人間がちょっとだけ下手な女の子がリスナーと喧嘩しながら生きていく配信
#20-EX 弱くてごめん
配信をつける。
配信なんてしたくもないけれど、それでも私は迷宮探索者だ。迷宮にいる限り配信をしなければならない。
正直、死ぬほど気が進まない。
普段ならリスナーが何を言ったって気にもならないんだけど、今日ばかりは、あいつらの相手をするような気分じゃなかった。
だって、私は。
「あの、さ――」
:謝んなよ
口を開こうとした矢先に。
最初に書き込まれたコメントは、それだった。
:おい七瀬、無事か?
:七瀬生きとるやんけ!!!!!!!!!!!!!
:お前なんだよこの配信タイトル
:呪禍相手にあんだけ立ち回っといてごめんはねえだろ
:生きててくれてありがとな七瀬
「……うっさいよ」
相変わらず、こいつらは。
本当に、余計なことしか言わない。
「うるさい、黙れ。黙ってろよ……」
負けたんだ、私は。
呪禍を相手に意地張って、死ぬ気で挑んで、何もかもぶつけて、それでも負けた。
何もできなかった。何も守れなかった。私じゃ何も救えなかった。
守ったのも救ったのも私じゃない。全部全部、あの人だ。
私は、白石楓の代用品にすらなれなかった。
:いーや喋るね
:聞けよ七瀬、俺らにだって言いたいことがあんだっつの
:お前は弱くねえぞ七瀬
:七瀬、お前マジでよくやったよ
:胸張れよ七瀬、お前頑張ったって
「だけど、何もできなかった。負けたんだよ私は。意地ばっか張ったって、私じゃ何も守れなかった。結局、白石さんになんとかしてもらわなきゃ、どうにもならなかったじゃないか」
:は?
:何言ってんだこいつ
:どう考えてもMVPお前じゃん
:七瀬が死ぬ気で時間稼いだから全員助かったんだろ
:そもそも七瀬があの場にいなかったら、山田とか絶対死んでたぞ
「山田はどうでもいいだろ……!」
:草
:どうでもよくなっちゃった
:まあ山田はどうでもええか
:そうかな……そうかも……
:彼女の命も尊いはずなのだが、なぜだか不思議と納得してしまう
私は、あの人のようになりたかった。
だけど理想は程遠く、憧れには手が届かなかった。結局私は自力じゃ何も守れなかった。あの戦いが終わって、突きつけられたのはそんな現実だ。
:なあ七瀬、お前呪禍に勝ちたかったのか?
「そうだよ」
:いや無理でしょ
:マジで言ってんのかこいつ
:さすがにそれは高望みしすぎでは……?
「……そんなこと、わかってる。だけど、無理だからって簡単に諦めたくなかった」
相手は呪禍だ。私が勝てる相手じゃないなんて、わかってる。
だけど、そんな言い訳を作って、背を向けるような真似はしたくない。
ひねくれた私だけど、せめてこの憧れにだけは、正直でいたいから。
「無理でも、届かなくても、叶わなくても。それでも追うのが夢ってもんじゃん」
:七瀬お前……
:それを本気で悔しいって思える七瀬はすげえよ
:ちゃんと夢だったんだな七瀬
:いい夢じゃねーか
:そこまで言うなら、なぜさっさと白石さんに声かけにいかない……?
:あ
「そこは流れってもんがあんだよぉ……!」
:草
:情緒よ
:痛いとこついたなー
:ヘタレ陰キャがよぉ
:今日の七瀬いつもより面白い
面白がるな。なんなんだよ。こっちは必死なんだから。
いつも通りの罵詈雑言を向けられると思ったのに、今日のこいつらはなんなんだ。
こんなことなら、せめてまだ罵倒される方がマシだった。なんなんだよもう。
:あ
:泣いちゃった
:誰だよ泣かせたの
:俺じゃない、俺じゃないぞ
:泣くなよ七瀬、元気出せって
:散々クソコメしてきたけど、七瀬が泣くの初めて見たな……
:七瀬、ごめんなー?
