「爪牙は念入りに研ぐといいよ。すぐに必要になるからね」

「この前、探索者さんが魔物の死骸を持ち帰ってきたじゃないですか。そいつから採れた素材の一部を、加工するように頼まれてたんすよね」


 この前ってのは、私が二人の少女を助けた時のことだ。

 蒼灯さんが事情聴取したところ、救助された彼女たちは、呪禍が仕留めた魔物の死骸を持ち去ろうとしていたらしい。

 呪禍の活動圏に不用意に近づく危険行為だ。首謀者の少女は、蒼灯さんから配信外でガン詰めガチ説教を食らっていた。

 ……怖かったな、あれ。私だったら、たぶん二十秒で泣くと思う。


 しかしながら、「死骸が呪禍対策に役立つかもしれないから」という言い訳にも一理あった。そんなわけで、彼女たちが持ち帰っていた死骸は、あの後私が回収しにいったのだ。

 その死骸から得た素材の一部を、九重さんが武器に加工したってことらしい。


「試してみてください」

「ん」


 空き缶を放り投げて、渡されたナイフで斬ってみる。アルミ缶は軽くひしゃげて、大きく裂けた。

 斬れ味良好。軽くて速くてよく斬れる、いいナイフだ。

 ……とりあえず、斬れ味には文句ないんだけど。


「観賞用、かも」

「あ、やっぱりそう思います?」


 これ、実戦には向かなさそうだ。


:え、そうなの?

:悪くないように見えるけど

:斬れるっちゃ斬れるけど、ライバルは魔力加工した超硬度チタンブレードだからなぁ……

:今のメイン武器を差し置いてまでこれを使うかって言われると

:ケラチン風情が現代文明様に勝てると思うなよ


 斬れ味は悪くないけれど、問題は強度だ。

 魔物は硬い。とんでもなく硬い。魔力により全身を強化した魔物の体を切り裂くには、チタンの強度は必要不可欠だ。

 一太刀二太刀浴びせるくらいならこれでも足りる。だけど、魔物一匹倒すまでにへし折れてしまうだろう。


「仰るとおり、素の状態だとただ研いだだけの爪っす。でも、その武器の真価はそこじゃないんすよ。白石さん、そのナイフに魔力を通してみてください」

「えと、魔力を?」

「はい。シリンダーと同じように――いや。手足と同じように、魔力を使って身体強化をするイメージで」


 言われた通り、体に流れる魔力を操作する。

 魔物素材から作られたナイフは、何の抵抗もなく私の魔力を受け入れる。刀身から刃先まで、隅々に魔力が行き渡った瞬間、ぞくりと身震いするような感触が手に伝わった。

 ――違う。

 明らかに、違う。魔力が通った刀身からは、大きな力を感じる。

 空き缶を放り投げ、もう一度斬る。

 ばつん、と。

 刃が通った空き缶は、勢いよく二つに断ち切られた。


:わぁ

:いい斬れ味だぁ……

:これいいんじゃない?

:いやでも、チタンブレードでもこれくらいはできるが

:試作品でこの性能なら十分なのでは


 悪くない。

 面白いナイフだ。魔力を通すと、鋭さと強度が明らかに向上した。これなら実戦にも耐えるだろう。

 ただし、メインウェポンになりうるかと言われると話は別だ。


「魔物素材は魔力伝導率が極めて高いんすよ。魔力による強化運用が適切にできるなら、理論上はチタン製のブレードに匹敵する強度を持ちます」

「……理論上?」

「はい。戦闘中、常に高度な魔力制御が求められるので、はっきり言って上級者向けっすね。使いこなすには相当な熟達を求められます」


:んー……?

