幕間

迷宮救命士の反省会

 #20 あれでよかったのかな


「それは問題ない」


 電話口に、真堂さんは短く答える。


「呪禍と戦うなと言っているわけではない。無意味な交戦を避けろと言っている」

「……そう、ですか」

「君が交戦を避けられないと判断したなら、そうするべきだ。俺の目から見ても、あの状況では戦うしかなかった。ゆえに、今回の交戦について異議はない」


 配信をミュートにして、私は真堂さんに相談していた。

 昨日の呪禍との交戦を経て、私には思うところがあった。悩み、と言ってもいいのかもしれない。

 カレーの食べ方だとか、部下との付き合い方だとか。この人には色々と相談させてもらったけれど、今回の悩みはそれらとはわけが違う。


「だけど、倒せませんでした。吹き飛ばした、だけです」


 あの場で呪禍を倒したわけじゃない。ただ、遠くに吹き飛ばしただけだ。

 その判断が正しかったのか、私にはわからなかった。


「あの場ではそうするのが最善だった。確実に仕留めることよりも、迅速に戦闘を終わらせることを優先させたのは、救助者として正しい判断だ」

「でも……」


 ……確かに、そうかもしれないけれど。

 うまく言えずに口ごもると、真堂さんの方から聞いてきた。


「なにか、気になることがあるのか」

「……はい」


 昨日の救助で、なんとなく胸に残った、もやもやとしたもの。

 自分でもそれが何なのかわからないけれど、できる範囲で言葉にしてみた。


「私、なにか、間違えたんじゃないかって、思うんです。もっと、うまくできたんじゃ、ないかって」

「察するに、君が気にしているのは要救助者の後遺症のことか」

「……そうかも、しれません」


 昨日、私が助けた二人の少女。

 そのうちの一人は片腕を失う大怪我を負った。キャンプまで搬送してすぐに風祝をかけなおしたけれど、彼女の欠損が元に戻ることはなかった。

 特殊な創傷だった。まるで、傷口が意思を持って、魔力を食べているかのように。

 ……協会のヒーラーなら、あの怪我も治せるのだろうか。やってみなければわからないけれど、その可能性は低いように思える。


「私がもっと、うまくやってたら。あの子が、腕を失うことも、なかったんじゃないのかなって……」

「白石くん」


 少しだけ間を置いて。


「慣れろ」


 彼は答える。


「こういうことはある。君にとってはこれが最初かもしれないが、最後にはならない」

「でも……」

「いつだって最良が得られるわけじゃない。時には何かを取りこぼすこともある。俺たちは人間だ、何もかもは救えない。だからせめて、より多くを救うことだけ考えろ」

「……それは、救うためなら、犠牲も、受け入れろということですか」

「必要なら、そうだ」


 真堂さんは、揺るがぬ口調で断言した。


「今回、突発的なシリンダーの改良により現場への到着が遅れたが、同時にシリンダーを改良したことで呪禍をたやすく撃退できた。良いことだったとは言わないが、悪いこととも言い切れない。結果として君は命を救った、それが事実だ」

「……そんなの、詭弁ですよ」

「詭弁だろうと事実は事実だ。失敗した思うならそれでもいい。だが、前は向け」


 ……たしかに、それはそうだけど。

 もしもシリンダーを改良していなかったら、あの少女が腕を失う前に現着できていたかもしれないけれど、呪禍との戦闘はより困難なものになっていただろう。そうなった場合は、違う犠牲が出ていたかもしれない。

 全部、たられば論だ。考えたところで結果が変わるわけじゃない。

 だけど、どうすればもっと良い結果になったのか、考えずにはいられなかった。


「白石くん。救えなかったものを数えるな。失敗に足を止めてしまえば、次の命を取りこぼす。たとえ恨まれても、呪われても、血にまみれても、何があっても前に進め。俺たちの仕事とはそういうものだ」