「なんだよお前らさぁ……。いつも通りに叩けばいいだろ、下位互換とかなんとか言えばいいじゃん。クソが、もう、黙ってろよ」
:言えねえよそんなこと
:七瀬マジで頑張ったじゃん
:なあ七瀬、お前は呪禍から自分の夢を守ったよ
:七瀬が死ぬ気で貫いた意地、俺らはずっと見てたからな
:俺らの知ってる七瀬はなんだかんだ言ってもすげーやつだよ
:ひねくれでヘタレで口が悪くて陰キャでメンヘラで叩くといい音鳴るとは思ってるけど、お前がダメなヤツだと思ったことは一度もないぞ七瀬
:それはフォローなのか……?
「あー! うっさい黙れ! もう見ない、コメント見ない!」
:相変わらずこじらせてんなぁ
:いいだろ、たまには俺らのコメントきちんと読めって
:お前いっつも変なコメントばっか拾ってるけど、俺らだってちゃんと七瀬のこと
宣言通り、コメントを見るのをやめた。
いいんだこれで。私はそんな日向の人間じゃない。みんなに応援されて、背中を押して貰うなんて、そんな小っ恥ずかしいことできるか。
「……もう一つ、お前らに言っておきたいことがある」
だけど。
もう、そんな簡単な話では、なくなってしまったのかもしれない。
「今からコメント見るけど、変なこと言うなよ」
:あ
:ごめん七瀬、今麻婆茄子談義してるからちょっと待って
:七瀬は麻婆茄子の油通しについてどう思う?
:そりゃ油通ししたほうが美味いのは間違いないけどさぁ
:油の処理とかいうクソ面倒くさいことをするほどの価値はあるのかって
:手間気にしてたらうまいもんなんて食えねえよ
:麻婆茄子にそこまでのモチベーションが出せるかぁ?
:中華行け
「お前らのクソコメなんか二度と読むか」
:草
:そんなこと言われましても
:だって七瀬コメント見ないって言ったじゃんかー!
:わかったわかった、俺らが悪かった
:今日は折れておいてやるよ七瀬
:んじゃ続いて塩ラーメンに黒こしょうの是非について論じたいんだけど
「今後のことだけど!」
またカスみたいな流れに持っていかれそうだったので、無理矢理にでも話を切った。
今さらだが、ここはキャンプ場にある私のテントだ。
呪禍との戦いの後、気を失った私は白石さんにここまで搬送されてきたらしい。そこで日療のスタッフ(やけに暑苦しい五人組だった)に処置してもらった。
そして、目が覚めた時、私の怪我について説明を受けた。
「これ」
あえてカメラの画角には映さなかった、右腕をカメラの前に晒す。
包帯に巻かれた私の右腕は、肘から先を失ったままだった。
「治んないんだってさ」
:え
:マジで……?
:回復魔法でもダメなの!?
:キャンプ場で受けられる治療じゃ無理ってこと?
:でも地上に戻ったら治せるんでしょ?
「いや、それでも治らないと思う」
高位の回復魔法は部位の欠損をも治療できる。普通なら、然るべき治療を受ければこの腕だって治るはずだ。
だけど、私の場合は事情が違った。
「この怪我、魔法が通りにくいんだよね。私も自分で回復魔法を使ってみたんだけど、傷口を塞ぐのがやっとだった。一応地上で治療を受け直すけど、それでダメなら一生このままかも」
私が使った地脈活性・命陣も、白石さんにかけてもらった風祝も、この欠損を再生するには及ばなかった。
協会のヒーラーならこの傷だって治せるのだろうか。やってみないとわからないけれど、治る見込みは正直薄いと思っている。
:嘘だろ……
:消えない怪我になっちまったのか
:つれえよ七瀬
:治らなかったらどうするの……?
「決まってる」
片腕だ。
しかも、失ったのは右腕。私の利き腕だった。
「引退だよ」
:七瀬……
:マジかぁ
:なんとかなんないの……?
:引退は嫌だよ七瀬
「利き腕なしで潜れるほど迷宮は甘いとこじゃない。知ってるでしょ」
絶対に無理とは言わないけれど、それは極めて厳しい道だ。
迷宮とは過酷な場だ。万全を期したって死ぬことだってザラにある。そんな場所にこの体で潜るなんて、どう考えたって自殺行為だ。
それなら、ここで他の道を探すというのも一つの選択だった。
「まあ、なんか生き方見つけるよ。何するかはこれからゆっくり考えるけど、決めたらまた配信する。たぶん、それが最後の配信になると思うから――」
「なーに言ってんすかー!」
その時。
私のテントに、ぐっちゃぐっちゃに泣きはらした女が突っ込んできた。
「え、ちょっと、山田?」
「ダメですよ、七瀬さん! それはダメ! 引退なんか絶対させませんから!」
「なになに、急になんなの」
「全部! 見てました!」
わあわあと騒いで、山田はスマートフォンをぐいぐい見せつける。
そこに映っていたのは私の配信画面だった。
:あ
:まずい
:もしかして、山田はどうでもいいだろも聞いてた?
