「考えたところで結果は変わらない。遅かれ早かれ、君は決断を下すだろう」

 結局、この問題は一時保留となった。

 呪禍は放置できないけれど、戦うなら勝算ができてからにするべきだ。無策で戦いを挑むわけにはいかない。私たちには、一度計画を練る時間が必要だった。


 その代わりに、別案が一つ採用された。

 迷宮二層の主である神鳥ちゅんちゅんに、呪禍を討ってもらうというプランだ。その名も、プロジェクト・ちゅんちゅん。

 ちゅんちゅんは賢い魔物だ。人の言葉を理解するだけの知能がある。そんなあの子に謁見し、呪禍を討ってくれないかとお願いするのがこの作戦。


 ちなみに、実行役は蒼灯さんだ。

 ……蒼灯さん、よっぽどちゅんちゅんに会いに行きたかったらしい。あまりにも強く主張するので、誰にも彼女を止められなかった。


「あの、真堂さん」


 会議が終わった後、私は真堂さんと少し話をした。


「私、どうしたら、いいですか?」

「…………」


 ラップトップ越しの真堂さんは、腕を組んでしばし目を閉じた。


「白石くん。仮に戦うことになった時、その役を務めるのは君だ」

「えと、はい。そうです」

「危険に晒されるのは君だ。最大のリスクを背負わされるのは君だ。誰よりも命をかけなければならないのは君だ」

「……そう、です」

「その上で聞く。俺が戦えと言ったなら、それで君は戦うのか?」

「いや、えっと、その」

「まず、君はどうしたいんだ」


 普通に怒られてしまった……。

 でも、言っていることの意味はわかる。

 探索者は何があっても自己責任だ。迷宮に潜るのも、剣を取るのも、魔物と戦うのも、すべて自分で選んだからそうしている。

 人を助けに行くのだって自分の選択だ。日療に所属したからでも、真堂さんに言われたからでもない。

 だからこれも、私が自分で決めることだった。


「すみません。質問を、間違えました」

「そうか」

「戦いたい、です。戦って、呪禍を、倒したい、です」

「それはなぜだ」

「だって」


 思い返すのは、リリス戦の時のこと。

 あの時の反省は、今もちゃんと覚えている。


「呪禍を倒せば、全部解決じゃ、ないですか」

「必ず倒せるとは限らない。もしも君が負けた場合、それは最悪の選択になる」

「……真堂さん。私のこと、信じて、くれないんですか?」

「そういった子どもじみたことを言う限りはな」


 む……。

 慣れないことやってみたけど、ダメだった。こういうの、真堂さんには効かないらしい。

 まあ、私だって彼の言い分は理解している。相手はあの呪禍だ。絶対に勝てる保証はない。

 でも。


「それでも、真堂さん。前に、言いましたよね。次からは、ニュースにもならないくらい、うまくやれって」

「……あの時、か」

「今です。今がその、次だと、思うんです。だから私は、呪禍を倒したい。少しの不安もなく、一切の苦戦もなく、あの魔物を倒せたのなら、それが一番いいことだから」


 そう答えると、真堂さんの顔はより一層険しくなった。


「理想は理想だ。少なくとも、今はまだ。実際に呪禍と戦うとなると、おそらくはかなりの激戦になる。それは君もわかっているだろう」

「……そう、ですね」

「だが……。君は、本気でそれを目指すんだな」

「目指します。たとえ遠い理想だとしても、私はそれを、夢と呼びたい」

「そうか……」


 束の間、重々しい沈黙が流れる。

 真堂さんは険しい顔で瞑目する。その沈黙の意味を、私は測りそこねた。


「……忘れるな、白石くん。君は英雄じゃない。英雄なんかになろうとするな」

「え、と……?」

「少し考える。くれぐれも、無理はするなよ」


 そう言って、真堂さんは通話を切った。

 暗転するラップトップ。その中には、さっきまで映っていた真堂さんの姿はない。


「ええー……」


 いや、その、えっと。アドバイスとか、そういうのがほしかったんだけど……。

 まあ、真堂さんだって人間だ。彼にも考える時間は必要だろう。

 テントの外に出て、ドローンを設定し直す。ずっと蓋絵にしていた配信画面をもとに戻すと、リスナーたちのコメントが流れた。


:お

:画面映った

:おかえりお嬢、ただいまお嬢

:僕たちいい子にしてまってました

:お嬢、会議はどうなったの?