 きっとそれは、用意してあった言葉なのだろう。

 淀みなく、何度も言い慣れたかのように、彼は最後まで言い切った。

 彼が正しいことを言っているのはわかる。私たちは人間だ。どんなに最善を尽くしたって、毎回すべてを救えるわけじゃない。

 だけど。


「それでも、真堂さん」


 私には、私の意地があるから。


「私は、誰も傷つかなければ、それが一番いいって思うんです」

「……そうだな」


 真堂さんは、電話口にため息をついた。


「その言葉は忘れなくていい。俺たちは、それが理想論と知ってなお、夢と呼び続けることにしたんだから」

「そう、ですね」

「忘れるな、白石くん。俺たちは英雄じゃない。人間として、人間を救うんだ」


 ――俺たちは英雄じゃない。

 それは、前にも聞いた言葉だった。もう一度、念を押すように、真堂さんはその言葉を口にした。


「ただし。今回の救助に大きなアクシデントがあったのも事実だ」


 と言いつつ。

 真堂さんは滑らかに手のひらを返した。


「今の言葉を踏まえた上で、改善点を指摘しておく。次に活かすように」

「え」

「あのな、白石くん。シリンダーは君の商売道具だろうが。ぶっつけ本番で改良なんかするな。今回はああいう形になったが、もし動作不良を引き起こしていたらどうするつもりだったんだ」

「……スイマセン」

「救命士なら、いついかなる時でも万全の救助ができるようにしておけ。改良をするなとは言わないが、せめて救助対応の少ない夜にやったらどうだ。よりにもよって救助要請が一番多い時間帯にやるやつがいるか」

「おっしゃるとおりです……」


 ぐうの音も出ないほどにド正論だった。

 この人に相談すると、きっちり善悪を切り分けてくれる。悪いとは思いつつも、それに安心感を覚えてしまう私がいた。


「でも、真堂さん」

「なんだ」

「それなら、改良する前に、止めてくれても、よかったんじゃないですか……?」


 試しに、ちょっとだけ反抗してみたり。


「無論、それは俺の反省点だ。また君が妙なことをはじめたら、流れを切ってでも止めに入る。たとえ君のリスナーに、どれだけ間が悪いと言われようと」

「……あれ、真堂さん。もしかして、気にしてます?」

「空気が読めなくて悪かったな」


 真堂さんは拗ねたように言う。

 不謹慎だけど、少し笑いそうになってしまった。


「それで、白石くん」


 都合が悪かったのか、真堂さんは話題を変えた。


「呪禍はどうだった。君の感想を聞いておきたい」

「ん……」


 呪禍。

 あの異形のことを思い出すと、少しだけ嫌な気分になる。


「不思議な魔物、でした。ずっと、私のことを、見ていました」

「倒せそうか?」

「わかりません」

「意外だな。終始、君が圧倒していたように見えたが」

「はい。今回は、そうでした」


 呪禍は力のある魔物だったが、戦い方が直線的すぎる。読み合いになればまず負けない。客観的に見ても、戦局は私が優勢だったはずだ。

 だけど、それは途中までの話。

 最後に見せた、呪禍のカウンター。あの一瞬だけは、呪禍は私を上回っていた。


「あの魔物、途中で、戦い方を変えました」

「……ふむ?」

「たぶん、戦いながら、学んでいたんだと思うんです。どうすれば私に勝てるか。それでやつは、適応した」


 呪禍の目には、どこか見覚えがあった。

 相手の力量を推し測る瞳。突っ込む前に、まずは相手の出方を見ようと探る視線。

 獣の目ではない。

 あれはまるで、人間のような目だった。


「これは、私の所感ですが」


 実を言うと、もう一つ気になっていることがある。

 あの時私は、二人の命を救うために呪禍を逃がした。あの場では、それは間違った判断じゃなかったのかもしれないけれど。


「やつは、学んでいます。人間という生き物を」


 もしかするとあの判断は、呪禍という怪物に、さらなる成長の機会を与えてしまったのかもしれない。

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