:面白いけどちょっと扱いづらいな

:使いこなした上で、チタンブレードと同等かぁ

:すごいっちゃすごいけど、微妙っちゃ微妙

:誰でも使えてアホほど硬くてクソ斬れるチタンブレードがバグってるだけかも


 純粋な武器としての性能だけ考えるなら、チタンブレードと同等かそれ以下。だけど、魔力伝導率の高さは魔物素材にしかない大きな特色だ。

 きっと何か、この武器には使い道があるはずだ。通常の武器運用としてではない、別の何かが。


「……使い方次第、かな」

「そっすよね……。俺もそう思います」


 試作品の域は出ないが、可能性は確かに感じる。

 この武器は、アイディア一つで大きく化けるかもしれない。


「九重さん。これ、貰ってもいい?」

「はい、元々そのつもりです。なにか面白い使い方ないか、試してもらえると助かります」

「ありがとう」

「ただ……。代わりと言ってはなんですが、一つお願いしたいことがあって」

「?」

「研究用に、魔物素材がもっとたくさんほしいんですよね。なので、確保してきてもらえると助かるんですけど……」

「む」


 それは……。なかなか難しい頼みかもしれない。

 魔物素材を入手するには、呪禍の食べ残しを確保しなければならない。つまりそれには呪禍に近づく必要があるわけで、危険度だって相応に高い。

 だけど、魔物素材の研究を進めることには大きな価値がある。

 もしかすると、これも呪禍対策の役に立つかもしれない。できることなら協力してあげたかった。


「ちょっと、考えるね」

「無理言ってすみません。検討してもらえるだけでも助かります」


 考えても答えは出なかったけど、一つ案があった。

 最近学んだんだ。自分一人でできることには限度があるって。何かを成し遂げたいのなら、時には人の力を借りることも大切だって。

 だからこれは、ルリリスに聞いてみよう。



 *****



「ルリリス」

「お、楓じゃん。これ食うか? さっき貰ったんだけど」

「ルリリス。魔物の、素材がほしい」


 そう言うと、ルリリスは棒付きキャンディを差し出した姿勢で固まった。


「わ、私の、体が、ほしいってこと……?」

「ちがう」

「み、耳たぶまでなら、あげる、から。だからお願い、ころさないで……」

「もっとちがう」


:まーたルリリスが命乞いしてる……

:はいはいノルマノルマ

:ちゃんと命乞いできて偉いぞ

:一日一回は聞いておきたいよね、ルリリスの命乞い

:ルリリスちゃんの命乞いを聞くと、元気になれるね!

:命乞いって言葉、そんなポジティブな文脈で使うものだったか……?

:ルリリスの耳たぶほしい

:え?


 よくわからないけれど、コメント欄のみんなはにこにこしていた。だから多分いいことなんだろう。きっとそう。世界よどうか、美しくあれ。

 まあ、ルリリスがこうなるのもいつものことだ。簡単に事情を説明すると、彼女はすぐにいつもの調子を取り戻した。


「お前さぁ。ちゃんと説明しろって、ビビんだろ」

「むー……」


:あ、釈然としてない

:いやあ、これは勘違いする方もする方かも

:過失割合は七三ってとこか

:どっちが七?

:俺らだよ

:お嬢は何も悪くないよ、悪いのは全部俺らだよ

:俺らにはお嬢のコミュ力に起因するすべての問題の責任を背負う義務はないけど権利がある

:ごめんなお嬢……

:お前らはお嬢のなんなんだよ


 うちのリスナー、今日も何言ってるかよくわかんない。わかる必要もないと思った。


「しかし、魔物素材ねぇ。呪禍の食べ残しを拾うんじゃダメか?」

「んー……。ダメじゃ、ないけど。できれば、自分たちで、やりたいなって」

「ふうん……? 素材が残る形で魔物を仕留めたい、ってことか?」

「うん。できる?」


 それができれば確実だし、呪禍に接近するリスクを背負う必要だってなくなる。いいことづくめだ。

 ルリリスは軽い調子で答えた。


「できるぜ。結構簡単だ。楓、魔物の死骸が消えちまう仕組みは覚えてるか?」

「えと、魔物が死んだ時に、魔力が体を、分解しちゃうんだよね?」

「正解。なら、その魔力をなくしちまえばいい。呪禍がやってるのと同じことだな」


 ルリリスはパチンと指を弾く。


「放出魔法ってのがある。魔力を魔力のまま、何の現象も為さずに、ただそのまま垂れ流すだけの魔法だ。そいつを相手に使わせればいい。血抜きならぬ、魔力抜きってとこだな」

「魔法を、使わせる?」

「ああ。相手の体内に流れる魔力回路に、無理やり術式を割り込ませるんだ。具体的に言うと、放出魔法の術式を刻み込んだ刃物を相手にぶっ刺せばいい。なあ楓、なんか持ってないか? 魔力伝導率が高くて、相手に突き刺して使えるような武器」


 ……なんていうか。

 そんな都合のいいこと、あるんだなって思った。


「あるよ」

「あるんだ」

「さっきもらった」

「そりゃ都合がいいな……」


 九重さんから貰った、魔物素材のナイフをルリリスに渡す。

 ルリリスはナイフを簡単に確かめる。それからくるんと指を回し、次元魔法を使って空間に小さなポケットを作った。

 次元ポケットから取り出したのは美しい羽ペンだ。その先端に魔力を通し、彼女はカリカリとナイフの側面に術式を刻み始める。


「ねえ、ルリリス」

「んぁ? なんだ?」

「それってさ、他の魔法とかも、使えるの?」

「そりゃな。こいつはお前らの言うところのシリンダーみたいなもんだ。術式刻めば、どんな魔法だって使えるぜ」

「じゃあ――」


 一つ、思いついたことがある。

 それについて説明すると、ルリリスは深く考え込んだ。


「……できる。術式が正しく作用すれば、理論上は可能だ。だが……」

「わかってる。すごく難しい、だよね」

「ああ。普通の魔物だったら、そんなことするより倒しちまったほうがよっぽど簡単だ。わざわざやる意味がねえ」

「でも、相手が呪禍なら?」


 ルリリスは再び考え込んで、やがてくつくつと笑い出した。


「だから、人間の使う魔法って面白えんだよな」


 魔物素材から作られた、小さなナイフ。

 もしかするとこの一振りは、対呪禍戦での切り札になるかもしれない。

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