「えっと、その」


 呪禍対策会議の間、リスナーにはずっと待ってもらっていた。

 待たせた以上、きちんと説明するのも配信者としての務めだろう。


「なんか、大変な、かんじ?」


:大変な感じかぁ……

:うーん、この情報量

:あのお嬢、もう少し説明ってやつをですね

:いや大体わかるだろ

:呪禍を簡単に倒すことはできないけれど、だからって放置するわけにもいかず、どう対応すべきか悩んでるってことらしいよ

:お嬢としては呪禍と戦いたいけれど、確実な勝算がないから困ってるんだってさ

:なんでわかるんだよこえーよなんなんだよお前ら

:ここの古参怖すぎ

:古参も新参もないよ、みんなおんなじお嬢リスナーだよ

:お前がいいヤツってことはわかるけど、頼むから一緒にしないでほしい


 伝わったらしい。よかった。

 つまるところ、ネックになっているのは勝算だ。それさえあれば何の問題もなくなるし、それがなければ撤退という判断を下さねばならない。

 ……勝算、か。

 ルリリスにシリンダーを改良してもらったことで、私の戦力は格段に向上した。あのシリンダーを使いこなせば、呪禍に勝てるだろうか。

 いや、私の魔法も一度見せた手だ。ヤツはきっと、強化された私の魔法にも適応してくる。

 呪禍を倒すには何かが必要だ。適応すらも凌駕する、決定的な何かが。


「あれ、白石さん」


 そんなことを考えながらキャンプを歩いていると、見覚えのあるトレーラーの前に来ていた。


「どうかしました? 難しい顔してますけど」


 この人は九重陸さん。このトレーラーで鍛冶師を営んでいる、つなぎ姿のお兄さんだ。


:きゃああああああああああああああああああああああ

:りっくうううううううううううううううううん!!!!!!

:りっくん♡りっくん♡りっくん♡りっくん♡

:まって無理、まぢ無理しんどい……

:りっくんは今日もかわいいなぁ、りっくんは今日もかわいいなぁ、りっくんは今日もかわいいなぁ

:なんでそんなに尊い? りっくんは俺らをどうしたいの?

:どうもしねーよ

:え、なにこいつら

:こわすぎる


 狂気にまみれたコメント欄からナチュラルに目をそらした。

 人生、なんでもかんでも受け止める必要はないと思う。世界には理解できないものがあったっていい。たぶんこれは、そういうもの。


「ちょっと今、困ってて」

「呪禍のことっすか?」

「うん。九重さんは、どうしたら、いいと思う?」

「いや俺、会議出てないんで、よくわかんないっすけど……」


:それはそう

:急に聞かれても困るわなそりゃ

:りっくん一般人だからなぁ

:お前ら突然冷静になるのやめーや

:熱するのも早いが飽きるのも早い

:その場のノリだけで生きてるよなお前らって


「迷った時はやりたいようにやりますけどね、俺なら」

「そう?」

「だって、それが一番後悔しないんで」


 九重さんはさっぱりと答える。かと思うと、少し悩んだ顔をした。


「いやでも、白石さんが背負ってるのは人命ですもんね。すみません、軽率なこと言ったかもしれないっす」

「ううん。ありがとう」

「ちなみに、白石さんはどうしたいんすか?」

「戦いたい」

「武闘派だ……」


:そうです、これで脳筋なんすよこの子

:実力一本でここまで上がってきた人だからなぁ……

:救命士になる前は、迷宮で黙々と血祭り三昧してたんだよね

:ここだけの話、実はお嬢って五層探索者らしいよ

:嘘だろ、こんなぽけーっとした子が……?

:一説によるとね

:最新の研究でその可能性が指摘されてる


「それなら、白石さんに見せたいものがあります。助けになるかわかんないっすけど」


 九重さんは自分のトレーラーに上がる。私もその後に続いた。

 九重さんのトレーラーには、旋盤や小型電気炉やグラインダーといった工作機械がいくつも設置されている。この無骨で油臭い工房こそが彼の城だ。


 工房の奥から、九重さんは一本のナイフを引っ張り出した。

 試作品なのか、簡素な作りのナイフだった。鞘代わりの巻き布を外すと、出てきたのは強く反りのついた肉厚のナイフだ。

 金属から打ち出した刃物ではない。野生動物の爪をそのままナイフに加工したような、野性味あふれる造形。


「これは……?」


 九重さんは答える。


「魔物素材から作った武器っすよ」

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