:しーらない
:七瀬が言ったんだぞ、俺らじゃないぞ
「あー、その、山田。どうでもいいって言ったのは、言葉の綾で……」
「そんなもんは! どうでもいいんすよ!」
:自分で言いやがった
:どうでもよくなっちゃった
:ほな山田はどうでもええかぁ
:いいのかな……いいのかも……
:本人がそう言ってるならいいんでしょ
泣いているのか怒っているのかよくわからないが、とにかく山田は激しく興奮していた。
「引退なんかダメです! 絶対にダメ! 七瀬さんは、これからも探索者を続けるんです!」
「いや、その。そんなこと言われても」
「ここで諦めたら、七瀬さんの夢はどうなるんですかぁ……!」
怒るよりも泣くことにしたらしい。山田は感情のままに叫び散らした。
「夢ってのは、もっときらきらしてなくちゃダメなんです。願えば叶わなきゃダメなんです。追い求めたら掴まなきゃダメなんです。努力ってのは、報われなくちゃダメなんですよぉ……!」
「もしかしてお前、ハッピーエンド至上主義者か」
「それの何が悪いんですかよ!」
今度は急に怒りだす。見ていてちょっと面白かった。
「現実なんてくだらない。身の程なんて知りたくもない。思い描いたすべての夢は、幸福な結末を迎えなければなりません。そう信じたいから、信じてるから私たちは、必死こいて泥水すすって汚濁にまみれて血反吐吐いてでも、明日に向かって歩いていけるんじゃないですか!」
「いや別に、私はそこまででは」
「なら今信じてください!」
脳内夢色ハッピーエンドな女は、ぐちゃぐちゃに泣きながら続ける。
「七瀬さん、今からだって遅くない。全部、全部、これからです。追いましょうよ。願いましょうよ。その夢、一緒に叶えましょうよ!」
好き勝手に言うだけ言って、山田は一人で泣きじゃくりはじめた。
「腕がないって言うなら、林檎が七瀬さんの腕になりますからぁ……」
暴論という暴論。極論という極論。
勢い任せに理想だけをわがままに詰め込んだ言葉は、理屈なんかこれっぽっちもなかったけれど、妙に信じてしまいたくなるような力があった。
「あー……」
これはダメだ。
無理だ。勝ち目がない。理屈じゃない、魂が負けを認めてしまった。
私のような面倒くさい生き物は、こういったシンプルな言葉には抗えないんだ。
泣きじゃくる山田を前に、リスナーに呼びかける。
「なんか、そういうことになるっぽい」
:なんかってなんだよ
:適当やなぁ
:この熱い告白を受けてこの塩っぷりである
:あれは告白だったのか……?
:七瀬さん、ここ一応感動するとこっぽいっすけど
「案外そんなもんじゃない?」
知らんけど。
適当で。投げやりで。妙に意固地なくせに、強い流れには流される。
それも、人生ってやつだろう。
「もうちょっと頑張ってみる。まあ、片腕でもなんとかなるでしょ。だからお前ら、今後も配信あるんで――」
:おう任せとけ
:俺らも七瀬の小指くらいにはなるわ
:七瀬が何を選んだとしても、俺らは七瀬の生き様を見届けるよ
:がんばれよ七瀬、応援してっから
そんなつもりで言ったわけじゃ、なかったけれど。
見ないようにしていた二文字が目に入ってしまう。
意識して避けていたそれは、やっぱり受け止めるには小っ恥ずかしくて、少し居心地が悪かったけれど、それでも確かに暖かくて。
ふと受け取ってしまった誰かのぬくもりを、どうするべきか、少し迷って。
「うっさいよ」
いつも通りに、笑って答えた。
急ぐことはない。一歩ずつでも進んでいこう。私にはそうすることしかできないんだから。
今日のところは、素直に受け取ってなんかやるもんか。
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