつ、これにもカウンターしてくるのか。厄介な戦法を覚えられた。

 カウンターは一度見たから対応できたけど、それでも厄介だ。それに、これで風盾という手札を切らされた。この魔物なら、きっと次からこれにも対応してくるだろう。


:向こうも半端ねえな

:普通にこの速度についてくるの頭おかしい

:俺の知ってる魔物じゃない

:六層クラスの魔物って化け物しかいないのか

:羽化した直後でこれかよ

:もし完全体になったらとか、考えたくもねえな……


 五分から始まった戦況は、徐々に不利へと傾いていく。

 刃を重ねるほどに、やつの動きが最適化されていく。最初はいくらか見せていた隙も今ではその大部分が潰されてしまった。

 適応する怪物は、着実に人間の戦い方を学んでいる。

 さっさと終わらせなきゃジリ貧だ。だけど、そうするにはあの硬すぎる甲殻が邪魔すぎた。


「真堂さん」


 ポーチから一本のシリンジを抜く。

 青い薬液の詰まったそれを、私は静脈に突き刺した。


「お説教、後で聞きます」

「……望みとあらばいくらでもしてやる。だから、生きて帰ってこい」


 この薬はマナアンプル。

 体から抜け落ちた魔力を充填する、特効薬にして劇薬だ。


:出たなマナアンプル

:まだ一本……一本なら大丈夫……

:一本で済むと思うか?

:お嬢、やる気になったら何本でも使うからなぁ


 一本で済ませるさ。どのみち、短期決戦しか手はないんだ。

 私の中に風が満ちる。あふれる風を抱き、かき混ぜ、解き放つ。

 降りしきる雨は激しさを増し、烈風が吹きすさぶ。暴風雨の中、私は一歩前に出た。


 零から百へ、瞬間的な急加速。風走りの力で空を滑り、コンマ一秒の間に宙に舞う。

 速度で視界を振り切り、相手の背面を取る。ついさっき、呪禍が私に対してやったのと同じ手だ。


 当然向こうもそれくらいはわかっている。超速で視界から消えた場合は、死角に回り込まれたのだと。

 案の定、呪禍は振り向いて迎撃姿勢を取る。そこに飛び込んでいくような真似はせず、一瞬のディレイを挟んだ。

 そして、呪禍の後頭部を、風潰しの風槌がぶん殴った。


:!?

:今の風潰しどっから出てきた!?

:え、なにが?

:風潰しなんてあった?

:速すぎてよくわかんにゃい……

:今の、探索者じゃなきゃ見えないと思う

:後で誰かが解説動画上げてくれるやろ(丸投げ)


 難しいことじゃない。ただ、加速する直前に風潰しを詠唱し、呪禍の意識をそらしただけだ。

 消失という現象は、意外と単純だ。

 生物の認知には限界がある。相手の意識を何かに向けてやれば、その外側に潜り込むだけで消失は成る。

 原理としてはただのマジックだ。わかってしまえば対策は難しくない。だけど、最初の一回だけならよく効く。

 その一度で仕留めればいい。


 風走りの超加速を乗せて、横っ面を蹴っ飛ばす。神速の蹴りは呪禍の頭蓋を強く揺らし、続けざまに風研ぎの剣で斬り刻む。

 息もつかせぬ高速の連撃。さすがにこれは嫌がったのか、呪禍は大きく飛び退った。


「だめ」


 逃がすか。

 退いた先に、風刺しの風槍を投射。二本の風槍が飛翔し、呪禍の着地際を狩ろうとするが、その追撃は鎌での双撃に叩き落された。


:だめかぁ

:だめらしい

:だめだって

:だめなの

:だーめっ♡(殺意)


 風槍が炸裂し、突風が視界を奪う。その瞬間、もう一度風走りを起動した。

 視界を奪い、姿を消す。もう何度も見せた手だ。

 ここからの派生は二つ。後ろからの奇襲か、仕込んでおいた魔法でのトリックプレイか。つまりは、前か後ろかだ。


 対して呪禍は、その場で大きく回転した。

 両腕の大鎌、背中の刃翼、鋭い槍尾。それらを四方八方、振り回しながら激しく回転する。

 無茶苦茶だが良い手だ。それなら、どこから襲われたって対処できるだろう。

 さすがは適応する怪物だ。この短時間で呪禍は駆け引きを正しく理解し、学習し、適応してみせた。

 ありがとう。

 こいつなら、それくらいはやってくれると思っていた。


「…………」


 こいつの適応には大きな弱点がある。

 適応とは本質的に後手なのだ。新たな手を生み出すわけでも、自分から何かをしかけるわけでもない。常に受け身に回り、相手のアクションを受けてから、後出しでようやく何かができる。

 つまりは、そう。

 速さが足りない。


「なめんな」


 選んだ手札はひどくシンプル。風を纏って、ただまっすぐに突っ込んだ。

 全方位攻撃と言っても、つまりは狙いもなく無茶苦茶に振り回してるだけだ。意思も殺意もない攻撃なんて、ちゃんと見れば避けるのは容易い。

 振り回されるそれらをかいくぐって、最速で懐に潜り込む。

 後手で対処できるならすればいい。そんなものに捕まるほど、私は遅くない。


「……っ!」


 手に握るのは魔抜きナイフ。それを、呪禍の胸に刺し込んだ。

 ありったけの魔力で強化したナイフは、呪禍の甲殻を辛うじて貫く。

 鋼でも斬っているかのような手応え。刃先は奴の身を浅く傷つけるにとどまった。

 だけど、その程度の傷でも、放出魔法は発動する。


 私の魔抜きナイフにはちょっとした細工がしてある。抜き取った魔力を有効活用する細工だ。

 このナイフの鞘にはシリンダースロットが仕込まれていて、放出魔法が奪った相手の魔力は、その中に収めたシリンダーに充填される。

 つまり、相手の魔力で魔法が使うことができるのだ。


 普通だったらわざわざこんなことをする必要はない。魔抜きナイフを強化する魔力があるなら、その魔力を使って普通に魔法を使えばいいだけだから。

 だけど、自力では発動できないくらいに、莫大な魔力を必要とするシリンダーだったなら。


「飛ぶよ」


 六層魔物の魔力量だ。人間のそれとは比にならない。

 潤沢な魔力が一気に充填され、鞘に収められた純白・・のシリンダーが輝きを放つ。

 やっとお目覚めか。大飯喰らいのこの子も、ようやく動く気になったらしい。

 行使するのは、私が所持する最大魔法。

 いまだかつて、発動すらしなかったとっておき。


「天つ風」


 強く、風が吹き込んで。

 世界から、重力が消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る